前夜
part-a
「遊撃部隊が全滅!? どういうことですか!?」
レナは勢いに任せて、デスクを思いきり叩いた。衝撃のせいで、中身のなくなったコーヒーカップがカチャンと跳ねた。
席に腰を落ち着けていたキョウノミヤは冷静な口ぶりで、
「どうもこうもないわよ。進路防衛に当たっていた駆逐・護衛艦、〈エーラント〉十七機が全滅――172秒でね。どうやら敵は、わたしたちが北極へ向かうと気づいているわ」
「そんな……三分経たずってことですよね。でも、あの艦はもう強くないはずです!」
ASEEの例の艦に搭載されている〈オルウェントクランツ〉は、〈フィリテ・リエラ〉の陽電子砲を受け止めて大破したはずだ。ほかの充分に強い機体は――黒い〈ヴィーア〉を除いて皆無、といって良いだろう。
(……まさか!)
レナのなかで嫌な予感が首をもたげた。
キョウノミヤはその表情を一瞥して、
「そう、どうやら漆黒の機体が復活したみたい。プログラムカムフラージュも破られて、おそらくパーツも複製していたんでしょう。してやられたわね」
「……」
レナは唇を噛んで、軍服の裾を力強く握りしめた。
(アイツが――生きてた)
パイロットはおそらく同じだろう。戦闘を三分経たずで終わらせる――そこまで容赦ない操縦手は、レナは一人しか覚えがない。
ASEEの、名前も知らない最強の敵。〈アクト〉を受領する一年前に戦場で出会い、幾度となく刃を交えた少年。おそらく自分と同年代の彼は、〈オルウェントクランツ〉を奪取した張本人である。
キョウノミヤは立ち上がって部屋の隅にあるロッカーまで行き、焦茶色のコートを羽織った。
「とにかく、わたしたちは北極基地入りよ。迎えが出てるハズだから、外に出て挨拶といこうかしら。準備が出来てるなら、ほかの二人も呼んでおいて」
「……」
「心配は無用よ、統一連合だってバカではないもの。対策を練るわ。だから安心して」
レナが無言のまま部屋をあとにしようとすると、キョウノミヤはそう言ってウインクを送った。
長い廊下を歩きながら、漠然と思う。
べつに心配していたわけではないのだ。ただ、宿敵が生きていることを知って、若干の嬉しさを覚えた自分に戸惑っていたのである。
(どうして。敵だって、わかってるハズなのに……)
なぜだろう――この感情は。
レナは首を横に振って余計な考えを捨て、イアルやフィエリアの元を目指した。
〈フィリテ・リエラ〉はすでに北極基地へ収容されている。戦速としては最大の艦だから、北極圏へ到達するのは早かった――とはいうものの、厚い氷を砕きながらの進行は遅々とした作業である。ハイゼンベルグを出港して約十日間、そのうち四日は氷づけである。
入港に際して乗組員の全員が艦を降りるよう、レナたちは通達を受けた。おそらく本部のヤツらが来て、データベースを洗いざらい調べるんだろう――とはイアルの予測である。
すでに準備を終えていたフィエリア、イアルと曲がり角で出会い、三人はそのまま本部基地へ降り立った。
出迎えたのは高官――恰幅のよさそうな男と数人で、レナたちは軽く敬礼。
「任務ご苦労だった、今すぐ部屋へ通す。ゆっくりと休まれよ」
なにが休めだこのバカどうせデータの掃除でもするんだろうがクソ野郎、とイアルが毒づき、立ち去った男の背中に向けて中指を突き立て――フィエリアがそれを制止する。
そう――データを洗われるということは、本部に疑われている、と意味しているに近い。新型機の奪取に際し、内通者はいなかったか……とか、レナにはよくわからないが。
案内人に従って、キョウノミヤを含む四人は氷の上を歩いてゆく。足の下の白い塊――これがすべて氷なのだと思うと、レナはなんだか不思議な気分になった。
低い位置に太陽が燦々と照っていて、今は雪も降っていないし風もない。日の強さのためか暖かさも感じると――レナはコートの袖をまくってみたが、やっぱり空気は凍るようだった。
北極基地は、大学のキャンパス二個ぶんくらいの広さである。重量を鑑みて背の低い建物が十棟、そして格納庫が三棟とその他もろもろ。
四人は建物の一角にある小さな部屋へ通され、簡単な検査を受けてから自由行動の許可を得た。
「……で、どーすんだよこの先。パーティーでもやんのか?」
イアルは組んだ手を後頭に宛てて、やや燻った口調で言った。
「さぁね、荷物は艦内に置いてきちゃったし。フィエリアは?」
レナが答えて、さらにフィエリアへ。
「〈ツァイテリオン〉を確認する以外は、何もありませんね。キョウノミヤさん、我々はどうすれば?」
フィエリアが答えて、今度はキョウノミヤに。
「わたしは仕事があるけど、アナタたちは自由よ。少なくとも今は、ね」
キョウノミヤ答えて、イアルに戻る。
「じゃあ決まりだな、早く新型ってのを見てーし」
イアルとフィエリアの新型機――コードネーム〈ツァイテリオン〉は、そのひな型が開発中なのである。ASEEが侵攻しにくい北極基地を選ぶことで安全な技術を供給し、なおかつ強力な機体を造る、ということだろう。ここでは三機が開発中である。
フィエリアは格闘に、イアルはやはり射撃に長けた機体をコンセプトに選んだ。
〈ツァイテリオン〉――双性の名の示すとおり、装備の互換性によって接近、遠距離双方の戦闘を可能にする、いわば『未分化な』万能機と言っていい。
そうね、見に行こうかしらとキョウノミヤが立ち上がり、三人はそれについてゆく。連れてこられたのは格納庫――それもたった三機しかない――狭いものだった。金属の表面腐敗を防ぐため一切の暖房器具がない中で、作業員が各々の持ち場についている。
「これが……」
フィエリアは一機を見上げて呟いた。
彼女の吐息は白く漂い、ふ、と空気へ薄れる。
三機は一様に同じ形、同じ姿、白い塗装――で、飾り気もない。
外見は二機の〈クランツ〉を模したのだろうが、ところどころ丸みを帯びているのがわかる。武装も、現在はライフルしか取り付けられていないようだ。
キョウノミヤが口をひらいて、
「UEX-TW02〈ツァイテリオン〉。フィエリアはF型、イアルはI型。あなたたちが受領する機体だから、作業は急ピッチで進められています。でも、あと二日はかかるわね。どう?」
彼女は首をかしげてみせ、フィエリアへ返答を促した。
フィエリアは、
「心強いですね。また、戦えますから」
「イアルは?」
「……ま、慣れるまではまたリハビリだろ。んで、残りの一機は誰が乗るんだよ?」
「あら、あたしが乗るっていったら可笑しいかしら?」
「冗談だろ?」
「冗談よ」
イアルは胸を撫でおろして「ババァなんかじゃ操縦は無理無理」と口を滑らせた挙句、キョウノミヤに蹴り飛ばされて沈黙。ちなみにレナとフィエリアは、その後ろで黙祷を捧げていた。
「まぁ、どうせ戦う道具なんだけど。所詮は人を殺す武器なのよ」
キョウノミヤの口元が醜い笑みに歪んだが、その意図に気付く者は――この格納庫にはいなかった。
part-b
ミオは甲板の上から、氷の大陸を見つめていた。高さ五十メートル――あるいはそれ以上の厚みがすべて氷なんだと思うと、
(……信じられないな)
太陽はでているが、空気と風は凍てつくように冷たく容赦なく襲いかかってくる。厚みのあるグレーコートでも、隙間ができれば寒さを感じるくらいだ。
甲板の木の上をドタドタ走る音がして、ミオは思わず振り返った。
視線の先に立っていたのは、背のちっちゃな少女だった。薄緑の髪はショート、唇をきゅっと結んでいて、なぜか怒っているのか――柔らかそうな頬が膨れている。
その格好はどこかの学校の――制服。
少女は口をひらいて、大声で
「出ましたからね!?」
「……は?」
ミオは眉をひそめ、怪訝そうな顔をした。
謎の少女はミオの手を取って大声で続けながらぶんぶん振り、
「いいですか、出ましたからね!? もし誰も信用してくれなかったら、あなたが証拠になってくれればとわたしは嘆願します! しますから!」
「は、はぁ……」
「これは直訴ですか」
「いやー、……」
「直訴じゃないんですか」
「……。……その前に、おまえは誰なんだ。軍の関係者じゃないだろ、ここにいたらマズい。修学旅行で迷ったのか?」
ミオの目から見れば変な――少なくとも誰が見ても変な少女は制服を纏っているから、学校旅行か何かだろう。
少女は慌ただしく周りを見渡して、
「誰にも見られてないですか」
「……俺が見た」
「じゃ、それはノーカンです。ノー・カウントっ! あれ、ノーカンってどういう意味でしたっけ。『数えちゃ・駄目』みたいな、そんな感じですか」
「……そう、かも」
「えぇぇ! ホントにそんな感じなんですか!?」
「……違う、かも」
「ですよね。あっぶねー、危うくミオくんに騙されるところでした。では、わたしは忙しいのでここでおいとまさせていただきます」
少女は最後に付け加えて「出ましたからね!?」と言って、少女は水圧扉を開け、艦内へ消えていった。ミオは結局なにが「出る」のかわからずに、呆然としたまま立ち尽くしていたが。
「……」
――マジで誰なんだ、アイツ。しかも、俺の名前を知っていた気が……。
ミオが本気で頭を悩ませていると、今度は入れ違いのようにトモカが姿を現した。彼女はコートではなく、身体がモコモコして見える――ジャケット姿である。
振り返って、
「トモカ、さっき……変な女の子を見なかったか」
「女の子? わたし以外は見てないですけど。どうかしたんですか?」
「いや……見てないなら、いい。おそらく幻視だろうな」
ミオは「疲れてるんだろうな」と割り切って、忘れることにした。
北極戦線は目の前なのである――余計なことで思考を途切らせてはならない。
トモカは吹く風を感じながら数歩歩いてミオの近くまでいき、硬化樹脂製の柵へもたれかかった。
ミオは口をひらいて、
「なにか、まとまったことはあるのか」
「はい、北極侵攻は明日の○八○○に決定しました。〈ヴィーア〉が先行、〈オルウェントクランツ〉はその後の発進です。傭兵部隊――全体二十六機は、揚陸隊として扱われるみたいです。あ、あと……」
「北極基地に動きは?」
「それです。統一連合は戦力増強のため、外部から傭兵部隊を確保したみたいです。相対戦力倍数は1.02倍――ASEEの傭兵部隊と、戦力では差がありません」
「……」
ミオは一度だけ、フンと鼻を鳴らした。
戦力の増強――統一連合も、北極に大きな波乱が起こると読んでいるのだろう。当然といえば当然ではあるが。
オーレグなら、間違いなく傭兵部隊どうしを衝突させるだろう。そうなれば〈ヴィーア〉と〈エーラント〉が量産機どうしで激突、残るは漆黒の機体と深紅の機体、さらに〈フィリテ・リエラ〉。
ミオは勝てるのか、と自問して、ふと思うことがあった。
――勝つって、なんだよ。
(――敵を殺すこと、か?)
じゃあ俺は勝ったことがないんだなと、ミオは自嘲気味に笑ってみせた。
「どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない。それより、寒くないか?」
「あ、はい。わたしは大丈夫です」
「その服、もこもこしてるからな。まるで太ったように見えるぞ」
「なぁっ! ミオさん、それは女性に対して失礼じゃないですか!?」
「あぁ、じゃあ皮下脂肪が、」
「それじゃフォローになってませんからっ! いいですか、大体ミオさんはですねぇ、――――」
くどくどと女性に対する接し方を説教され、ミオは心から大きく溜め息。
まったく、どうしてコイツは――
緊張の欠片もなく、マイペースで、穏やかなバカで、大食いで……。軍にいられること自体が不思議なのに。
「と、いうワケです。ご了解いただけましたでしょうか」
「……はい」
「返事っ!」
「はいはい」
「よし、説教に満足したので戻ります」
なにが「よし」なんだかわからないが、彼女はくるりと向きを反転、ミオへ背を向けて、
「まぁ、『寒くないか』って聞いたところは及第点でしたから」
「……?」
ミオが分からずにいると、トモカは顔を赤らめて「なんでもないです」と言いながら水圧扉の向こうへ消えようとした。
ミオは慌てて彼女の名を呼ぶ。
「トモカ。――絶対、生き残るぞ」
彼女は扉の隙間から半身を覗かせて「ぐっ」とガッツポーズをとり、
「当たり前です。絶っ対、痩せてみせますから」
その表情はちょっと怒ったみたいに膨れていたが、最後に苦笑して――トモカは扉の向こうへ姿を消した。それを見て、ミオも小さく頬を緩める。
(……北極、か)
ふ、と呼気をおく。吐息は白く漂うと、北極の風に掻き消されていった。
どんな戦いになるか、誰も知らない。
ここで自分が死ぬ――としたら、どんなことを考えるべきだろう。
幸せだった――不幸だった。
満足した――後悔した。
嬉しい――哀しい。
いろんなことが浮かび上がるだろう。だが、ミオの答えは、少なくともそんな感情ではない気がした。
(変わったな、俺。キョウスケを知って、レゼアと出会って、トモカと出会って、それからレナも。でも……)
ミオの表情が、一瞬だけ曇る。
(……俺はクローンなんだ、それも失敗作の出来損ないだ。いろんなヤツと逢って変われることがあっても、どうにもできないものがある)
甲板から見おろせば、氷点下にも届きそうな冷たい海が――手招きしているようだった。ここから落ちれば、誰に気付かれることもなく死ねるだろうか。
……とまで考えて、ミオは首を横に振った。
(俺は……この世界に居てもいい存在なのか?)
悩む向こうで――巨大な氷の塊が、轟音をたてて崩れはじめた。
北極戦線、作戦開始時間まで――
残り16時間38分。
あ、読了ありがとうございました&お疲れ様でした。これからしばらく、北極でのお話になると思います。
作品を書く上で最初から、南極か北極は登場させたいなぁと思っていましたので、今はなんとなく嬉しいです。筆者が書こうとしていた小説の最初のタイトルが「南極少女と天才大陸」というタイトルで、未だに時間があれば書こうかなぁ思ってる作品です。
……まぁ、そんな余裕はないんですけれども。
さて、恒例の予告です。
ついに切り落とされる火蓋――北極戦線。
〈オルウェントクランツ〉が復帰したと知るレナは何を思う?
そしてミオは……
次話、第三十七話『北極戦線① :BLOOD CLOCK SHOOTER』
読者様の数が、ようやく17000を突破いたしました。他作品と比べると需要のないこの作品ですが、「やったー、200人来てくれたー」と喜んでいたころを忘れずに書き続けようかなぁ思ってます。
ひとえにディスプレイの前のアナタのおかげです。これからももうしばらく続くと思いますので、お付き合いくださいませー。