北極戦線⑥ :ノーザンクロス
part-l
漆黒の機体は、微調整されたカタパルトから勢いよく射出された。
ミオは腰部からサーベルを抜き放ち、瞬影のような轟速を維持したまま〈アクトラントクランツ〉とすれ違う。
横から払った一太刀めは、掲げられたシールドで難なく防がれた。
「くっ……」
ミオは奥歯を噛んで、機体を屈ませると切り返しの太刀を振り上げた。
開かれた回線から、声が飛び込む。
『悪いけど、ナメられても困るのよ』
浮かび上がった深紅の残影は、しかし薄れて、
「っ!」
ミオは機体を急速反転させてバーニアを噴かし、背後より迫っていた深紅から逃げる。
――間一髪だ。
深紅の機体は特有の残像を使って、真っ正面からと見せかけて背後にまわっていたのである。〈ヴァーミリオン〉を展開させた〈アクト〉は、それが異常と思えるほどに機動力が増していた――純白の翼をひろげた様態は、まるで天使のそれである。
ミオは続けて〈オルウェントクランツ〉を駆り、
「――な、」
続く言葉は、ミオの喉から放たれなかった。
突然の轟音と衝撃が〈オルウェントクランツ〉を揺るがし、押し潰すようなGが襲ったからだ。下方向へ引っ張られるような慣性は、漆黒の機体を容赦なく喰らい――
背後からの回し蹴りをまともに受けて、〈オルウェントクランツ〉は海のなかへ落下した。大量の泡がメインカメラの視界を覆い、操縦すらきかなくなる。
「……うっ、」
内部スピーカーへ、もう一人の少女の声が届いた。
『ミオさん!? 大丈夫ですか、しっかりしてください!』
「……あぁ、わかってる。心配無用だ」
それにしても――羽根のひらいた形態の〈アクトラントクランツ〉は、こんなに強かっただろうか?
(レナ――これが、おまえの本気か?)
だとしたら――と、ミオはスロットルレバーを全開まで倒して、低下した出力を回復させた。
一瞬だけ思考停止していた機器類が光を明滅させて応え、パイロットの要求を実行する。ミオは6基のバーニアを全開して海水ごと吹き飛ばし、海から〈オルウェントクランツ〉の駆体を脱出させた。
その勢いのまま、漆黒の機体はライフルを連射させて〈アクト〉へ肉迫――回避の隙すら与えずにサーベルを逆手に払うが、その軌跡もシールドが阻む。
「くっ……」
『あはっ、ようやく本気? でも、今は――あたしのが強いのよねっ!』
――マズい。
〈アクト〉が距離をとって、その純白な双翼を広げた。大きく風をはらんだふたつの羽根は、そのなかから小さな片――硬化したそれを撒き散らす。
全方位攻撃だ。ひとつひとつの攻撃は脆弱だが、機体の関節部、燃料部を確実に狙ってくる。
「くそっ、避けられるか……?」
ミオは機体を切揉みさせて急速回避を繰り返し、十にも及ぶ射線をかいくぐる――隙あらばライフルを向けるが、
(捉えきれない……っ!)
くそ、とミオは毒づいた。
羽根の一片ずつは非常に小さく、ビームを連射させたところで命中する確率は低い。それらはまるで鳥の群れのように全方位へ流れを描き、複雑な軌跡はミオを混乱させた。
(じゃあ、元を断って――。……っ!?)
モニターのなかで〈アクト〉の機影を求めるが、どの方向を探しても見つからない。
消えた? と訝しんでレーダーを見渡すと――
「真上!? が……っ!」
衝撃を受けて、ミオは続く言葉を殺した。肺が押し潰されそうになって、中の空気が絞り出される。
重なる位置から足蹴りし、深紅の機体は落下運動する〈オルウェントクランツ〉へ組みついて、海へ。
二機が氷の海へ落下して、特大の飛沫があがった。
『ふん……こんなもんだったっけ?』
回線から、レナの揶喩する声が聞こえた。
〈アクト〉は、どうやら海中へ突っ込む寸前で組みつきを外し、うまく逃れたようだ。
(くそっ……レナ、俺は……)
ロシュランテの街で出会ったのが、
映画に誘ってくれた相手が、
キスをした相手が、
レナを火の中から助け出したのが。
(戦ってる相手が俺だと知ったら……レナはどんなカオをするだろう)
知られてはならない。
敵が自分だと知られれば、レナは一生――ずっと傷ついたまま生きていくだろう。
(だから……このまま、俺は死ぬべきなんだ)
ミオのなかで、諦めに似た念が根をはった。
スロットルを握る手から力を抜き、ふと呼気を弛める。
そうだ、ついでに回線も切ってしまおう――と、手元のスイッチを切ろうとして、
『ミオ・ヒスィ、聞こえるかね?』
不意に男の声がした。
妙に粘っこい、神経を逆撫でする口調だ。
「オーレグか。俺は忙しいんだが」
『ふん、戦闘は見させてもらっているよ。随分なやられようじゃないか。えぇ?』
「……なんだか味方を巻き込みたくなってきた。このままだと全滅させそうだ」
『そんな君に嬉しい報告がある。戻ってきたまえ、それから話そう』
「……なんだと?」
通信はそれきりだった。どうやら自分には、まだ役目があるらしい。
だが、ミオは怪訝そうな表情をしたままうなだれていた。
(仕方ない……よな?
俺は、クローンなんだから……嘘みたいな真実だけど。
利用するために造られて――役目がなくなったら、いずれ棄てられる。分かりきってたことだろ?
俺の価値も、居場所も、もしかしたら生きてる理由も――)
もういいやと、ミオは首を横に振った。これ以上そんなことに馳せる時間は残されていないし、思考回路もうまくはたらいていない。
ミオは機体をフラつかせながら〈オルウェントクランツ〉を後退させる。
少女は、それをぼんやりしたまま眺めていた。
実は完っ全に忘れてました。
それでは23日にお会いしましょうー。