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あ、可能であればレビューしてもらえると嬉しいです。ほとんど使ったことがない機能ですねー。
レビューしていただいた方は、作者様の小説を教えていただければ、たぶん、レビューしにいくと思います。
ミオは艦内の食堂にいた。
ろくに話せる相手もいないから、最も壁際の席に、ぽつんと一人で座っている。目の前のトレーには、トマトの残った皿が一枚だけである。いつも食べるのはパン一切れとジュースだったり、今日のようにドレッシング抜きのサラダだったり――ミオにとって「味」というのはどうでもよく、生きていくのに最低限の栄養価があれば充分なのである。
今日も、さっさと昼食を済ませて自機の調整に向かうところだった。
ミオがトレーを持って立ち上がると、席の向かい側に立っていた少女が首をかしげて、
「あれ? ……ミオさんですよね?」
ミオは声の方向を仰いだ。
そこに立っていたのは、見た目にして自分と同い年くらい――栗色の髪を、うしろに黄色のリボンでとめている少女。見間違えるべきもない、イズミ・トモカだった。
ミオは止めた動作の続きをするように、
「……人違いだ」
「えぇっ!? その態度は間違いなくミオさんですよね!」
「ちっ……バレたか。で、何の要だ」
「……」
イズミは涙目になってガクガク震えていたが、ミオの空になったトレーを見て我に返る。
「あっれ、もう食べ終わっちゃったんですか?」
「……あぁ。これから機体の調整だが、それがどうした」
「一緒に食べようかなぁ、って思ったんですけど」
「……ひとりで食え」
「えぇぇ! 置いていくんですか!?」
ミオは数歩いってから怪訝そうな表情で振り返り、トモカの涙目を確認――。
「わかった、座ってりゃいいんだろ」
トモカはその一言で満足したように頷いて、手にのせていたトレー二つをテーブルに並べた。空いていた席を引っ張りだしてきて座り、二人ぶんの昼食へかぶりつく。
ミオも向き合う位置へと着席した。
(……って、コイツどんだけ食うんだ?)
並べた二つのトレーにあるのはピザ一枚、カレーライス一皿、サラダにオレンジジュース――の、それぞれLサイズ。トモカは噛みきれずに伸びきったチーズと格闘している。
ミオはなかば呆れた口調で、
「……すごい食欲だな。ピザとカレー、食いきれるのかよ」
「ひふれぃふぁっへほ、ひはふぁはふへひっふぁへふ」
「いいから飲み込んでから喋れ」
ミオが言うとトモカは頷いて、ごくんと一息したあと、
「失礼なんですけど、ピザじゃなくてピッツァです」
……それが言いたかったのかよ。
ミオはやりきれない気分になって、頬杖をついたままトモカから視線をそらした。
食堂はまだ一般の兵士でごった返している。作業員と休憩の時間が異なるから、テキパキ済まさねばならない――のだが、やはり休みの時間は誰にとっても大切らしく、非常態勢でもなければゆっくり過ごすのが大半だ。
ミオはそんな光景を尻目にしながら、
「――で、キョウスケはどうした」
「本部に帰りましたよ。会いたい人がいる、っていってましたけど」
「……」
会いたい人、というのはレゼアのことだろう。そういえば端末を折って以来、ミオは彼女からの連絡を目にしていなかった。
手術は受けたのだろうかと思って思案顔になると、トモカが覗き込んで、
「どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない。それより聞きたいことが幾つかあるからな、答えてもらうぞ」
ミオは矢継ぎに続けて、
「まず一つ、お前が先の戦闘で見せた能力――いわば二秒後の予知能力だが……あれはいったい何なんだ?」
トモカはピザ――もといピッツァと格闘する手の動きを止め、しばしうつ向いて「わからないんです」と答えた。
「いつの間にか、視えていたんです。原因はわかりません。喩えが悪いですけど……人間って、気が付いたら『生きてる』ものじゃないですか。あんな感じだったんです」
ミオが「喩えが下手だな。まぁ、物心ついたらって感じなのか」というと、トモカは「そうですね」と短く答えた。
彼女自身が原因を知らない以上、追及は無理だろう。
ミオは続けて、
「……で。どうなんだ、『二秒後の未来』が視えるってのは。周りと違うものが視えるんだろ?」
「あ、はい。立体視とか空間把握能力に近いですけど」
「……鷹の目か。一部が見えるだけで、その立体が把握できる」
「そうです。また喩えが悪いですけど、たとえば雑踏とか人混みの中で、どこをどう行けばスラスラ進めるのか瞬時にわかる、あんな感じです」
ミオは「あんな感じって言われてもな……」と頭を抱えていたが、どうやら彼女にとってはそんな感じなのだろう。簡潔にいえば、数秒後の人の流れや動き、その位置が完璧に把握できる――ようなものだろうか。
ミオは理解に苦労しながらも頷いて、
「そうか、一つめはわかった。二つめを聞かせてもらうぞ」
「ちょっとピッツァ食べていいですか」
「いや……普通に食べながらで構わないが」
「ひふぉはうひっふぁっふぇ」
「……。やっぱり食べながらはナシだ」
ミオはトモカの口元からピッツァを取り上げる――が、彼女はチーズだけでも返してくれとかぶりついていた。
さっきまで談笑していた兵士たちの声が急に小さくなり、その動きがいきなり慌ただしくなった――食事途中だった者が突然たちあがってトレーを戻し、走って元の席へ着席してゆく。
ミオは不穏な空気を感じ取って、
(……なんだ?)
見ていると、食堂の入り口から身体つきのよい男が姿を現した――オーレグだ。
大量の書類を抱えた二人を束ねて、オーレグ・レベジンスキーは開口一番、響く声で、
「突然だが、ミーティングを行う」
食堂にいた兵士たちは弾かれたように立ち上がった――それにはイズミも含まれているが、ミオはしかし立ち上がらずに頬杖をついていた。
オーレグに従えられていた二人は、書類の山を食堂にいた全員へ手渡しはじめた。資料は三枚をクリップどめしたもので、それぞれ損害・近況・方針で構成されている。
オーレグが口をひらいて、
「本艦は、かねてからの進路により本部基地へ向かう予定だった。しかし相次ぐ戦闘により、他艦も青息吐息の状態だ――現にASEEは統一連合に押され始めている。物資も兵器量も、だ。昨日、二つの軍需工廠が何者かによって破壊された。これが統一連合の所業であるとは言うまでもない」
そこまで言って、オーレグは一息を吸い込んだ。
「――我々は北極へ向かう」
それを聞いて、その場にいた全員の表情が凍りつく。
他がどこも当たれないから、この艦が北極へ向かう――オーレグが下した判断は間違いなくそれだろう。
だが、兵士たちが言葉を失くした理由は他にもある。
統一連合の所有する二大基地――北極基地とアフリカ基地――そのうちの片方を陥落させるというのだ。しかも、それが大陸ではなく巨大な氷の上にある北極基地を。
まったく無茶な話だ――とは、オーレグが一番に理解しているだろう。彼が続けた話によれば、北極戦線を張るに際して、味方として傭兵を雇うとのことだ。さらに補給を行うジャンク屋の組合も手配し、万全の状態で挑む、と。
傭兵とは、つまり「金さえ支払えばどの陣営にも与む」兵士、または集団を指す。入軍するより稼ぎがいい、ということで傭兵となる者も少なくないし、実力も相応のものだろう。ミオより強い者も、中には存在する。
一方のジャンク屋は名の通り『廃品』やパーツを扱って商売とし、どの陣営にも所属しないところは傭兵と同じである。
まぁ、戦力は多いに越したことはないだろ――と、ミオはぼんやり思った。
オーレグは話を続けて、
「知っている通り、統一連合の〈フィリテ・リエラ〉は現在、ハイゼンベルグで補給作業中だ。その後、彼らは北極に向かう。二大基地と〈アクトラントクランツ〉、そして敵艦を討てば、今後の戦況は優位に進むと予測される」
詳しい作戦内容は今後と言って、オーレグはミーティングを打ち切った。二人の仕官を連れて食堂をあとにし、締めつけられていた空気が解放される。
兵士たちがぞろぞろと出ていくなか、ミオは眉間に皺を寄せたまま動かなかった。トモカは再び席につくと、オレンジジュースへ手を伸ばして、
「どうしたんですか? 難しいカオして」
「……」
ミオは無言を返答として配布資料を睨んだまま、怪しいなと呟いた。
「……オーレグは、どうして〈フィリテ・リエラ〉が北極へ向かうと確信したんだ?」
「それは……今までのルートを分析して、その可能性が高いって結果が出たからじゃないでしょうか」
「……そうか?」
〈フィリテ・リエラ〉は、ミオの〈オルウェントクランツ〉が復帰したことを知らないだろう。レゼアもいなくなった今、この艦は彼らにとって好都合な「獲物」のハズだ。
だから北極へ向かうよりも、まずはこの艦を沈めにくる可能性のほうが高い、という話を、ミオはトモカへ説明してやった。
トモカはコップを置いて、
「なんだか最近、上層部の様子がおかしいってキョウスケさんが言ってました」
「……キョウスケが?」
「ええ。なんだか事実を抹消したり、知っているハズなのに『不明』の回答を付きつけたり……今回も、なにかが裏で動いてるのかもしれません」
あんまり大きな声では言えませんけど、とトモカは続けた。
ミオは嫌悪感を覚えたが、おそらく気のせいだろう――まさか上層部の誰かが『仕組んで』いるとは考えにくかったし、そんな能のあるヤツが上層部にいるとは思えない。
トモカは開き直って、
「――で、ミオさん。ふたつめの質問ってなんでしたか?」
「……? あぁ、質問の途中だったな」ミオは気を取り直して、
「おまえ、キョウスケと一緒にいたみたいだな。前はどこの所属だった?」
「ふぁいはふへむ――」
「……飲み込んでから喋れこのバカ」
トモカはミオの発言にむっとしたみたいだったが、ピッツァを飲み込んでから、
「ASEE軍事課第十七研究所所属、専門は波動量子論とシステム・コーティングでした」
「……」
「……」
「……おまえが?」
「はい。よく言われるんですが……やっぱり、見えないですか」
「……まぁ、な」ミオはポリポリと頬を掻いた。
こんな大食いの少女が、そんなムズカシそうな研究を遂げたとは――にわかに信じられない。
トモカはガタと席を立って、
「ちょっと死んできます」
うわぁ待て待て死ぬのはヤバい――とミオは慌ててトモカの腕を取って着席させ、彼女の口のなかへピッツァを押し込んだ。トモカは食べ物を得ると落ち着くらしい――今度からそうしよう。
ミオは一息ついて、
「じゃ、おまえはキョウスケの直属の後輩なんだな」
「ふぁい」
「……システムEの中身について、どこまで知っている」
ミオの声が、急に冷たく――押し殺したそれになった。
トモカは一瞬だけ背筋を緊張させたが、ふとうなだれるように視線を落とした。
「あんまり詳しくはないですけど……。ミオさんがやってることは、自分にとって不利なことだと思います」
「……」
「間違いだとは、思いません。でも、それを大方の人へ内緒にしてるのは……」
あんまり感心できません、と彼女は続けた。ミオの表情をチラと窺う素振りをみせて、再び視線を落とす。
今度はミオが口をひらいた。
「……仕方ないんだ。システムEの中身が知られれば、俺の居場所は無くなる。おそらくこの世界中から、な」
「……」
「……何を理由に、何を目的に造られたかを考えればわかるだろ」
おそらく、トモカは知らないだろう。
キョウスケが知っていたとしても、それを自分の後輩へ教えているハズがない。
ミオ・ヒスィという一人の兵士にまつわる事実、その禁忌を。
「――俺は……クローンなんだからな」
さて、今回の話に登場した「ピザじゃなくてピッツァです」は、サンドウィッチマンのネタから拝借させていただきました。
ラジオ聞いてます。エンディングの「人間ってヤっだなー、人がっ大嫌いっさー」by筋肉少女帯『人間嫌いの歌』も聞きまくりなのですよ?
まぁ作者の人間嫌い加減は置いて、次話予告いってみっかー!
予告。
北極基地で受領するはずの新型機zwitterion-ツァイテリオン-。
フィエリアとイアルの新型機、そのコンセプトが決定される。
挿話的です。
次話、第三十三話「zwitterion」
※読者様の数が順調に増えてます。ありがとうございます。
……ので、キャラクター投票とかやりたいですねー。
一週間で800人弱だから、一人5票で……
まぁ、最低10票は集まりますよね。