zwitterion
レナとフィエリアの二人は、ハイゼンベルグ周辺の繁華街で買い物をして、すぐに〈フィリテ・リエラ〉へ戻ることにした。外出すること自体が久しぶりだったから、買うものはたくさんあった――日用品など、すぐに消費されてしまうものは多めに買っておかねばならないからである。
艦内でリハビリに尽くしていたイアルには、茶色いヘンテコな人形を土産にしてやった。彼は最初「なんだこれ」と人形の頭をつまみ上げてまじまじと眺めていたが、それが小便小僧とわかると、ものの数秒で箱の中へ戻した。どうやら置き物にするつもりもないらしい。じっさい、半分は(実は九割くらい)嫌がらせで買ってものだから、煮られようが割られようが構わなかったが。
かく言うイアルは二日のあいだで身体のカンを取り戻したらしく、今ではピンピンしている。
「でも北極なんてさ、どれくらい寒いんだろうね」
格納庫へ向かう廊下を歩きながら、レナはやや上機嫌な声でそう言った。
〈フィリテ・リエラ〉はすでにハイゼンベルグを出港し、北極へ向かう航路にある。北極海周辺は自転の影響で波が強く、わずかではあるものの、大型の艦でも揺れているのがわかる。
すこしうしろを歩くイアルがやる気なさげに答えて、
「さぁな、しょんべんチビるくらいには寒いんじゃねぇの?」
「イアルは品がないですね」
落ち着き払った声で、レナの隣を歩くフィエリアが言った。
彼女は続けて、
「せめて尿と言いなさい」
「……」
――真面目に言ってんの?
フィエリアは、彼女なりに精一杯のギャグをかましてみせたらしいが、その生真面目な性格上――レナは引きを覚えた。
この前の人形を買うときも、なんだかそんなことを言っていた気がするが。
レナは咳払いして、
「ま、まぁ……北極がいかに寒いかは置いておくとして、あたしたちはこれからどーすんのよ?」
「知らねー、理不尽じゃなけりゃ言われたことには従うさ」
「フィエリアは?」
「そうですね。わたしとイアルの機体がない以上、我々はレナのサポートしか……」
と、彼女も曇り顔である。
エースであろうとなかろうと、兵士は動ける機体がなければ役に立つとはいえない。かといって量産機で出撃させるわけにはいかない――と、少なくとも統一連合の規定では決められている。なぜなら彼らの反射が機体の限界反応を超えているため、機体性能がパイロットの足枷となる可能性が高いからだ。
レナがうんと結論を出すように、
「じゃあ今日は仕方ないとして、いろいろ手伝ってもらおうかな」
「あら。やるべきことならたくさんあるわよ?」
格納庫――いわばハンガーに差し掛かるところで、うしろから声がした。コーヒーカップを片手に書類を脇に挟むキョウノミヤが、平然と立っていた。
イアルが飛び退いて、
「うぉぁ! お前はなんで、いつも、俺たちの背後にいるんだよ!?」
「? アナタたちが気づかないだけよ。目の前しか見えてないのね」
イアルは肩をすくめて、
「あーはいはいそーですよ、そりゃ若ェ証拠だぜ。おまえは所詮ババァ――痛てぇッ
わかっ!? やめっ!! すみま……っ」
もはや視認することすら不可能な攻撃を受けて――イアルの身体は大きく吹っ飛んだ。かるく五メートルを滞空、背中から床に激突、リノリウムとキスをしながら二転三転アンドごろごろのたうち回り、最後に「うごぁっ!?」という(意味不明な)叫びをあげて動かなくなる。
レナがその亡骸にむかって合掌すると、フィエリアが隣で「ご愁傷様ですね」と言った。
笑顔のキョウノミヤが向き直って、
「さて、アナタたち――特にフィエリア(と亡骸)にやってもらいたいのは、次世代機コンセプトの決定よ。北極では、二人のパーソナル・パターンを埋め込んで二機を竣工するの」
「パーソナル・パターン……?」
フィエリアは困惑顔で聞き返した。
キョウノミヤの説明によればパーソナル・パターンとは、いわばパイロットの手クセ、タイプなどのことらしい。フィエリアは接近戦、イアルは射撃遠距離戦――というのが中途の決定事項だとか。
彼女が続ける説明によれば、北極にはすでに機体のひな型が三機、完成しているという。それぞれ機体の名前はなく、ツァイテリオン――『双性』というコードネームで呼ばれているらしい。武装の互換性を有し、それぞれの装備により接近戦も砲撃戦も対応できる、というから双性なのだろう。
ちなみにレナの機体――〈アクトラントクランツ〉を例にとれば、どのパイロットにも対応できるように射撃・接近いずれも特化している、とキョウノミヤは説明した。
「それは、やはり前機のような太刀があれば……」
フィエリアが難しい顔をして言った。
彼女の前機――というのは近接装備の〈エーラント〉だ。大太刀[マスラヲ零式]と小太刀[リュウガテン]の二刀を備えていたが、双方とも〈イーサー・ヴァルチャ〉の戦闘において敗れてしまった。
「やっぱり、あなたの戦い方は決まってるのね?」
「はい」
「そう、なら特注のヤツを造らせるわ。フィエリアはそれで終わり、具体的な設計は原物を見てからにしましょう。なにも急に決める必要はないもの」
んで、とキョウノミヤはうつ伏せになったままのイアルを振り返り、
「――で。アナタはどうするの、死体?」
イアルは死んだ魚みたいに口をパクパクさせて「死体ってゆーな」と言っていた。
こんちゃ。
ちょっと忙しいので「アトガキ。」を書けません。
大胆なことを計画中ですので、よろしくお願いしますー。