表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E  作者: いーちゃん
38/105

前夜


part-a


「遊撃部隊が全滅!? どういうことですか!?」

 レナは勢いに任せて、デスクを思いきり叩いた。衝撃のせいで、中身のなくなったコーヒーカップがカチャンと跳ねた。

 席に腰を落ち着けていたキョウノミヤは冷静な口ぶりで、

「どうもこうもないわよ。進路防衛に当たっていた駆逐・護衛艦、〈エーラント〉十七機が全滅――172秒でね。どうやら敵は、わたしたちが北極へ向かうと気づいているわ」

「そんな……三分経たずってことですよね。でも、あの艦はもう強くないはずです!」

 ASEEの例の艦に搭載されている〈オルウェントクランツ〉は、〈フィリテ・リエラ〉の陽電子砲を受け止めて大破したはずだ。ほかの充分に強い機体は――黒い〈ヴィーア〉を除いて皆無、といって良いだろう。

(……まさか!)

 レナのなかで嫌な予感が首をもたげた。

 キョウノミヤはその表情を一瞥して、

「そう、どうやら漆黒の機体が復活したみたい。プログラムカムフラージュも破られて、おそらくパーツも複製していたんでしょう。してやられたわね」

「……」

 レナは唇を噛んで、軍服の裾を力強く握りしめた。

(アイツが――生きてた)

 パイロットはおそらく同じだろう。戦闘を三分経たずで終わらせる――そこまで容赦ない操縦手は、レナは一人しか覚えがない。

 ASEEの、名前も知らない最強の敵。〈アクト〉を受領する一年前に戦場で出会い、幾度となく刃を交えた少年。おそらく自分と同年代の彼は、〈オルウェントクランツ〉を奪取した張本人である。

 キョウノミヤは立ち上がって部屋の隅にあるロッカーまで行き、焦茶色のコートを羽織った。

「とにかく、わたしたちは北極基地入りよ。迎えが出てるハズだから、外に出て挨拶といこうかしら。準備が出来てるなら、ほかの二人も呼んでおいて」

「……」

「心配は無用よ、統一連合だってバカではないもの。対策を練るわ。だから安心して」

 レナが無言のまま部屋をあとにしようとすると、キョウノミヤはそう言ってウインクを送った。

 長い廊下を歩きながら、漠然と思う。

 べつに心配していたわけではないのだ。ただ、宿敵が生きていることを知って、若干の嬉しさを覚えた自分に戸惑っていたのである。

(どうして。敵だって、わかってるハズなのに……)

 なぜだろう――この感情は。

 レナは首を横に振って余計な考えを捨て、イアルやフィエリアの元を目指した。

 〈フィリテ・リエラ〉はすでに北極基地へ収容されている。戦速としては最大の艦だから、北極圏へ到達するのは早かった――とはいうものの、厚い氷を砕きながらの進行は遅々とした作業である。ハイゼンベルグを出港して約十日間、そのうち四日は氷づけである。

 入港に際して乗組員の全員が艦を降りるよう、レナたちは通達を受けた。おそらく本部のヤツらが来て、データベースを洗いざらい調べるんだろう――とはイアルの予測である。

 すでに準備を終えていたフィエリア、イアルと曲がり角で出会い、三人はそのまま本部基地へ降り立った。

 出迎えたのは高官――恰幅のよさそうな男と数人で、レナたちは軽く敬礼。

「任務ご苦労だった、今すぐ部屋へ通す。ゆっくりと休まれよ」

 なにが休めだこのバカどうせデータの掃除でもするんだろうがクソ野郎、とイアルが毒づき、立ち去った男の背中に向けて中指を突き立て――フィエリアがそれを制止する。

 そう――データを洗われるということは、本部に疑われている、と意味しているに近い。新型機の奪取に際し、内通者はいなかったか……とか、レナにはよくわからないが。

 案内人に従って、キョウノミヤを含む四人は氷の上を歩いてゆく。足の下の白い塊――これがすべて氷なのだと思うと、レナはなんだか不思議な気分になった。

 低い位置に太陽が燦々と照っていて、今は雪も降っていないし風もない。日の強さのためか暖かさも感じると――レナはコートの袖をまくってみたが、やっぱり空気は凍るようだった。

 北極基地は、大学のキャンパス二個ぶんくらいの広さである。重量を鑑みて背の低い建物が十棟、そして格納庫が三棟とその他もろもろ。

 四人は建物の一角にある小さな部屋へ通され、簡単な検査を受けてから自由行動の許可を得た。

「……で、どーすんだよこの先。パーティーでもやんのか?」

 イアルは組んだ手を後頭に宛てて、やや燻った口調で言った。

「さぁね、荷物は艦内に置いてきちゃったし。フィエリアは?」

 レナが答えて、さらにフィエリアへ。

「〈ツァイテリオン〉を確認する以外は、何もありませんね。キョウノミヤさん、我々はどうすれば?」

 フィエリアが答えて、今度はキョウノミヤに。

「わたしは仕事があるけど、アナタたちは自由よ。少なくとも今は、ね」

 キョウノミヤ答えて、イアルに戻る。

「じゃあ決まりだな、早く新型ってのを見てーし」

 イアルとフィエリアの新型機――コードネーム〈ツァイテリオン〉は、そのひな型が開発中なのである。ASEEが侵攻しにくい北極基地を選ぶことで安全な技術を供給し、なおかつ強力な機体を造る、ということだろう。ここでは三機が開発中である。

 フィエリアは格闘に、イアルはやはり射撃に長けた機体をコンセプトに選んだ。

 〈ツァイテリオン〉――双性の名の示すとおり、装備の互換性によって接近、遠距離双方の戦闘を可能にする、いわば『未分化な』万能機と言っていい。

 そうね、見に行こうかしらとキョウノミヤが立ち上がり、三人はそれについてゆく。連れてこられたのは格納庫――それもたった三機しかない――狭いものだった。金属の表面腐敗を防ぐため一切の暖房器具がない中で、作業員が各々の持ち場についている。

「これが……」

 フィエリアは一機を見上げて呟いた。

 彼女の吐息は白く漂い、ふ、と空気へ薄れる。

 三機は一様に同じ形、同じ姿、白い塗装――で、飾り気もない。

 外見は二機の〈クランツ〉を模したのだろうが、ところどころ丸みを帯びているのがわかる。武装も、現在はライフルしか取り付けられていないようだ。

 キョウノミヤが口をひらいて、

「UEX-TW02〈ツァイテリオン〉。フィエリアはF型、イアルはI型。あなたたちが受領する機体だから、作業は急ピッチで進められています。でも、あと二日はかかるわね。どう?」

 彼女は首をかしげてみせ、フィエリアへ返答を促した。

 フィエリアは、

「心強いですね。また、戦えますから」

「イアルは?」

「……ま、慣れるまではまたリハビリだろ。んで、残りの一機は誰が乗るんだよ?」

「あら、あたしが乗るっていったら可笑しいかしら?」

「冗談だろ?」

「冗談よ」

 イアルは胸を撫でおろして「ババァなんかじゃ操縦は無理無理」と口を滑らせた挙句、キョウノミヤに蹴り飛ばされて沈黙。ちなみにレナとフィエリアは、その後ろで黙祷を捧げていた。


「まぁ、どうせ戦う道具なんだけど。所詮は人を殺す武器なのよ」


 キョウノミヤの口元が醜い笑みに歪んだが、その意図に気付く者は――この格納庫にはいなかった。





part-b



 ミオは甲板の上から、氷の大陸を見つめていた。高さ五十メートル――あるいはそれ以上の厚みがすべて氷なんだと思うと、

(……信じられないな)

 太陽はでているが、空気と風は凍てつくように冷たく容赦なく襲いかかってくる。厚みのあるグレーコートでも、隙間ができれば寒さを感じるくらいだ。

 甲板の木の上をドタドタ走る音がして、ミオは思わず振り返った。

 視線の先に立っていたのは、背のちっちゃな少女だった。薄緑の髪はショート、唇をきゅっと結んでいて、なぜか怒っているのか――柔らかそうな頬が膨れている。

 その格好はどこかの学校の――制服。

 少女は口をひらいて、大声で

「出ましたからね!?」

「……は?」

 ミオは眉をひそめ、怪訝そうな顔をした。

 謎の少女はミオの手を取って大声で続けながらぶんぶん振り、

「いいですか、出ましたからね!? もし誰も信用してくれなかったら、あなたが証拠になってくれればとわたしは嘆願します! しますから!」

「は、はぁ……」

「これは直訴ですか」

「いやー、……」

「直訴じゃないんですか」

「……。……その前に、おまえは誰なんだ。軍の関係者じゃないだろ、ここにいたらマズい。修学旅行で迷ったのか?」

 ミオの目から見れば変な――少なくとも誰が見ても変な少女は制服を纏っているから、学校旅行か何かだろう。

 少女は慌ただしく周りを見渡して、

「誰にも見られてないですか」

「……俺が見た」

「じゃ、それはノーカンです。ノー・カウントっ! あれ、ノーカンってどういう意味でしたっけ。『数えちゃ・駄目』みたいな、そんな感じですか」

「……そう、かも」

「えぇぇ! ホントにそんな感じなんですか!?」

「……違う、かも」

「ですよね。あっぶねー、危うくミオくんに騙されるところでした。では、わたしは忙しいのでここでおいとまさせていただきます」

 少女は最後に付け加えて「出ましたからね!?」と言って、少女は水圧扉を開け、艦内へ消えていった。ミオは結局なにが「出る」のかわからずに、呆然としたまま立ち尽くしていたが。

「……」

 ――マジで誰なんだ、アイツ。しかも、俺の名前を知っていた気が……。

 ミオが本気で頭を悩ませていると、今度は入れ違いのようにトモカが姿を現した。彼女はコートではなく、身体がモコモコして見える――ジャケット姿である。

 振り返って、

「トモカ、さっき……変な女の子を見なかったか」

「女の子? わたし以外は見てないですけど。どうかしたんですか?」

「いや……見てないなら、いい。おそらく幻視だろうな」

 ミオは「疲れてるんだろうな」と割り切って、忘れることにした。

 北極戦線は目の前なのである――余計なことで思考を途切らせてはならない。

 トモカは吹く風を感じながら数歩歩いてミオの近くまでいき、硬化樹脂製の柵へもたれかかった。

 ミオは口をひらいて、

「なにか、まとまったことはあるのか」

「はい、北極侵攻は明日の○八○○に決定しました。〈ヴィーア〉が先行、〈オルウェントクランツ〉はその後の発進です。傭兵部隊――全体二十六機は、揚陸隊として扱われるみたいです。あ、あと……」

「北極基地に動きは?」

「それです。統一連合は戦力増強のため、外部から傭兵部隊を確保したみたいです。相対戦力倍数は1.02倍――ASEEの傭兵部隊と、戦力では差がありません」

「……」

 ミオは一度だけ、フンと鼻を鳴らした。

 戦力の増強――統一連合も、北極に大きな波乱が起こると読んでいるのだろう。当然といえば当然ではあるが。

 オーレグなら、間違いなく傭兵部隊どうしを衝突させるだろう。そうなれば〈ヴィーア〉と〈エーラント〉が量産機どうしで激突、残るは漆黒の機体と深紅の機体、さらに〈フィリテ・リエラ〉。

 ミオは勝てるのか、と自問して、ふと思うことがあった。

 ――勝つって、なんだよ。

(――敵を殺すこと、か?)

 じゃあ俺は勝ったことがないんだなと、ミオは自嘲気味に笑ってみせた。

「どうしたんですか?」

「……いや、なんでもない。それより、寒くないか?」

「あ、はい。わたしは大丈夫です」

「その服、もこもこしてるからな。まるで太ったように見えるぞ」

「なぁっ! ミオさん、それは女性に対して失礼じゃないですか!?」

「あぁ、じゃあ皮下脂肪が、」

「それじゃフォローになってませんからっ! いいですか、大体ミオさんはですねぇ、――――」

 くどくどと女性に対する接し方を説教され、ミオは心から大きく溜め息。

 まったく、どうしてコイツは――

 緊張の欠片もなく、マイペースで、穏やかなバカで、大食いで……。軍にいられること自体が不思議なのに。

「と、いうワケです。ご了解いただけましたでしょうか」

「……はい」

「返事っ!」

「はいはい」

「よし、説教に満足したので戻ります」

 なにが「よし」なんだかわからないが、彼女はくるりと向きを反転、ミオへ背を向けて、

「まぁ、『寒くないか』って聞いたところは及第点でしたから」

「……?」

 ミオが分からずにいると、トモカは顔を赤らめて「なんでもないです」と言いながら水圧扉の向こうへ消えようとした。

 ミオは慌てて彼女の名を呼ぶ。

「トモカ。――絶対、生き残るぞ」

 彼女は扉の隙間から半身を覗かせて「ぐっ」とガッツポーズをとり、

「当たり前です。絶っ対、痩せてみせますから」

 その表情はちょっと怒ったみたいに膨れていたが、最後に苦笑して――トモカは扉の向こうへ姿を消した。それを見て、ミオも小さく頬を緩める。

(……北極、か)

 ふ、と呼気をおく。吐息は白く漂うと、北極の風に掻き消されていった。

 どんな戦いになるか、誰も知らない。

 ここで自分が死ぬ――としたら、どんなことを考えるべきだろう。

 幸せだった――不幸だった。

 満足した――後悔した。

 嬉しい――哀しい。

 いろんなことが浮かび上がるだろう。だが、ミオの答えは、少なくともそんな感情ではない気がした。

(変わったな、俺。キョウスケを知って、レゼアと出会って、トモカと出会って、それからレナも。でも……)

 ミオの表情が、一瞬だけ曇る。

(……俺はクローンなんだ、それも失敗作の出来損ないだ。いろんなヤツと逢って変われることがあっても、どうにもできないものがある)

 甲板から見おろせば、氷点下にも届きそうな冷たい海が――手招きしているようだった。ここから落ちれば、誰に気付かれることもなく死ねるだろうか。

 ……とまで考えて、ミオは首を横に振った。

(俺は……この世界に居てもいい存在なのか?)

 悩む向こうで――巨大な氷の塊が、轟音をたてて崩れはじめた。






 北極戦線、作戦開始時間まで――

 残り16時間38分。



あ、読了ありがとうございました&お疲れ様でした。これからしばらく、北極でのお話になると思います。

作品を書く上で最初から、南極か北極は登場させたいなぁと思っていましたので、今はなんとなく嬉しいです。筆者が書こうとしていた小説の最初のタイトルが「南極少女と天才大陸」というタイトルで、未だに時間があれば書こうかなぁ思ってる作品です。

……まぁ、そんな余裕はないんですけれども。

さて、恒例の予告です。

ついに切り落とされる火蓋――北極戦線。

〈オルウェントクランツ〉が復帰したと知るレナは何を思う?

そしてミオは……

次話、第三十七話『北極戦線① :BLOOD CLOCK SHOOTER』

読者様の数が、ようやく17000を突破いたしました。他作品と比べると需要のないこの作品ですが、「やったー、200人来てくれたー」と喜んでいたころを忘れずに書き続けようかなぁ思ってます。

ひとえにディスプレイの前のアナタのおかげです。これからももうしばらく続くと思いますので、お付き合いくださいませー。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ