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E  作者: いーちゃん
56/105

北極戦線⑰ :noise


part-x



 眼を見開いたレナは、その瞬間をまるで時が停まったように見つめていた。

 空を舞う悪魔のような漆黒の機体――〈オルウェントクランツ〉が放った一本のビームは厚さ四十メートルの氷盤をやすやすと撃ち抜き、中に埋まっていた爆薬を一瞬で起爆させた。その炎によって誘爆を起こしたコンテナや滑走路が立て続けに爆発――そこにあったはずの軍用シャトル、量産機、さらには建築物までが水蒸気に呑まれ、ずぶずぶと海へ沈んでゆく。

 もともと北極基地は厚さ50から200メートル、直径10kmの広さをもつ氷盤の上に設置されていた――いわゆる「氷山の一角」とあるように氷の根は深海まで続いているため、安定した活動が維持できていたのである。

 だが、それは熱や爆風に対しては微弱な耐久力しか持たず、むしろ弱点でもあった。つまるところ北極基地は、〈オルウェントクランツ〉の攻撃に対して非常に脆かったのだ。

「こ、こんな……」

 沈みゆく基地が網膜へと焼き付けられる。レナはコックピットのなかで、喘ぐように声を絞った。

 自分たち――統一連合にとって二大基地が、こうもあっさりと。

 沈んでゆく北極基地を見届けて、レナは小型マイクへ吐き捨てた。

「ひどい……」

 さっきまでいた兵士たちが、仲間たちが、雇われて出撃した傭兵たちが――みんな冷たい海に呑まれて死んでゆく。

 第六施設島と同じである。それが炎から氷の海へ変わっただけだ。

 レナは漆黒の機体を睨んだ。彼女はすべての元凶を睨みつけて、

「ねえ……なんでこんなに酷いことばっかり――」

『……』

 〈オルウェントクランツ〉のパイロットは何も答えぬまま、その機体を翻した。母艦へ帰投するつもりだ。

 レナは喚くように続けて、

「答えなさいよっ! なんで、どうしてアンタってヤツは――」

 レナは遠ざかってゆく機体の背中へ叫び続けた。

 相手パイロットが、自分と同様に泣いていることも知らずに。





part-y

α

 潰滅と同時に沈みゆく北極基地のなか、ひとつだけ飛び出していく機影があった。白めいた装甲に鋭角的なフォルム、装備はライフルとシールド、換装状態がないところをみると、慌ただしかった様子さえ窺える。

 北極基地で開発されていた〈ツァイテリオン〉は、合計で3機。

 ひとつはイアル、ひとつはフィエリアに。そしてもう一機は誰の手に――

 だが、これはまた別の話――



β

 ミオはフラフラになったまま、〈オルウェントクランツ〉のコックピットから這い出た。ラダーを伝って艦内格納庫へ降り立つと、最初に見えたのは疲れきった兵士たちがぞろぞろ歩いているところだった。

(俺は――殺、した……)

 ミオはグローブを外して、汗ばんだ両腕を抱えた。震えがとまらない。

 自分の放った射撃が、北極基地を潰滅させたのだ――そこにいた敵兵たちの命を巻き込んで、ミオは数百という生命を一瞬のうちに殺したのである。

「ようっ、お疲れさん」

 ミオが振り向くと、自分の知らない――喋ったことさえない兵士が、ミオの肩を叩いてゆくところだった。その表情には弛んだ笑みさえ浮かんでいる。彼はミオが答えるよりもはやく、格納庫の奥へ向かって歩き出した。

「いや、俺は違――」

 ミオはその背中へ声を絞ったが、兵士は仲間たちと合流、ついに奥へと消えていった。

 その間にも、ミオに声を掛ける兵士たちは後を絶たない。

 ――お疲れさん、

 ――アンタのお陰で助かったよ、

 ――尊敬してるぜ、

 ――さすがエースだよな、

 みんな、ミオの知らない顔だ。話したことも喋ったことも、果ては目を合わせたこともない。

(……違う、っ)

 ミオは喉を絞りだしたが、言いたいことは声にならずに散ってゆく。

 ――俺は、そんなこと言われたくないのに……っ!

 誰か――誰でもいいから。

 「この人殺し」と言ってくれたら、俺はどれだけ楽になれただろう。

 ミオはヘッドギアを取り落とした。重くなった硬化プラスチックが床と衝突し、ごとり、と音をたてる。

 全身を襲う脱力感。そして気だるさ。

 自分へ、そんな言葉を吐いてくれる人間はいないのだろうか?

 目眩がした。全身に浮かんでいた汗が急冷され、あらゆる皮膚を刺激してくる。ミオにはその痛みが、ナイフで突き刺されるようなそれと感じられた。

 ミオは色の失せた虚ろな瞳で、格納庫のエントランス部分に立つオペレータの少女を見やる――それと同時に、遠のいてゆく意識。

 少女がどんな表情をしているのか、彼は知ることができなかった。

 怒っているのか。

 それとも、泣いているのか。

 最後に聞こえたのは、ヘッドギアから流れるノイズと、レゼアの声だった。



part-z



 北極戦線での攻防は、ミオ・ヒスィの放った一射で終了を告げた。ASEEから送られたスパイによって埋蔵された爆薬は厚い氷盤を難なく融解、液状化した北極基地は冷たい海のなかへと引きずりこまれていった。

 これによって二大基地を失った統一連合は、戦力を残った基地へ分散、世界各地でASEEへの同時攻撃を開始する。

 死者数が900名を突破した北極戦線の惨劇は後日、各報道機関によって強く印象づけられ、ASEEは世界的なバッシングを受けることとなる。


   『漆黒の機体は悪魔の影』  


 というフレーズも飛び出し、反ASEE活動団体は〈オルウェントクランツ〉のパイロット拘束を要求するも、ASEEはこれを拒否――パイロットの氏名を公にせず、軍は内部にてミオ・ヒスィの二階級特別昇進を決定した。

 しかし彼は自らの昇進を拒否、自室に鍵をかけて自己軟禁状態のまま、二週間が経過しようとしていた。


 世界は新たな混迷の闇を游いでゆく――。




 北極戦線は終局を迎えた――。

 多くの人命を道連れにしたまま、暗い海のそこへと没した北極の大地。それは新たな悲劇の「終わりの始まり」なのだろうか?

『E(N7023G)』

 ――北極戦線編・完結。

 物語は加速してゆく。それは世界の終わりへと。


次話。

 ミオの記憶の片隅に居座る、大切な思い出。それはレゼア・レクラムとの出会いだった……。一方的に心を閉ざす少年と、それを見透かした女、その邂逅とは。

 次話、第54話「next '」

 物語の飛躍と終末への加速、新たな一歩の意味を込めて。

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