北極戦線⑨ :最悪な結末
part-o
北極戦線――2日め。
ブリーフィングルームに集められた兵士たちは、深刻そうな表情のまま作戦内容に聞き入っていた。昨日の被害が響いたのか、「死ぬかもしれない」という念が彼らを突き動かすのだろう。
ASEEの被害率は、予測された数値よりも低いものだった。22パーセントだったそれは、整備兵たちの努力によって10パーセント前後まで回復している。
(……だけど、それは統一連合も同じだろうな)
兵士全員が起立して作戦内容に耳を傾けるなか、ミオはひとり着席――机に肘をついた状態で思案していた。明瞭な反抗態度むき出しである。
はたと気づけば、傍らに立つ少女・トモカが脇腹を小突いてくる。
(……なんだよ)
どうやら、立て、と言いたいらしい。
ミオが嫌そうなカオをしてみせると、トモカは軍服のポケットからなにかを取り出した。
黒い色調の漆が塗られている――箸だ。
彼女は手を「ぐー」にしてそれを直持ちし、ミオの脇腹へ
ぶすっ
というひと突き――いや、ひと刺しか。
ミオは自分の中で何がが張り裂けた音を聞いて、
「ば、、痛っ!!」
強烈な痛覚と同時に飛び上がると、喋っていたオーレグが「どうした?」と言いたげな視線をぶつけてくる。事情を知らない兵士たちも同様だ。
ミオは前髪をくしゃ掻いて舌打ちすると、周囲へ混じるように起立――もちろんトモカの隣である。
オーレグが説明を続けて、兵士たちは何事もなかったかのように元の状態へ帰っていった。
トモカは小声で耳打ちして、
(必殺のマイ箸アタックです。どうでしたか、良い子はマネしてはいけませんか)
(死にそうに痛いな。お前は悪魔の子かっ)
(えぇぇ!? 今までそんなこと、誰にも言われなかったのに!)
(……それは周りが言わなかっただけだと思う。すっげー痛い……)
(死にそうですか)
(おまえ、死ぬとか言うなよ、不謹慎だろ)
ミオは周囲に悟られぬよう、チラと脇腹を再確認。外傷は無さそうだったが、刺された部位には強烈な痛みが陣取っている。
トモカはミオの袖をちょいちょい引っ張り、しょげた声で、
(……申し訳ないです。あ、今の『です』は死ぬっていう意味の『デス』じゃないです)
(いや別にいいだろ、それは……気づかなかったし)
ミオは続けて、
(じゃあ、バツとしてオーレグに同じことをやってこい。そしたら許す)
(えぇぇ!? そんなことしたら殺されちゃいますよ!)
(安心しろ、葬儀には出席する。スピーチもこなしてみせるぞ)
(すでに死亡確定!?)
(あぁ、『彼女とはいろいろありました。あの時の……アレ』とか話す)
(どの時のドレですか!? わたしの思い出はゼロですか!)
と、小声で話していたミオとトモカに――オーレグのマイク越しの声が届いた。
「……そこの二人。あとで話があるから、ちょっと来い」
part-p
〈フィリテ・リエラ〉艦内。
待機室の空気は、すでに疲弊したそれだった――壁際に立っているだけで、肺が腐るんじゃないか思うくらい。
レナは燃えるような赤髪を指で軽くすいて、肩から力を抜くと溜め息した。
学校の体育館程度の大きさを持つこの待機室には、五十を超える兵士たちが集められていた。
(みんな、疲れきってるよね……)
兵士たちの中には、毛布を被ったまま動けない者、目の下に隈が浮かんでいる者――さらに酷ければ「死ぬのかな、俺ら」と話しはじめる者もいる。
ASEEの猛攻を遮った一日――は、彼らにとって苦痛だったろう。「敵陣で暴れてこい」という命令よりも「暴れ午から基地を守れ」というほうが体力を使うし、集中力や神経も消費する。
レナの隣――同じく壁際に座っていたフィエリアが「限界ですね」と呟き、レナが頷く。
黒髪の少女・フィエリアは続けて、
「〈ツァイテリオン〉は出撃可能です。イアルの機体も作業が間に合いました――ですが、彼は〈エーラント〉部隊の方へ回ってもらおうかと」
「そうよね。じゃないと保たないよ、たぶん」
少女二人が問答していると、待機室の入口から白衣姿の女性が姿を現した。
キョウノミヤだ――つまり艦の最高責任者である。彼女は「みんな、座ったままでいいから聞いて」と高らかに告げて、口頭で作戦内容を説明しはじめた。兵士たちが疲弊している状況で資料を手渡しても、それを読む体力を持ち合わせている割合は限りなく低いからである。
作戦内容はこうだ。
本日――仮に北極戦線と名付けるなら二日めである今日は、両軍の疲弊具合から短時間決戦となる。おそらく午前中には、
①ASEEの敗北および撤退
②統一連合の敗北および撤退、または北極基地の陥落
③停戦
の結果が得られるだろう。
「つまり、我々は最初から全軍投入でいくわ。疲れているのはわかるけど、もう少しで終わるから力を貸して。そうね……終わったらパーティーでも開こうかしら」
疲労困憊していた兵士たちに、「おおっ」というどよめきが広がった。
キョウノミヤは軽くウィンクしてみせて、
「もちろん軍の資金をちょろまかして、だけど。参加希望者は生存者のみ――この意味、わかるわよね?」
ようは生き延びろ、ということである。
閉塞していた空気が、彼女の一言であっという間に霧消した。さっきまで困憊していた兵士たちは次々に重い身体を立ち上がらせ、それぞれ続くように出口へ向かってゆく。
すごい、とレナは思った。純粋に。
これがおそらく、キョウノミヤの持つカリスマ性なのだろう。
(……やっぱり、あたしとは違うな)
レナだって、自分自身の能力に自信はあった。最短期間で「エース」と呼ばれる頂上に上り詰め、苦しい訓練に耐え、頂点を維持してきたことは誇れる。真っ直ぐに。
でも、自分には周囲を牽引する力がない。
だから、寂しかったんだ。
「あーあ、やっぱ駄目だわ。あの人には勝てる気がしないな」
「そうですね。さて、そろそろ我々も向かいましょうか」
レナが言い、フィエリアが立ち上がりながら答える。
北極戦線・最悪の結末まで残り212分。
――まだ、誰も知らない。知る由もない。
あ、あけましておめでとうございますー。2010かぁ。
次回の更新は1月5日になると思います。