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E  作者: いーちゃん
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北極戦線⑧ :空


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 たった五分で引き返しを命じられたミオは、すでに自室へ込もっていた。帰投してすぐにオーレグのもとへ行ったが、「詳しいことは翌日に話す」と軽くあしらわれてきた次第である。

 ミオはベッドへ横になって足を投げ出し、薄っぺらい毛布を掴んで冷えた身体へ引っかけた。

「……」

 外の戦況がどうなっているか、ミオは興味すら湧かなかった。

 自分は与えられた敵を倒しさえすれば、それで良いのである。誰がどう死のうと、まったく関係ない。

(――そうだ、関係ないさ。俺はいつだってそう言い聞かされてきたんだからな。役に立つために――役に立たなくなれば『棄てる』って……それが怖くて、言われた通りに生きてきたんだ)

 ミオ・ヒスィは――少なくともその名を持つ自分は、クローンなのだから。

 代替物なんて、いくらでもいる。遺伝子を読み取ってタンパク質を形成させ――。

(……やめよう。難しいことを考えるのは苦手だ)

 ミオは内心で首を横に振った。

 事務机の上に、錠剤の詰まった薬瓶が見える。クローン体である自分は、オリジナルの個体よりも寿命が短い。平均のそれの半分か、さらにその半分――四分の一程度だろう。

 ミオは広げた手のひらを見つめて、

「あと……二年くらいか、死ぬまで。なのに、俺は何をやってるんだ……?」

 若く見える手も、隠れた部分では老化が進行しているハズだ。そのうちボロボロに崩れてきて、なにも握れなくなるだろう。

 ふと、ミオの表情が翳った。

 レゼアは、俺が死んだらどう思うんだろう? 最初は泣くだろうか?

(でも……)

 ミオ・ヒスィには代わりがいる。いくらでも。

 俺が死んでも、代わりとなる『俺じゃない俺』がレゼアの隣を歩くのか?

 いつもみたく笑って、冗談を言い合って、ふざけあって――。

「ミオさん……?」

 戸口の方向から、遠慮がちな声が掛けられた。

 そこにはトモカが立っていた。彼女は振り向いたミオの表情を見て、

「な、泣いてましたか?」

「いや、泣いてない。これはちょっと……砂埃が目にはいったんだ」

 ミオは部屋の奥からタオルを取って、赤くなっていた目の周りを拭う。

 トモカはやけに上ずった声で、

「えぇぇ!? 部屋の中でも砂埃が起こることがあるんですか!?」

 っはぁー、そんなこともあるんだなぁ。

 ……とか言いながら感心していたが。もしかしたら本物のドアホなのではと思いながら、ミオは顔を拭った。

「で、何の要だ」

「お水を持ってきました。喉が渇いてるんじゃないかと思って」

「……そうか」

 会話はそこで途切れる。トモカは持ち歩いていた書類の束とボトルを机の上に置いて、近くにあったパイプ椅子へ腰かけた。

 部屋を見回して、

「なんにもないんですね」トモカはそう言った。

「……俺には必要ないからな」ミオはベッドの上に寝転がったまま、ボンヤリと答える。

 たしかに、ミオの私室には必要最低限の物以外は何もない。それで寂しいことはなかったし、ミオには充分だったのである。

「――で、トモカ。何の要だ? 水を持ってきただけじゃないんだろ?」

「あ、はい。明日の予定を伝えにきたんです」

 少女は立ち上がって書類の束を漁りはじめ、目的の紙片を山のなかから引っこ抜く――と同時に、書類の山がドサドサと崩れ去った。

「――よしっ」

「……じゃないだろ。一応、ここは俺の部屋なんだから後で片づけろよ」

 わかってますと言ってからトモカは続けて、紙片に綴られた内容を読み上げた。

 それによれば、ミオは明日の九時に出撃開始らしい。それに向けて準備をしておけ――ということだ。

「……それだけか?」

「はい」

「……今日の損害率は?」

「まだ計算追加中ですけど、総戦力の二十ニパーセントは被弾等の損傷を受けています。ですが敵軍総戦力の三十一パーセントを削っているため、現状では好調ではないかと」

「……」

「って、あの偉い人が言ってました」

「……そうか」

 ミオは短く答えて思案顔になった。

 トモカのいう『あの偉い人』とは、おそらくオーレグのことだろう――と想像しただけで、ミオは吐き気がしてくるのを停められなかった。

 自分自身、アイツは嫌いだ。

 ミオとオーレグは、配属されて最初から反りが合わなかった。理由はわからないがとにかく嫌いで、立場さえ無視して突っ掛かったし、実際、上官に楯突いても処分を受ける心配はない。

 なぜなら、ミオには『利用される価値』があったからだ。

「……ミオさん?」

 ふと気づくと、トモカが心配そうな表情をしたまま覗き込んでいた。

 顔面との距離、およそ十センチ。ここからだと、彼女のまつ毛まで綺麗に見えた。

「……かおが近いぞ」

 ミオは掌を前へやって、トモカの額をゆっくり押してやる――と、彼女は反動のまま立ち上がって書類の束を手早く抱え、自動ドアの向こうへと躍った。

「大丈夫ですよ」

 トモカは振り向いたままはにかんで、

「泣きたいときなんて、誰にでもありますから。――」

 ドアの閉まり際に、彼女の朱さした唇がゆっくりと動く――が、ミオはその言葉を聞き取ることができなかった。

 一瞬、室内は廊下の明かりに照らされ、再び暗くなる。

 ミオは困惑顔のまま、

「見られたか? ……泣き顔」





 その日の夜、ミオはある夢を見た。

 何度か見たことのある夢だ――そこは児童養護施設みたいな場所で、そこには以前みたときと同じく四十人くらいの子供たちがいた。みんな五歳くらいの幼齢で、そのなかにはミオもいる。

 ただ、輪の中には入っていなかったが。

 いつだったかの夜だ。ミオは施設のルールを破って、外の多目的グラウンドへ抜け出していた。学校の校庭程度の広さを持つ、砂のしかれたグラウンド――上には満天の星空だ。

 喋ってくれる相手は誰もいなかったから、ミオはいつも一人で、時間が経つのを待っていた。毎日がそうやって何事もなく過ぎていくのは退屈ではなかったし、楽しいとも感じなかった。

 正確な表現を使えば、生きている感じがしなかったのかもしれない。

「……だれ?」

 気配を感じて、幼少のミオは背後を振り返ったハズだ。その後ろ――五メートルの距離をおいて、彼と似たような背格好が一人。

 立っていたのは無口な少女だ。いつもみんなと離れていて、自分と似たような一人ぼっち――だからといって、ミオは少女に親しみを持つことはなかった。

 ミオは困惑顔のまま、足元の砂を蹴った。かさ、という渇いた音が残る。

「二人め」

「……え?」

 言い置いて少女は踵を返すと、走るようにして去っていった。

 ミオはわけがわからない表情をしたまま続きを求めるように、再び満天の空へ視線を注ぐ。

 漆黒の空には――





 ミオは毛布を蹴っ飛ばして目覚めた。

 起きていきなり突飛な行動に出たためか、鋭い痛みが頭蓋を襲う――ミオは首から力を抜いて一瞬の苦悶を洩らし、夢の内容を反芻させた。

(あの施設……俺がいた、みんな。死んだ……生き残ったのは俺――)

 ふと、少女を思い返す。

(だけじゃない。もう一人いたのか……? それと、あの空――)

 俺はあのとき、何を見つめていたんだ?


 お久しぶりな方はお久しぶりです作者です。

 んー、何にも書くことはない?

 そんなことはないかも。いや、あるかも?

 どうやらクリスマスだったらしいですね。まぁ今年も独りな大学生ですが、そこは気にせず突っ走りましょうか。

 そろそろ(全然使ってない)活動報告を書いてみようかなと思ってます。めんどくさがりだから年明けになるかも。

 次話、北極戦線も2日目に突入――だが、緊張感のないトモカたち。

 彼らはそうするしか、戦場での苦しみを隠せないのか?

 次話、「北極戦線⑨ :最悪な結末」

 お楽しみに。ギャグ要素が多めかも。

 そして良いお年を。次回は元旦に更新だと思いますが、文字数が少ないのでいつでも読めるようにしておきますねー。

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