北極戦線⑪ :戦慄
part-r
「……ふむ、調子は悪くありませんね」
狭いコクピットの中で、フィエリアは撫然とした表情のままひとりごちた。艶のある髪は黒濃く、鋭い眼光はモニターへ捉えた機体を睨む。
つい先ほど受領した新型機の初太刀がこれである。調子良いことこの上ない――と、フィエリアは軽々しく喜悦をあらわす女ではなかった。
漂流中の氷を足場として降り立った〈ツァイテリオン〉は、下から振り上げた大太刀をもういちど軽く振ってみせた。白あるいは銀に近い灰色の――銀灰色の装甲が、青空の陽を浴びて映える。
全長十メートル――をゆうに越える黒鉄太刀には、刃の両面に無数の白い孔が穿たれている。その孔から機体のエネルギーを溢れさせて太刀を振り、それを真空の刃として斬撃を飛ばす、というものである。
ただ、強力な武装を追加してしまったために、〈ツァイテリオン〉には滞空の術がない。だから空中を自在に動き回る〈オルウェントクランツ〉を追撃できない――よって、下に落ちてきた敵を斬り伏せるのが役割だ。
少し遅れてレナの〈アクト〉が到着した。
『フィエリア、聞こえる? 最初から全開で行くわよ』
「無論です。今日でヤツを落とさなければ……危険すぎる」
スピーカーに別の声が割り込んだ。どこか冷たい、少年の声である。
『……なるほど、二機か』
漆黒の機体は浮かび上がったままシールドを掲げてみせ、それをソードに変形させる。パズルみたいに複雑な機構が入り組んだ動きをして、現れた武装の先にビーム刃が出力。
『――来い。相手してやるよ』
その言葉を合図としたように、レナが〈ヴァーミリオン〉を展開させる。<鳥の骨格>が徐々に開いて有機体の羽根を形成――北極の風をはらんだようにして膨らんだ。
深紅の機体は腰を落として屈み姿勢、次の瞬間には圧倒的な機動力で空中を飛び回る。刹那のうちに機体二つぶんの距離を詰めてサーベルを右払い、それが外れたと分かると、レナは武器を逆手にかえして再び急接近――対する〈オルウェントクランツ〉は深紅の猛攻を巧くかわしながら、牽制と反撃の機会を窺っていた。
「レナ!」
フィエリアが叫ぶと同時に、〈アクトラントクランツ〉はさっとその身を引いた。敵を失った漆黒の機体は戸惑いをみせたが、〈ツァイテリオン〉が振り降ろした大太刀を捉えて、それをシールドへと受けさせる。
鋼鉄の摩擦によって生まれた火花が、両者のあいだを抜けた。
『ちぃッ……邪魔をするな!』
「閃刻の機先を制す――これが私の戦い方だ」
フィエリアは腰部にマウントされた小太刀を抜き放つが、〈オルウェントクランツ〉は宙返りと回し蹴りを同時に放ってそれを阻止。バランスを失った機体は北極の海へ――。
だが――その背後にはレナの〈アクト〉が回り込んでいる。
(――殺った!)
フィエリアの全神経が叫ぶ。
だが。
次の瞬間に見えたのは、虚空を薙ぐレーザー刃の色だった。
(――なにっ、!? 消えた、)
思惑の外で〈アクト〉は異常な機動力を活かして飛行能力のない〈ツァイテリオン〉を拾い上げ、近くにあった氷の上へ立たせる。
それよりもフィエリアが言葉を失くしていたのは――
〈オルウェントクランツ〉が、消えた。
『驚いてなんかいられないわよ――これが、アイツの本気。おそらくね』
回線からレナの声が届けられた。必死で冷静さを装っているのか、それとも焦っているのか微妙な声音である。
――これが、本気……だと?
一瞬のうちに別の場所まで移動するという、空間転移能力。それをむざむざと見せつけられて、恐怖を覚えない者がいるのだろうか。フィエリアはごくり、と喉を鳴らした。
では、昨日という日まで自分が戦ってきたのは何だったのか?
ろくに機体を動かせない敵を倒す――弱者狩りだったのか?
すでに漆黒の機体は、フィエリアが保ってきた「兵士としての自分」を揺るがす存在となっていた。
『さて――』
回線から、少年の声が洩れる。
『――反撃といくか』
戦慄。
それと同時に巨大な氷上――北極基地の中心部では、異様な爆発が起こっていた。
[アトガキ。]
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予告。
極地で舞う三機をよそに、巨大な爆発を遂げる北極基地。現れたのは――
『北極基地中心部に巨大な熱量、1! 識別信号イエロー、コード名〈イーサー・ヴァルチャ〉です!!』
オペレータ席で叫ぶトモカ。その敵は数々の量産機を屠り、この場所へと転移してきたのだ。
技術のレベルが違う。
パイロットの質が違う――格の差を見せつけられたフィエリアがあやうく戦意喪失を起こし、ミオは食って掛かった。
「だったら強くなれ! 死んでからじゃ何もかもが遅せぇんだよ!!」
次話、『E』第48部「北極戦線⑫ :瞬間、そして2秒後の未来」