北極戦線③ :逡巡
北極戦線はpartがすべて繋がってます。
が。
今回upする予定だったpart-jは書き上げられませんでした。
part-i
〈オルウェントクランツ〉が着艦すると、ミオはすぐにコックピットから這い出た。いつもならワイヤーラダーを伝って下まで降りるのだが、今は体力が持ちそうになく、ミオは途中――三メートルほどの高さから落下した。
鈍い音がしたが、気にしているほどの余裕もないし、それどころか痛くはなかった。どうやら全身が麻痺しているらしい。
汗という汗が吹き出し、肺が突き刺すような痛みを訴えている――全力でフルマラソンをやらされたみたいに、喉もカラカラだ。脱水症状のためか、視界も白くぼやけている。
そのなかを、少女が駆ける音がした。
「ミオさんっ!」
トモカは倒れたミオへ走り寄ると、汗に滲んだヘッドギアを外して容態を確認。
ミオは苦しげに息を切らして、
「み、水を……一杯、くれ……」
「お、おっぱいっ!? ミオさんこんな時に何言ってんですか!」
「ちがう、水だ……この」バカ、といえるだけの気力は、もう残されていなかった。
トモカは「あ、水ですか」といって整備兵の視線に晒され、「あぅ」と真っ赤になりながら走っていった。
……こんな時にまで何やってんだ。
しばらくすると、トモカはドリンクカップを持って戻ってきた。ミオはそれを受け取ると、ゆっくり――いっきに飲むと危険なため――水を飲み干した。
「落ち着きましたか?」
ミオの呼吸が戻ると、トモカは普段のような笑みを浮かべて構えた。
ミオは、
「まぁ、な……しかし何だったんだ、アレは」
先ほどの戦闘――〈オルウェントクランツ〉は、突発的な暴走状態のように制御がきかなくなった。出力がマイナス680パーセントを記録し、次々と空間転移が起こり、パイロットであるミオの体力を根こそぎ奪ってゆく。
一体なんだったんだ、あれは……?
「トモカ。さっきの戦闘データを抜き取って、分析しておいてくれないか」
「? いいですけど……たぶん、コピーに三十分は掛かりますが」
「構わない、その間くらい〈ヴィーア〉の連中にやらせるさ。それと、キョウスケへの連絡手段を用意してくれ」
トモカは、わかりましたと言い置いて機材を取りに行った。格納庫の奥にあるデスクからケーブルごと引き抜いて、機器を〈オルウェントクランツ〉のネットワークへ接続させる。
その手さばきは、ミオも舌を巻くものがあった。十数本の色のついたケーブルを間違えることなく繋げて、そのかたわらで機材を立ち上げ、キーを素早く連打する。
少しすると、トモカは受話器を抱えて戻ってきた。
「キョウスケ先輩に繋がってます」
わかった、と立ち上がり、渡された受話器を受け取る。ミオは再び機材のもとへ行こうとした少女へ呼びかけて、
「トモカ……ありがとな」
「まぁ、これくらい大したことないです。いいですか、最高のオペレータとは――」
「……わかったから、含蓄を語る前に早く行け」
ミオが指示すると、トモカは怒ったように頬を膨らませて「ケーブル三本、引っこ抜きますから」と言った気がするが、いくらなんでも気のせいだろう。
と思いながら、ミオは受話器へ耳を宛てた。
『……、はい? もしもし』
「キョウスケか? 俺だ。いくつか説明してもらいたいことがあって連絡したんだが」
『ミオじゃないか。いまは北極戦線らしいけど、サボっているのかい?』
「噛みつくなよ。いいか、単刀直入に訊かせてもらうぞ――〈オルウェントクランツ〉のアレは、いったい何なんだ?」
キョウスケは暫しのあいだ沈黙して、
『……そうか、起動させたんだね』
「ああ。死にそうになった、空間転移をし始めた、出力がマイナス680パーセントを越えた。いったい何なんだ、アレは」
『ごめん、その件は僕にもわからない』
キョウスケは続けて、
『通常の機体――たとえば〈ヴィーア〉とか〈エーラント〉とかの出力が、100パーセントを越えないのは知っているね?』
「……あぁ、一般兵が最大49パーセントだろ。俺でも最高89.6だからな」
『そう。すべての機体は、パイロットの扱える力量を超えないよう、出力が100を突破しないように設計されている。だけど、科学者たちはその壁を越えようとした』
「……つまり、『制御可能で、かつ最高の出力』を求めたのか」
『そういうこと。だけど、機体の出力は100パーセントを越えないことが証明されたんだ。いや、正確にいえば、100パーセントの出力というのは存在しないんだけど』
「……どういうことだ?」
キョウスケの説明では、どれだけ出力が上げられたとしても、それは最大99.999...で止まるらしい。物理的な証明を経て、数学的な証明が得られ、もはや覆せなくなったとか。
『――だから、科学者は負の数字を求めた。エネルギーを放出するのでなく、吸収するシステムをね。それが重力位相変換機構さ』
ミオは「久しぶりに聞いたな」と思いながら、前髪を掻きむしった。
たしか、大気圏中に存在する重力をエネルギーに変換するアレだ。だから〈オルウェントクランツ〉にはエネルギー切れの心配がない。
でも、と、ミオは吐き出しそうになった言葉を呑んだ。
(それだけ強い機体が、いったい何のために……?)
本当に『戦争を終わらせるため』なのか?
それなら、どうしてこれだけの力を――。
(……その前に、俺は)
戦争とか、平和とか――
正義とか、悪とか――
「……知るかよ、そんなもの」
『え?』
「いや、なんでもない。すまなかったな、急に呼び出して。トモカがデータを送ってくれると思うから、そちらでも分析してくれ」
『りょーかい。で、彼女は元気にしているかい?』
「ああ――」
いったん受話器を置いて、ミオは漆黒の機体――その足元で作業に勤しむ少女を見やった。今は真剣な表情をして、画面に映る数値とにらめっこしているみたいだ。
ミオは受話器へ耳を宛てて、
「――ただのバカで、ただの大食いだけどな。本当にすごいのか? アイツは」
『うん。正直、彼女は天才だよ。同じ年齢だったら、僕も負けてたかもね』
「……マジかよ」
どうせ冗談だろと半信半疑のまま、ミオはトモカを見やった。
キョウスケは続けて、
『弱冠十六歳で大学院を首席卒業、計四回の論文すべてで博士号を取得』
「……それ、[大食い大会で四回連続王座を獲得]の間違いじゃないか?」
『いや、事実さ。当時は天才少女現る、ってマスコミに取り上げられてたんだけど』
「……なんだか気分が悪くなってきた。切るぞ」
受話器を置いて、ミオは特大の溜め息をついた。軽く伸びをして、水のはいったボトルへ口をつける。
そんな天才が、どうしてあんなに大食い――いや、もしかしたら天才とはそんなものなのかもしれないが。
ミオは、なんとなくそう思った。
読了ありがとうございました。
設定資料2を12月5日の明日にupする予定です。
けっこう神がかっているので、また目を通していただけたらと思います。
それと、来週の更新から文章の量を減らし、四日に一度の更新にしようかなと考案中です。
詳しくは来週ぶんの「アトガキ。」で報告いたします。
それでは土曜日にお会いしましょうー。