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E  作者: いーちゃん
37/105

ALONES

お、遅くなりました!

いつもなら七時に起きるのに、なぜだか今日は九時半起き……ヒマな大学生ですねー。



 ミオは重い身体を引きずって自室へ戻ると、ベッドの上へ倒れ込んだ。スプリングが大きく軋み、疲弊したた身体を受け止めてくれる。

〈オルウェントクランツ〉の調整、技術班との打ち合わせ――と、ミオの体力は保ちそうになかった。いつの間にか日が暮れ、すでに宵の時間帯である。

「……」

 レゼアと同じく、ASEEの前身から――およそ五年間も軍に所属するが、こんなにも疲れたのは久しぶりだろう。

 話してしまった。

 イズミ・トモカへ。

 何も知らないはずの少女へ、話してしまった。

 トモカは最初は迷わず疑ったが、ミオが

「本部のデータ記録プラスAランク、コード3033Fを調べてみろ。キョウスケならアクセス権を持ってる」

 というと、彼女は顔色を悪くして走り去った。

 ミオはごろと転がって仰向けになる。

 いつもと変わらない天井、簡素で無機質な部屋と付き合いはじめて数年。汚れが気になったことは一度もない。

 ミオは起き上がってモニターへ向かう。個人への着信連絡が382件――すべてレゼアからのラブコールだと思うと……頭が痛くなってきた。

 ひとつずつ見る必要はなさそうなので、かいつまんでから目で追ってゆく。大概のメッセージがどうでもいい独り言のようなので、ものの数秒で大かた破棄されたが。

 そして91件目。そろそろ眼が痛くなってきた頃だ。





>会いたい。至急にだ。





 ミオは眉間に皺を寄せた。

 その前の文面が「すごいな。本部基地の食堂メニューにはカレーじゃなくてカリーって書いてあるんだぞ」というものだったから、温度の差を感じた――というべきかわからないが、ミオはとにかく不審に思った。

 91件目だけ保存し、残りはすべて――やはり内容はどうでもいいものだった――は破棄し、返信を折りかえす。



>91件目。どういう意味だ?



 返信は二十秒を待たずに届いた。



>それは本部基地の食堂メニューが面白かったから送ったんだ。カリーと書いてあるのは初めて見たのでな。



 ……それじゃねーよ。

 ミオが本気で頭を抱えていると、やや時間をおいて二通目が送られてきた。



>まぁ冗談は置くとして、会って話したいことがある。

>至急に、か?

>ダメなのか?

>……北極へ向かうことになった。人員不足のせいで、俺たちが集められた。オーレグの推進だろうけどな。

>そう、か。北極グマによろしく頼む。

>……。

>冗談だ。そうか、それなら急ぎでなくても構わない。北極戦線が終わってから、ゆっくり話そう。

>これじゃ駄目なのか?

>いや、今は話せない。実をいうと、私はいま監視されている。おそらくコレも、な。



「――」

 ミオは息を呑んだ。さらにキーを叩いて、



>いやな風向きだ。わかった、北極戦線が終われば連絡をいれる。

>そうしてもらえると助かる。



(レゼアが、監視……?)

 何をやらかしたのかはしらないが、不穏な空気は変わらないままである。

 ミオは何か話すことはないかと探して、



>手術は受けたのか?



 返信までの時間は遠かった。

 それまでは数秒で戻ってきた返信が、今度は三十秒、そして一分と沈黙する。



>……受けなかった。

>なぜだ? 治るかもしれない、と言ってただろ?

>怖かったんだ。



 レゼアからの返信はそれきりだった。

 彼女からすれば、治る「かもしれない」というのが一番怖かったのだろう。下半身不随――という絶望的な状態が治ることを信じて、その希望が崩れるのが怖かったに違いない。

 ミオはムシャクシャして、上着を壁に向かって投げつけた。

 沸き上がってくるのは、もちろんレゼアに対しての怒りではない。むしろASEEという組織への鬱憤、のような気がした。

 くそ、と毒づいて、ミオは再びベッドへ倒れ込んだ。

 ――何をやってるんだ、ASEEは……。

 北極への進路変更、レゼアの監視など理不尽なことばっかりだ。

 ――何をやってるんだ、俺は……。

 事務机の上に、錠剤の詰まったガラス瓶が置かれていた。キョウスケが去り際に置いていったものだろう。

 ミオは泣き出しそうな孤独を抱えながら、静かに眠りのなかへ落ちていった――。





 小一時間ほどの眠りを経ると、ミオは艦内に響くアラート音で目を覚ました。

『統一連合機接近! 総員は戦闘配置につけ、繰り返す――』

 廊下をバタバタと走る足音が通り過ぎて、それが静まるまで――ミオはベッドの上に腰かけて待った。

 この艦は〈フィリテ・リエラ〉に大きく遅れて補給経路、さらに北極へ向かう航路にある。それを阻む遊撃部隊、ということなのだろうか。

(……ということは)

 〈フィリテ・リエラ〉が北極へ向かうのが確実になった、ということである。まぁ、喜ぶのはオーレグくらいしかいないだろうが。

 ミオは机の上から薬の瓶を引っ掴むと、赤色の錠剤を数粒、噛んで飲み込んだ。

 立ち上がって、

「またいるのか? あの、バカ女……」

 ミオがパイロットスーツに着替えて格納庫へ向かうと、すでに量産機〈ヴィーア〉が飛び出しゆくところだった。

 ミオは受け持ちの技術員から状況を聞き出して、いつものように〈オルウェントクランツ〉のコックピットへ飛び込む――と、モニターへ映ったのはトモカの顔である。

 ミオは憮然として機体のシステムを確認しながら、

「……何の要だ」

『言われた通りのコードにアクセスしました』

「……わかっただろ。俺はASEE特殊幹部なんとやら、ミオ・ヒスィのクローン体だ。本物のミオ・ヒスィは俺じゃない。俺は所詮、複製物なんだよ」

『……はい』

「わかったなら通信を切れ」

 ミオが声をかけるものの、トモカはそれを終えようとはしなかった。

 彼女は口をひらいて、

『……さっき話したことは――ナシにしてもらえませんでしょうか。私は何も知らない、ミオさんは何も話してないということで』

「……。お前はそれでいいのか」

『はい』

「……そうか。なら、いい。トモカ、状況を説明してくれ」

 ミオの返答は早いものだった。反応できずにいたトモカは「え?」と戸惑いの表情を隠さない。

 ミオは小さく笑んでみせて、

「ナシにするんだろ? じゃ、忘れろよ」

『――あっ、そ、そうですよねっ! じゃあ今の状況を――あわっ、ぁぁ――っ』

 マイクの向こうで、彼女は書類の束を落としてしまったらしい。インカムを外していながらも、それらをかき集めながら「すみません、すみません」と謝る声が拾えた。

 ……なにやってんだ。

 とミオは頭を抱えたが、不思議と悪い気分ではなかった。

 トモカは席に戻ってインカムを装着し、

『敵は統一連合の〈エーラント〉が十七機、駆逐艦が二隻、護衛艦が三隻――戦力としては、我々と互角と出ています』

「コイツと統一連合は、初の実戦だな」

 ミオがコイツと指したのは勿論〈オルウェントクランツ〉である。トモカはその問いを肯定した。

 ここで統一連合と接触すれば、陽電子砲によって大破したはずの漆黒の機体(オルウェントクランツ)が復活した――と知られるだろう。

(もちろん、レナにも……)

 それだけではない。北極における統一連合の防御が強固になる、とも考えられる。

 だが、オーレグは〈オルウェントクランツ〉の発進を停めようとはしていないのだ。

 ――まさか、そんなこともわかってないバカなのか……?

 オーレグは、と付け加える。

『あのー、ミオさん?』

「……」

『お、怒ってますか……?』

 と窺うトモカの瞳は、すでに涙目である。

「? あぁ、考えごとをしていてな」

『怒ってますか』

「べつに怒ってないぞ。それより――」

 シークエンスをと、ミオは続けた。

 〈オルウェントクランツ〉が重量軌道へ載せられ、カタパルトデッキへと運ばれる。

 真っ直ぐなレールの果てにあるのは、星の瞬く漆黒の夜空。

 ミオはそこでシステムEの構築が済んだ、という確認を得た。

 トモカの能力――『二秒後の未来』が視えるというそれは、今回は出番がないだろう。

 なぜなら、相手は「弱い」からだ。

 彼女はうすく朱のさした唇をひらいて、

『システム、オールグリーン、レールカタパルト固定完了。進路クリア、状況ニュートラル、視界不良。〈オルウェントクランツ〉、発進してください。気をつけてくださいね』

 ミオは静かに暝目し、ふ、と呼気を切る。

 レールの先を睨んで、

「ミオ・ヒスィ、〈オルウェントクランツ〉――出るぞ」

 限界の射出速度を得た漆黒の機体が、闇の空へ舞った。


さて、実は文化祭実行委員です。大学のねー。

おととい徹夜でしたが、今日も頑張って、頑張らないで? 生きてます。

さて、恒例の次話予告です。

予告。

レナたちの乗る〈フィリテ・リエラ〉は、ついに北極基地入りを果たす。

それと同時に飛び込む悪い情報……。

開発寸前の新型機、〈ツァイテリオン〉の姿は?

そしてキョウノミヤが一瞬だけ浮かべた醜い笑みの理由は?

次話、第三十六話「前夜」

物語はさらに加速する。

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