第四話:非常灯
「なにも出来なかった……」
沸いてくる感情は、怒りと無力感だった。
闇に一人、レナはなにを思う。
そして彼女が睨む先は……
レナは艦内に設けられたベンチに座っていた。
長い廊下は真っ暗だった――深い闇色の中に、緑色の非常灯から洩れる光が一定間隔で続いている。
先ほどまで画面から飛び交うニュースに釘づけだった兵士たちは、すでに部屋で休息を取っているらしかった。
……寒い。
肩に掛けたジャケットが、かろうじて身体の温度を引き留めている。私服のまま飛び出してしまったから、厚めのパイロットスーツを着ていないのだ。
「……」
静寂。
レナは記憶の片隅へと思考を巡らせた。
瞼の裏側に灼きついた光景が、どうしても頭から離れないのだ。今では街を焼き尽くしていた炎の色が、血のそれだったと思えてならない。
鬱屈した気分――というのを通り越して、もう何も感じない。
……もう何も思いたくない。
レナは静かに拳を握った。
目の前にマグカップが差し出され、レナは我に返る。
キョウノミヤだ。彼女が「いる?」と首を傾げたのを見て、レナは黙ったままカップを受け取る。
中身は温かくて、ほろ苦い味がした。
ぬくもりが身体の中心に戻ってくるみたいだ、とレナは思った。
それでも、なにかが足りない。
キョウノミヤは自分のコーヒーカップに唇をつけ、
「急なことだったから……仕方ないとは思うわ」
レナの前に立ったまま、キョウノミヤはそう言った。
「慰めなら、……楽にはなりませんけど」
「そうね」
相鎚をうち、キョウノミヤはレナの隣に一人分のあいだを開けて、足を組んで座った。
「とうとう開戦だそうよ。ASEEは正式に、統一連合へ布告したの。〈フィリテ・リエラ〉にも通達が届いたわ」
「……」
「我々は〈オルウェントクランツ〉を奪取した艦を追います。奪い返すのは不可能と判断――よって与えられた任務は、あの機体とそのパイロットの抹消、および艦の破壊。データの破片も残さないように、ね」
――つまり〈オルウェントクランツ〉の機密を知った全員の抹消、ということになる。
しかしASEEとて愚かではないだろう。部品を解析したデータをコピーしているかもしれないし、もしかしたら解析したデータを本部に送っているかもしれない。
本当は一刻の猶予もないはずだ。
しかし、キョウノミヤの言動には確固たる余裕があった。
「心配しなくても大丈夫よ? 簡単に仕掛けがわからないように、プログラム自体をカムフラージュしてあるわ」
キョウノミヤは誇らしげに、レナへウィンクを送った。
レナはやや茫然として、キョウノミヤの笑顔を見つめた。
――どうして、この人は笑っていられるんだろう。
あれだけの炎に包まれて――関係のない人間も巻き込まれたというのに。
湧いてきたのは、どうしてか怒りの感情だった。
「なんで……なんでそんなに平気でいられるんですか……。あれだけの人が巻き込こまれて、痛い思いをしながら泣いてるのに……」
語気だけは、どうしても強くなれなかった。
どうしてだろう。力がはいらないのだ。
キョウノミヤは意味ありげな沈黙を置いた。
言うべきかどうか迷っているみたいで、視線をうつ向かせたまま思い悩んでいる。
レナが、じっと回答を待ったのち、
「ふたつにわけて答えるわね」
キョウノミヤは指で二をつくったあとに人差し指を立て、
「まずひとつ、我々は軍人なの。もう汚れたことは慣れたのよ」
どこか哀しげに、キョウノミヤはそう言った。
たしかに、とレナは思う。
自分たちは軍人だ。戦って平和を得るための存在だ。
だから仕方ない、と?
どれほどの死があろうと、犠牲があろうと構わない、と?
敵なら殺しても構わない、と?
そう。自分だってそう思ったハズだ。
争いをなくすには仕方ない、と。
(……戦うヤツは、罪なのかよ)
そう言い放ったのは、因縁のある一人の敵。
名前も顔も知らない、一人の敵。
ふ、とレナが呼気をしたどころで、
「そしてもうひとつ――これは驚くことかもしれないけど……」
途端にキョウノミヤは真剣な顔になって、
「第六施設島の民間人、および軍関係者からの死者はありませんでした」
「……どういうことですか?」
レナは怪訝そうな表情で聞き返した。
キョウノミヤは一拍おいて、
「理由は完全には判明していません。ただ、海岸から避難誘導するASEEの兵士が何人も目撃されているわ。彼らが人命を救ったと考えて充分でしょうね」
レナは奥歯を噛んだ。
いったい誰が?
なにを目的に?
疑念が頭の中で渦を巻くようだった。
キョウノミヤが言葉を添えて、
「統一連合に余裕を見せつけたいだけなのか、あるいは人命救助を願うスーパーヒーローでもいたのか。いずれにしろ、ASEEの何者かが策略したことに間違いないわね」
彼女は勝手に合点すると、腕時計で時刻を確認した。かなりの年代物らしく、銀の部分は少し黒ずんでいる。
キョウノミヤはベンチから立ち上がると、
「〈アクト〉の修復まで13時間あるわ。その間はゆっくり休んで、明日は補充の二人と顔合わせしてもらいます。おやすみなさいね」
レナのカップをさっと取って、冷めた中身を流しに捨てると、キョウノミヤは廊下の奥へと消えていった。どうやら仕事が残っているらしい。
「……」
レナは静寂の中で沈黙した。
思い返されるのは、やはり業火の色。
ぜったいに、自分は忘れてやらない。
今日この日にあったことを。
――黒い機体だけは、自分が討つ。
レナは拳を固く握り、深い闇を睨んでいた。
ありがとうございました。
ええ、筆者側からだと読者数の推移が見えるんですね。一話目だけやたら多いんですが、まだ四話目読んでるのが二人しかいない。
グラフが右下がりなんですね。滑り台か。
まぁ「どうなるんだこの先……」とは思いますけども。がんばりましょう。(誰に向かって言ってるんだ?)
面白い小説とかあったら教えてくださいねー。