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E  作者: いーちゃん
57/105

Next'd ash



 そういえば、レゼアとの出会いは二年前――ミオが定期検診を終えたときのことだった。場所は保健室のようなところで、壁際に立つ棚のなかには幾種もの薬瓶が並んでいた。ただ異なっているのは、その中身が中毒性をもつ薬物ということだろう。

 ミオは純白のシーツが敷かれたベッドの縁へ腰かけていた。ドラッグやホルモン注射によって分泌された成分量を、じっくりと測定されていたのである。

 彼は採血された右腕をさすりながら、男の挙動を眺めていた――といっても長めにされた前髪の隙間から差す視線は、まるで睨み殺すようなそれだったが。その格好は、病院で着せられるような青くて上下の繋がった一枚の服だ。みると女の子みたいに華奢な体躯がよくわかるし、身長はそれほど高くはないようである。

「え、えー……っと」白衣を着たその男は、こめかみの辺りを掻きながら、「紹介したい人がいるんだけど、いいかな」

「……」

「お、怒ってる?」

「……べつに。紹介するなら早くしろ」

「あ、はい……」明らかにミオより歳上の男――キョウスケ・フジバヤシは圧力に押し負けて丁寧語口調になり、「レゼア。入ってきてくれ」と、ドアの向こうへ声を掛けた。

 がら、と扉を開けて入ってきたのは、軍服を纏う女だった。年齢は16か17くらい、ミオより少し年上だろうか――ストレートで腰まで伸びたうすみどり色の髪がよく目立つ。すらりとした脚でスタイルがよく、顔立ちや表情も凛としていて美人だ。軍服越しにも胸元の膨らみが感じられる。

 レゼアと呼ばれた女は、ミオを見るなり開口一番、

「……なんだ、子どもじゃないか」

 その一言に反感を表したミオはベッドから勢いよく立ち上がり、喧嘩姿勢になって真っ向からレゼアへ喰らいかかった。

 その中間にキョウスケが飛び込んで、

「み、ミオ! レゼアも、打ち合わせと違うじゃないかっ!」

「だって……」

 レゼアはミオを頭のてっぺんから足元、ついでに胯間部までまじまじと眺めて、

「子どもじゃないか」

「いま、どこで子どもと判断したか気になるのはぼくだけかなぁ……」

「胯間だ」

「やっぱり!? っつか透視能力!?」

 ミオは牙のような八重歯をみせて、レゼアの翠色の眼を睨んだ。

 ……周りのすべてが憎かったのだ。

 当時のミオは、檻に入れられた猛獣のそれに近かった――自分に近づくもの全部に噛みついて、あらゆるものを排除したかったのである。孤高へ吼える、一匹の――獣。

 レゼアは小さく溜め息して、少年の頭へ「ぽんっ」と右手を置いた。対するミオは「触るな」と言ってレゼアの腕を払う――のをうまく見計らって、彼女は左手を「ぽんっ」と置いてみせた。一枚だけ上手である。

 ミオは苛立ちを露にしてレゼアの腕を掴むと、それに歯を立てて噛みついた。

「っ!」

 痛みを感じたレゼアは、顔をしかめて息を呑む――と、間に割って入ろうとしたキョウスケを右手で制止。彼女は噛みつかれた左腕を引くと少年へ顔を寄せ、低い声で、

「やはり、か。通常、攻撃や威嚇に歯を用いるのは幼児期の一定期間だけだ。しかし、お前はそれを15歳になっても続けている。だから『子どもだ』と言ったんだ」

 レゼアは最大の威圧とともに言い放ったあと、ふと優しい口調になって、

「離せ、大した痛みじゃない。わたしはそれ以上の痛みを知ってるからな」

「……」

「信じろ。わたしはおまえなんか、ちっとも怖くないぞ?」

 レゼアが首をかしげてみせると、少年は無言のまま諦めて、さっと身を引いた。

 彼女は痕のできた左腕を片目で見やった。少年の顎はまだ小さく、それぞれの歯もまた幼い――そのぶんチクリとした痛みはあったが、手当ては必要ないだろう。

 クッキリと残った歯型を隠すように袖をまくり返していると、ほぼ同時にドアの方向から大きな音。

 扉を開けて踏み込んできたのは、拳銃を構えた二人の兵士だった。両者とも深刻な装備で、ゴーグルをかけていて顔は見えない。手にしているのはおそらく麻酔銃だろう。

 レゼアが身構えると、今度はキョウスケがそれを制して、

「ぼくが呼んだんだ。ミオ、身内の人間には牙を剥くなと言ったろう?」

「……」

「これで十七回目の謹慎だよ。あと三回やったら、君の処分は……わかっているね?」

 ミオと呼ばれた少年は、『処分』の単語に身をびく、と震わせた。彼は力なく頷いて肩を落とし、無言のまま部屋の外へ向かって歩いてゆく。

 間違いなく、少年を待っているのは独房だろう。暗くて湿り気がして、なおかつ手錠と足枷をかけられたまま自由のない部屋だ。

 ――そこに、十六回も閉じ込められたというのか?

 レゼアが案ずるなかで、少年は肩ごしに過ぎ去ってゆく。頭一個ぶん低い、その身長。

「待て」

 呼び止めたのはレゼアだった――キョウスケが怪訝な表情をし、二人の兵士が動きを止める。彼女はミオの肩をぐいと引っ張り、

「コイツの処遇は、わたしに任せてくれないだろうか」

「え?」

「勝手なのは百もニ百も承知だ。だが噛みついただけで独房に容れられる事には、わたしも納得がいかん。だいたい――」

 レゼアは言葉を続けようとして、ふと口をつぐんだ。

 少年の顔を見る。彼はびっくりしたような、落ち込んだような――その中間みたいな表情をしていた。何とも形容しがたい。

 彼には、ほとんど顎力がない。アゴの力が非力と思えるほど弱々しいのである。

(――原因はふたつ考えられる)

 ひとつは、彼がこれまでホルモン・薬物・栄養剤だけで生き延びてきたこと。食べる経験が浅く、注射されることだけでエネルギーを補給していたことが挙げられる。

 もうひとつは、彼がほとんどの人間と喋ったことがないということ。だから、異常なほど社会的発達が遅れているのだ。

(――だが、それを言うことで少年を傷つけないだろうか?)

 レゼアが言葉を呑んだ理由はそれだけではない――彼女はキッとして、白衣の男を睨んだ。

 この男が、ミオという少年を薬漬けにし、改造し、利用して――。

「わたしは、貴様らを赦すつもりは断じてない。だが、責める気も起きないんだ」

 彼女は続けて、

「とにかく、だ。コイツは以後、わたしが責任をもって引き受ける。異論は?」

 その場にいる一同、誰も反論をあらわさなかった。レゼアが「よし」と頷くと、キョウスケはふたりの兵士を引き連れて小部屋を後にした。騒動の終始について報告を急ぐのだろう――彼女はその背を見送った。

 部屋にはレゼアと少年が取り残される。彼女は少年の頭へ「ぽんっ」と手を置いて、

「そういえば、名前を聞いていなかったな。おまえは……」

「……」

「なんだ、まだ警戒してるのか。ん?」

 名前を言ってみ、とレゼアが手招きしてみせると、彼は

「ミオ。ミオ・ヒスィ」

 短く答えた。レゼアはその名を口の中で転がしてから、

「わたしはレゼア・レクラムだ。呼ぶときはレゼアで構わん、よろしく頼む」

 彼女が握手を求めて手を差し伸べると、ミオはきょとんとしてその右手を眺めた。

 レゼアは口をひらいて、ちょっとばかしからかうように、

「握手だ。知らんのか?」

「……知ってる。やったことがない」

「じゃ、やるからな。ほれ」

 彼女は、ミオがおそるおそる差し出した手を先にとった。まだ小さい手だった。

 少年は不思議そうな表情をしていたが、その口許は小さくほころんでいた――。



 それが、ミオという少年との出会いだった。彼は無口で無愛想、なおかつ可愛げのない――という三点セットの少年だ。

 レゼアは同時に、あることを胸に誓うこととなる。

 少なくともこの少年の前では、気づかないフリと知らないフリをしよう、と。

 彼が薬物まみれのクローン人間だとは――それを知っていることは、心の秘密にしておこう。

 一人の少年を、ただ――傷つけないために。


 北極戦線編が終わりましたね。

 登場キャラが一人増えるかもなので、近々『設定資料2』を覗いてやってくださいませー。 

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