北極戦線① :BLOOD CLOCK SHOOTER
part-a
「さぁ、始まりだね」
寒空を見上げて、紅い瞳の少年は呟いた。その口元には、どうしてか皮肉そうな笑みさえ浮かんでいる。
「多くの命は光を浴び、やがて塩の柱、氷の柱となる。在って在るものの終末だよ」
少年の傍ら、仕えるように膝立ちするのは緑の機体――間違うべくもない〈イーサー・ヴァルチャ〉である。
「刻が来るのを待とうか。退屈だろうけど」
緑の機体は何も答えない。
少年がふと笑うと、ヴンという音をさせて〈イーサー・ヴァルチャ〉の瞳に――黄色の光が灯った。
最初の砲声が、重く轟く。
まるで、死が産声をあげるように。
part-b
イアルは待機室のなかで、その時が来るのを待っていた。
午前八時――ASEEからは、その時間より攻撃開始との通達を受けている。強襲ではないという意思表示か、どうやら大真面目に連絡を挟んだらしい。投降を求められた統一連合――もとい北極基地はこれを破棄、全面衝突の予感アリアリである。
キョウノミヤの試算によれば、北極基地が攻撃されるとは最初から予測できていたとか。そんな彼女も、今は〈フィリテ・リエラ〉のなかで指揮に追われている。
(……)
イアルは足組みしたまま、右手の指で軽いリズムを取っていた。イラついているときはこうしているのが良い――とは、最近気がついたことなのだが。
結局、〈ツァイテリオン〉は時間までに完成しなかった。急ピッチで作業を進めても、残り32時間というのは譲れないらしい。
状況がそれだけに仕方ないかと割り切ったところで、自動のドアが開いた。
大股で部屋に入って来たのはフィエリアだった。彼女はイアルから二、三席ぶん離れたところに座ると、腰を捻ったり手首を回してみたり――どうやら相当イラついているみたいだ。
(仕方ねーな、総力戦だってのに……俺たちには何も出来やしねぇんだから)
レナには扱える機体がある――あの深紅の機体が、統一連合の切り札となるに違いない。
だからこそ、イアルは心配でたまらなかった。
「イアルは」フィエリアがとつぜん口をひらいて、「どうして戦っているのですか」
聞いたことがありませんでしたね、と彼女は続けた。イアルは一瞬だけ返答に詰まったが、なんだそんなことか、と溜め息。
「さーな、覚えてねーよ」
「……そう、ですか」
「そんなモンだろ、戦争ってのは? 殺したくもないヤツらが殺しあって、生き残りたくもないヤツが生き残る。あとには何も残りゃしねーんだ」
「……」
「金が要るんだよ」
ぼそと呟くように、イアルは付け加えた。
フィエリアはわけがわからないという表情をしたが、イアルは
「理由は教えねー。知ったところで何も出来ねぇってんなら、知らぬが華さ」
続けて、机の上に置かれてデジタル時計へ目をやる。
「さて、そろそろ始まるか。流血の時間が」
時刻は、八時ちょうどを示していた。
数秒を待たず、最初の砲声が、イアルの嫌な予感を突き刺すように――轟いた。
「――ブラッド・クロック・シューターだ」
part-c
〈アクトラントクランツ〉は電磁レールの速度を受けて、影のような速度で飛び出した。普段とはちがい、カタパルトによる遠距離到達は要らない――ため、射出後は自動的に滞空モードへ移行する。
レナはモニターを隅々まで見回して、唾を飲んだ。
〈オルウェントクランツ〉は――いない。おそらく戦力温存だろうとは容易に想像がつく。
遠方では、すでに量産機どうしの戦闘が始まっていた。
ASEEの〈ヴィーア〉対、統一連合の〈エーラント〉である。
レナは回線を開いて、
「キョウノミヤさん、聞こえますか?」
『なにかしら?』
返答の声と同時に、モニターへキョウノミヤの顔が映った。指揮する立場として忙しいのか、その表情には焦りの色がうかがえる。
レナは続けて、
「〈オルウェントクランツ〉がまだ見えません、おそらく出し惜しみだと考えられます――注意しておいてください」
通信をそれきりにして、レナは回線を切った。
漆黒の機体が姿を現すまでの時間、倒すべき敵は〈ヴィーア〉である。可能な限り、相手の戦力を低下させなければ……とレナはモニターを広角化させ、敵影を求めて〈アクト〉を駆った。
深紅の機体は大きく身を屈め、全開速度――矢のような疾さで飛び回る。その姿を見咎めた二機の〈ヴィーア〉が攻撃するより速く、〈アクト〉はサーベルを抜き放ち、擦れ違いざまに両機をほふっていた。
胸部、あるいは腰部を真っ二つにされた〈ヴィーア〉は、それぞれ空中でバランスを失い、氷の大陸へと散ってゆく。
「……」
レナは爆散した二機には目もくれず、新たな敵の攻撃へ備えた。
急接近してきた一機――サーベルを構えた――のビーム刃を受け止め、その足元へ潜り込むようにして背後へまわり、〈ヴィーア〉の脚部を薙ぎ払う。同時に、反対の手に構えられたライフルが一射、容赦なくその頭部を撃ち抜いた。
「!」
さらに接近――警告。一機めを囮とした波状攻撃のつもりだろう。二機めの〈ヴィーア〉が、いつのまにか〈アクト〉の背後へと忍び寄っていた。すでにサーベルを引き抜いた状態である。
レナは冷静に対処――前宙返りするようにして一撃を回避、いちど距離を置いてから〈ヴィーア〉の懐へ潜る。
左薙ぎの一閃。
やや反応が遅れた〈ヴィーア〉は、その胴部を介して真っ二つ――両断されていた。
レナはひとりごちるように、
「……時間稼ぎは要らないのよね。さっさと出てきてくれないかしら?」
いるんでしょ、とASEEの艦へ投げ掛ける。
レナの求めていた答えが――レールカタパルトから、勢いよく射出された。
part-d
ミオは自室のベッドへ腰かけたまま、沈黙を保っていた。
「……そろそろ時間、か」
すでにパイロットスーツを着込んだ状態で、ヘッドギアも机の上へ放られている。その気になれば、あと二分後にでも出撃可能だ。
(……)
〈アクトラントクランツ〉は――……レナは、いるのだろうか。
いるとわかっていても、ミオは漠然とした不安を抱かずにはいられなかった。
(……俺が、レナを――殺すかもしれない)
考えるだけで手が震える。ミオは薬瓶引き寄せると、中から赤色の錠剤を取り出して、コップの水とともに飲み込んだ。痙攣は三十秒をおいて停まった。
ミオは震えていた左手を見やり、
(……この身体も、ガタがきてる。あまり永くは生きられないかもしれんな)
モニターが明滅し、何かが届いたとしらせていた。フォルダを開けば、やはりレゼアからのメッセージである。文面には、
『 』
何も記されていなかった。
ミオは意味がわからずに、怪訝そうな顔をして眺めていたが――
(……まぁ、レゼアらしいといえばそうか。わけのわからんヤツだしな)
食堂のメニュー程度で大はしゃぎしたり、勝手にベッドへ潜り込んできたり。入軍当時は『年上のいうことはちゃんと聞け。そうだな……とりあえず飲み物を買ってこい』なんて言われたこともある。今さら思うと――わけがわからない。
改めて考えてみれば、彼女ほどバカなヤツはASEEにはいないかもしれない。
ただ――と、ミオは苦笑しながら画面を閉じた。
無言なメッセージの意味は、本当にレゼアらしいのだ。空白の言葉は、
『わたしがそばにいる。言葉など要らないが、それだけは忘れるな』
と言いたかったのだろう。
真っ直ぐで――
優しくて。
ふと、ミオの身体が軽くなった。
ベッドから立ち上がってヘッドギアを掴み、
「……行くぞ。戦場の俺は、悪役だ」
part-e
射出された漆黒の機体は、盾を前面へ押し出すようにして接近、轟音とともに〈アクトラントクランツ〉とすれ違う。
レナは慌てて緊急回避、危ういところでシールドをかわし、
「、なにっ!?」
振り返った先、〈オルウェントクランツ〉はすでにライフルを構えている――その銃口が深紅の機体を捉え、睨んでいた。
機体を駆り、今度は横へ。
その動きと同時に放たれた二本のビームは、さっきまで〈アクト〉がいた空間を貫き――たまたま射線上にいた〈エーラント〉二機を撃ち抜いていた。
「相ッ変わらず、容赦ないわね……!」
レナはモニターのなか――空に浮かび上がる漆黒の機体を睨む。
復活したばかりの〈オルウェントクランツ〉に、外装が変化したところはなさそうだ。黒い装甲、鋭角的なフォルム――ただ、前回戦ったときと違うのは、ライフルと盾が分離したことだろうか。
以前の〈オルウェントクランツ〉は、盾がライフルにもソードにもなった。つまり、ソードが使われているときにライフルは使用されない。
だが、今回はそれが違う。
レナは焦りが滲むのを感じた。
回線をひらいて、
「ねぇ、パイロットは前と同じ人なんでしょ?」
『……』
「あれ。せっかく復帰したってのに、あたしには一言もナシ?」
『ありがとう』
「……は?」
掛けられた言葉に、レナは思わず戸惑っていた。
敵なのに、「ありがとう」とは?
疑念が渦を巻いた隙に、漆黒の機体は〈アクト〉の懐へもぐり込んでいた。
「ッ!?」
レナは寸前でサーベルの一閃を回避。直後に機関砲で牽制をとりつつ後退、距離を置く。
回線を通る少年の声は、見下したようにわらって、
『ハッ。他人に心を許しすぎなんだよ、おまえは』
「あ、アンタねぇ……っ!」
『だからおまえは――弱いんだ』
瞬間、〈オルウェントクランツ〉が光刃を放って躍りかかる。対する〈アクト〉もサーベルを引き抜いた。
右薙ぎから迫る刃を受け止め、〈オルウェントクランツ〉は後ろへ下がってライフルをはね上げる。
が、それは単なるフェイントだった。
漆黒の機体はライフルの銃身を投げ上げ、ビーム刃を逆手に構えて急接近。
レナはシールドを構えたが、光刃が交わる寸前――〈オルウェントクランツ〉は赤の盾を正面から蹴りつけた。
「なに……、きゃあぁっ!?」
重力に負けて、深紅の機体が落下してゆく。
しかし漆黒の機体は容赦なく、空中でキャッチしたライフルを真下へ向けて一射。黒いビームの矢は〈アクト〉の腕――シールド部分へ命中、その表面を大きく穿った。
どうやら、『当たったのが盾じゃなかったら死んでいる』との警告らしい。レナはそれを悟ると同時に、ぞっとするような恐ろしさを感じた。
少年の声は、
『前にも……訊いたことがあったよな。おまえは何のために戦ってるのか、って』
「……ええ」
『あのとき、おまえは「俺が死ねば戦いは終わる」って、そう答えたんだ』
「だから?」
レナの返答は、ひどく冷めたものだった。
声はは少しのあいだ沈黙して、
『……その答えは、正しいと思う。俺には戦争だとか平和だとか、そんなものどうでもよかったんだ』
「あっそ。で? アンタは平和の代わりに、何が欲しいってのよ?」
『……わからない。だからその答えが分かるまでのあいだ、俺は死なない』
読了お疲れ様です&ありがとうございました。
今回のサブタイトルは「ワールドイズエンド」同様、どっかの音楽名から取ってつけています。わかる人はわかるかもですが。わからないかも?
かもかも五月蝿いですね。五月蝿いかもー?
part-aに出てきた「塩の柱」は、明瞭に聖書からの引用です。最終章だったっけな? まぁ宗教には興味がないですから、扱いはその程度でゴー。
さて、恒例の次回予告やりますか。
予告。
北極戦線――それはASEEと統一連合が争う図式だけではなかった……。
突如あらわれた第三勢力・[sErEnE]の小型量産機〈アーヴェント〉。
その数、ざっと40。
そんな中、ミオは改修以来手をつけていなかったあるシステムを起動させ、〈オルウェントクランツ〉を暴走させてしまう……。
次話、「北極戦線②・ブラックアウト」
一話あたりを短めにいくと思いますので、来週もよろしくお願いしまう。あ、噛んだ。