北極戦線⑩ :新たな敵
part-q
『でも、怒られなくて良かったですね』
ミオはコックピットの中でシステムを立ち上げながら、のんびりした声を聞いていた。
身体ふたつぶん入るか否かの狭い空間には照明がひとつ、モニターが複数、レバーやスイッチがたくさん。数値を示す計器が照明代わりとなるので、灯りは必要ない。
声の主はもちろんトモカである。イヤホンマイク越しに、キーの叩かれる音も。
ミオは必要なぶんのスイッチを起こして、
「そういう問題じゃないだろ。人の脇腹を箸でぶっ刺すヤツなんて初めてだ」
『あ、ひょっとしていま神経を疑われてます?』
「ああ」
ミオが頷くと、スピーカの奥で「ずびっ、えっぐ、……」と洟をすすりながらの泣き声が聞こえてきた。
……そんなに泣くことかよ。
ミオはこめかみの辺りを掻きながら、十数分前を思い返した。
オーレグからの呼び出しは、ブリーフィング中に騒いでいた二人を叱ることではなく作戦内容に関するものだった。
ミオ・ヒスィ、イズミ・トモカ両名は、作戦中途にて指示される任務を完了すること――ようは『言われたことをやれ』ということだろう。
ミオは一瞬だけ手をとめて、
(それにしても……オーレグは何を狙っているんだ?)
いや俺には関係ないか、とミオは作業の続きを求めた。
全てのシステムを立ち上げると、〈オルウェントクランツ〉の鼓動が高鳴ってゆくのがわかった。活性化したエンジンは座席を小刻みに揺らし、生き返ったみたいにガスを排出させる。
ヴン、という合図をともにして、漆黒の機体の瞳に――薄翠の光が灯った。
「よし、トモカ。出せるか?」
「……えっぐ。人の神経疑うなんて、ずびっ、れっきとしたイヂメですよね?」
「……わかったから隣のオペレータに泣きつくのはやめろ。あとヂじゃなくてジだからな」
少女は(もちろん泣き顔で)うなずくことで返答した。
〈オルウェントクランツ〉は普段と同様、クレーンへつり上げられてカタパルトデッキへ。管制室から洩れる光によって、一瞬だけ闇色の鋼鉄が照らされる。
レールが伸びた先――ミオは進路の向こうへ広がる、快晴の空を睨んだ。
(おそらく、今日の数時間で北極戦線は終わる。死ぬのは俺か、あるいは……)
短期決戦――これは確定だ。
(どんな結果になっても……)
マイクの向こう側で、トモカが状況を再確認している。
進路・視界・状況ともにクリア。
「こちらミオ・ヒスィ、〈オルウェントクランツ〉。――出るぞ」
轟音の束が、漆黒の機体を勢いよく射出した。
ミオが到達した戦域では、まだ戦闘らしき光は見えていなかった。それどころか、敵機の影すら見つからない。
眼下の冷海には、全高十五メートルの機体一個ぶんが乗れそうな流氷が点々と散らばっている。足場に使えそうだったが、残念ながら〈オルウェントクランツ〉には関係ない。
(どうやら俺が一番乗りみたいだな。それより――なんだ、これは……?)
カタパルトより打ち出された瞬間から、ミオは胸がざわめくような感覚を味わっていた。心が逆手で撫でられるような――と言い換えても良いかもしれない。
(もしかして、誰かいるのか……?)
この感覚は――そう、ロシュランテの時に似ている。
『ミオさん、聞こえますか』
「あぁ、なんだ? 泣き止んだのか」
『そこはスルーで。統一連合機は〈フィリテ・リエラ〉より17隊に分散しています。うち3隊がこちらへ接近・北極基地の敵部隊と合流中――〈エーラント〉が9機と10機。〈アクト〉と識別信号のないものが1機、単独で急接近中です』
「識別信号がない? 新型か?」
おそらく、とトモカは問いを肯定。ミオはくそ、と毒づいた。
〈オルウェントクランツ〉の戦力が〈アクト〉の制限解放状態と等しいとすれば、ここで新型機に登場されるのは相当キツい。
(――いや。今さら誰が相手であろうと構わないよな)
ミオがモニターを広角化させると、トモカが示していたとおり――合計19機の〈エーラント〉と〈アクトラントクランツ〉が――
(レナ、またお前か……何度戦えば――)
警告。短発のアラートが、こちらが捕捉されたことを告げる。ミオは反射のようにフットペダルへ蹴りをいれ、機体の姿勢を反らせて回避。
モニターを横切ったものに、
「――な、」
ミオは目を見開いたまま言葉を呑んだ。
漆黒の装甲をかすめるように飛んでいったのは――真空の刃。
つまり斬撃だった。
あ、読了ありがとうございましたー。
次話、ついに新型〈ツァイテリオン〉始動です。わからないという方は『設定資料2』を読まれるといいかも。よくないかも?
あと、読者様の累計数が40000を越えそうです。これもひとえに画面の前のアナタのおかげです&これからもよろしくお願いします。
それにしても冬休みか……そろそろ学校が始まる人もいるのかな。わからんけど、まぁ頑張って(廊下を)全力疾走してください――ってのはいい思い出です。
一昨日、高校のときの友人と集まって騒いでました。「超たのしかった」ではアリキタリなので、ここは「超バカをやった」とでも言わせてもらいます。作者は同時に誕生日だったので、いろいろとプレゼント貰いましたよUSB8GB&『アーマード・コア3 portable』。
やっぱり誕生日が年末年始って不利ですねー。なぜなら子どもの頃から「クリスマス」「アケオメ」「誕生日」が一緒くたにされるから。そして冬休み中だと、祝ってくれる友人が誰もいないワケだし。こんな楽しかったの人生初ですよー。
……あ、ケータイでこれ読んでる方、パケ代の無駄だから画面を閉じることをオススメします。ただの雑談ですから。
では次回予告に移りますかー。
予告。
ついに戦闘――ミオとぶつかるのはレナとフィエリア、鋼鉄の火花が戦場に咲き乱れる。
「これが本気、なのか……?」
信じられない光景に、息を呑むフィエリア。ASEE最強の名を持つ機体とパイロットは一筋縄では倒せない――と、わかっていたハズなのに。
回線から、少年の声が洩れる。それは冷徹極まりない。
『さて、――反撃といくか』
次話、第四十六話「北極戦線⑪ :戦慄」