北極戦線④ :フレンズ
part-j
レナはぼんやりしたまま、宙を眺めていた。場所は〈フィリテ・リエラ〉の艦内廊下――にある休憩用のベンチ。長く続く廊下の横にはガラスが十枚くらい張られていて、その向こうは格納庫である。ここからだと、ちょうど修復中の〈アクトラントクランツ〉が見える。
コーヒーカップへ唇をつけ、喉の奥へ流し込む。ブラックのそれは熱さとほろ苦さが混ざって、なんともいえぬ味わいだった。
「……」
レナはまだ余韻に浸っていた。
強すぎる〈オルウェントクランツ〉。
繰り返す空間転移。容赦ない戦闘力と、
(――あたしとの差、か)
歴然とした違いを見せつけられたようで、その黒々としたものが、レナの心から離れなかった。
これだけの違いがあるのか、と。
そして、あんな化物を相手にしているという不安。
「……」
正直、押し潰されそうだった。
突如――廊下の奥から声が。
「あーあ。ビビってんぜ、あれ」
と、同時に蹴飛ばされる音がした。
背面から蹴り上げを喰らったイアルは大きく吹っ飛び、天井にぶつかって床に跳ね、なにか砕けるような音を立てて――こちらまで滑り込んできた。
その向こうに立っていたフィエリアが、
「ふむ、イアルはでりかしーがなさすぎですね。傷心ならば放っておくのも手段なのに」
レナは驚いて立ち上がり、
「フィエリア! ……ついでに死体、どうして――」
イアルがむくり、と起き上がって、
「さっきの戦闘を見てたら、いろいろ考えるトコロがあると思ってな」
そういうことか、と息をついて、レナは再び腰を落ち着けた。
イアルは腕を組んだまま壁際に背を預け、
「わかっただろ? 俺たちが相手にしてる敵ってヤツが。あれは戦争の道具じゃねー、それを超えてるバケモンだ」
「……わかってる。わかってるわよ。だから勝つんでしょ、あたしが」
「本気でそう思ってんのかよ。じゃ、何もわかってねーな。おまえは勝てねぇよ」
「……うっさい。アンタなんかにわからないでしょ?」
「心の底から憎んじゃいねーんだ」
「そんなことないわよ……」
「どこかで、ヤツを敵と思えてないトコロがある。それはなぜだ?」
イアルは粘っこく続ける。
フィエリアが制止しようと声を荒げたが、イアルはそれを撥ねのけて、
「それはな、ヤツが――おまえと似てるからだ」
「――じゃあっ!」
怒りがアタマに昇って、言葉が暴発したみたいだった。
レナは食ってかかる勢いで、
「じゃあ、あたしはどうすればいいってのよ!?
たしかに、あたしはアイツを憎んでないかもしれないけどね――でも、敵なんだから仕様がないでしょ!
敵と似てるだなんて、よくもぬけぬけと言えるわね!!
あたしだって、べつに好きで戦ってるワケじゃないのに!」
一体なんなのよと言いかけて、レナはハッと息を呑んだ。
イアルは壁際に立ったままヘラヘラ――少なくとも嫌味ではない――笑って、
「スッキリしたか?」
あぁ、こういうことか――と、レナはガスの抜けた風船みたいにへたれこんだ。
おそらく、イアルはコレを狙っていたのだろう。
心の内に溜まっていたストレスを、鬱憤を暴発させる――。
レナは軽く頭を掻いて、
「まぁね、なんかラクになったかも」
「そりゃ良かった。お前の力だけじゃ勝てないってのが分かれば、それでいいぜ」
「フィエリアも、ありがとね。わざわざ来てくれて」
今度はフィエリアが、
「いえ、わたしはなにも……」
「ううん、そんなことないよ。そばにいてくれるだけで、うれしいもん」
レナが言うと、フィエリアは小さく笑んで、
「辛くなったときは呼んでください。わたしはやるべきことがあるので失礼しますね」
律儀に一礼し、黒髪の少女は踵を返して廊下の奥へ消えていった。
イアルが口をひらいて、
「ま、そういうことだ。独りで戦ってるワケじゃねーんだし、ナカマを頼れ。な?」
「うん。じゃあ、あたしもそろそろ行こうかな」
空になった紙コップをまるめてゴミ箱へシュートし、レナは立ち上がった。
うん――、と伸びをしていると、
「トドメを刺すのが怖くなったら、俺を呼べばいいさ」
ルは無表情で言葉を続けて、
「おまえは弱いのに、強くなりすぎたから」 イアルはレナへ背を向けると軽く手を振って、どこかへと消えていった。少しでも人手が欲しい現在、ゆっくりとお喋りしている時間はなさそうだ。
レナは廊下へ立ち尽くしたまま、
「……なぁんだ。あたし、独りじゃなかったんだ」
ふ、と笑む。
廊下の隅に設置された自販機の冷却ファンが、ゆっくりと回り始めた。
読了ありがとうございました。
「アトガキ。」を読む前に、殆どの方が画面を閉じられているみたいですねー、ありがとうございますー。
そんなわけで、次回から更新のペースを速めていこうかなと。具体的には
12月15日、19日、23日(の夕方以降?)に次話更新の予定です。文章量が極端に少なくなると思うのでよろしくおねがいしますー。
予告。
仲間意識を取り戻したレナは、新たな決意を胸に再び戦場へ舞い戻る。
激突寸前の彼らは――。
次話、「鼓動」