Doesn't be
レナとフィエリア、ふたりがやって来たのは閑静な住宅街だった。そこは細かく区分けされたブロックから成り立っており、道沿いを高い塀が囲っている。最寄りの駅から歩いても結構な時間が必要だったから、この辺りには煩わしい買い物客も店もなさそうだ。
外に誰もいないのを見て、フィエリアは大きな邸宅のなかへ姿を消していった。どうやらそこが彼女の住んでいた家なのだろう。門から見えるなかは庭が広がっており、敷地の広大さをうかがわせる。
(それにしても……でけー)
フィエリアは意外とお嬢様なのかもしれないと、レナは少なからず確信していた。
父からの影響を受けている――電車から降りて、フィエリアはそう話していた。家が和風の住宅であるのも、所作や作法、あるいは剣技にわたるまで、彼女は父の影響を受けて育ったらしい。
レナがほぅと白い吐息をして待っていると、フィエリアが門から顔を出して、
「誰もいないみたいですね。なかに入りますか?」
「え。……でも、いいの? 勝手に、」
「いいんですよ、無理してついて来てもらったのはこちらですし。家族が戻ったら、ちゃんと話は通しますから」
フィエリアに引っ張られるようにして、レナは門をくぐった。しばらく歩くと、広い庭を突っ切っていったところに、数棟の建物が立っているのがわかる。
歩きながらフィエリアは苦笑して、
「家屋も寝室も探したのですが、誰もいませんでした。まぁ、なにかと忙しい人たちですから」
「うん……でも、さすがに夜には戻るんじゃない? 心配することないよ。あたしは別に気にしてないからさ」
「そうですか……。ですよね、気にしすぎました。帰ってくるまで、二人でゆっくりしていましょうか」
フィエリアの表情が晴れることはなかった。
中庭にある小さな池――そのなかには何もいなかったし、シシオドシも動く気配をみせない。
やがて、二人は悟った。
もう、ここには誰も住んでいないのだ、と。
「ここにきたのは、確認のためだったんです」
夜になって、フィエリアはそう言った。
レナは布団を敷いてもらって、パジャマ姿でその上に寝転がっている。
彼女の部屋はタタミジュウジョウとかいう大きさらしく、二人ぶんの布団を並べても荷物を置けるほどのスペースがあった。やはり和室であり、襖を開ければすぐ廊下に面した彼女の部屋は、必ずしも暖かいとはいえなかった。
電気も止められているらしく、ライトは点かなかった――それどころか水やガスにいたるすべてのライフラインが止まっているため、フィエリアが小さい頃に使ったというアンドンを灯して、明るさをとっていた。
まぁ、これだけ大きな邸宅が荒らされなかっただけ奇跡なのだろう。
フィエリアは続けて、
「道場に置き手紙がありました。疎開、ということらしいです……住所も記されていました」
「明日、行ってみる? あたしは予定空いてるし……顔を見にいくだけなら、いいんじゃない?」
レナは勧めてみるが、フィエリアは首を横に振って応えた。
「いえ、いいんです。いま会っても、辛くなるだけだと思うんです」
「……」
「父の勧めで入軍して、まさかこんな戦争が待っていたなんて。きっと、父は後悔していると思うんです。そんな父と会っても、何を話せばいいのかわかりませんから……」
しばし沈黙して、
「ま、それでいいんじゃない?」
「……え?」
レナは枕に抱きついたまま、ぐっと親指を立ててみせた。
「フィエリアが会いたくないなら、それでいいんじゃない? だいいち、『戦争が終わってから会いに行く』ってのは、要は『生きて帰る』ってことでしょ?」
「……」
「あたしは、そーゆー難しいことはわかんないから。後悔するとかしないとか、どうでもいーのよ」
言って、レナは掛布団の中へもぐり込んだ。そこはまだ冷たいままだったが、じきに温かくなるだろう。それまでフィエリアと話していればいい。
フィエリアは少しのあいだ思案して、
「そうですよね。無理に会う必要もないですし……でも、」
「はいはいわかったから、明日のことは明日かんがえて、今日はさっさと寝るっ!」
レナはアンドンにガラスの蓋を被せ、中の灯を消した。たちまち部屋が真っ暗になる。
「え……あ、わかりました。では、明日は何時に起きましょうか」
「ん。起きたら起床かな」
暗闇のむこうで、フィエリアが困った表情をしていたが。
レナは続けて、
「まぁ冗談は置いといて。明日は準備が出来次第、出かけるわよ。買いたいものもあるし」
「そうですか。じゃあ、明日はわたしがレナについていきますね。おやすみなさい」
「おやすみー」
「あと……寝相が悪いので、夜な夜なレナを襲っているかもしれません。気をつけて」
「――マジ……!?」
青ざめてから十五分が経過していたが、レナはしばらく眠れそうになかった。なんでも、今のいままでベッドしか使ったことがなかったし、フトンというもので寝るのは初めてなのである。下にはスプリングがなかったから、背筋が痛くて何度も寝返りをうつ――と、余計に眠れなくなりそうだった。オマケなのかは知らないが、隣で眠る少女は寝相が悪いとか。今は静かに寝息を立てているようだが、油断してはならない。こちらの寝込みを襲って、朝になったら全裸に脱がされているかもしれないのである。
ごろ、とレナは再び寝返りをうった。
「フィエリア」
暗闇にむかって小声で問いかけてみたが、反応はない。規則ただしい寝息がしばらく続いて、
「なんですか」
という返答が返ってきた。
レナはぎょっとして、
「お、起きてるなら言ってよ……」
「いえ、すっかり熟睡しているものと思いましたから。どうしたんです?」
どうやら彼女も眠りにつけないらしい。彼女なりに考えることがあるのだろう――レナにはそれがどんな悩みなのか分かったが、あえて口に出さないことにした。
「ん、眠れなくて。なんか話すことないかなー、と思ってさ」
「……」
「寝てんの?」
「起きてますよ。そういえば、レナはどうして軍に志願したんですか?」
「……」
「あの、もしかして寝ているんですか?」
「起きてるわよー」
レナは頭の下に腕を組んで枕代わりとし、ほぅと息をして沈黙の空間を繋ぎ止める。真っ暗だと相手が寝ているかどうかもわからない。
「なんにもないから」
レナは言った。暗闇の奥で、フィエリアが指をポキと鳴らす――音が聞こえた。
「あたしは親も死んじゃったし、家には何も残ってないんだ。だから、もう失くすものは何もない――そう思って入軍したのよ。それだけかな」
「親が……?」
「うん、テロに巻き込まれて死んじゃった。犯人はわからないし、誰を恨めばいいのかもわからない。お墓もあるけど、二人の骨すら埋まってない――ないものだらけなのよね」
あの日――街のすべてが燃え尽きているなか、奇跡的に生き残っていたのはレナだけだった。
だから、そこで死んだすべての人間を犠牲にして自分は生き残ったのだ――ということに気づくと、今度は生きていることさえ恐ろしくなった。ジレンマに苛まれながら入軍し、負けず嫌いな性格のせいか、いつの間にか『エース』の称号を手にした。
周りにちやほやされていても、虚しい心は満たされない――ジレンマは増える一方だった。
フィエリアが口をひらくが、その口調は眠さをこらえたものだった。
「テロというのは、ASEEの……?」
「ううん、違う。どこかの過激派がやった、っていう話だけど、誰がやったのかはわからないんだ。ひどい話だよね、恨む相手もいないなんてさ」
せめて恨む相手がいれば――と思ったことは何度もある。しかし、不思議と怒りの感情は湧いてこないのだ。もし――目の前にテロの犯人が現れたとしても、自分はどうすればいいのか判断を下せそうにない。
そんなことがあったとして――その犯人を殺せばすべて終わるのか?
その結果が戦争ではなかったのか?
バカらしいと思って、レナは再び寝返りをうった。頭がパンクしそうだ。
「なんにもないなんて、そんなことはありませんよ」
暗闇のむこうで、フィエリアが呟くように言った。
「パンとブレッドが、2足す4で7なんです……」
「――は?」
レナは驚いてフィエリアの寝ているほうを見やったが、暗闇のせいで何も見えなかった。
たぶん寝言なのだろうと思って、レナは苦笑――「おやすみ」と小さく呟いて、温もりはじめた布団のなかへもぐり込んだ。
不思議と、ぐっすり眠れそうだった。
さて、『――』をいじってみましたが、続けて表示されません。リニューアルしたはいいけど。いいけどさぁ……。
この場を使わせていただいている身です。ワガママを言うのはヤメにしましょう。
あぁ、[アトガキ。]が2000文字も書けるんですってよ?
本文は600文字以上が原則だから、もしかしたらアトガキのが長いなんてことも……今度やってみましょうか。
いいえ、読者様を振り回すのはヤメますね。はい。
さて、今回は大したことのない話でした。
んで、予告です。ついに北極戦線です。全体のストーリーでは三分の二、なのかな。だからといって北極戦線で終わらせるつもりはありませんので悪しからず。まだ後継機も出てませんし。
しばらくは作者も(のた打ち回りながら)頑張りますよー。
予告。
ついに、オーレグの口から説明される北極戦線の概要。
ミオは、ASEEは、世界は、いかなる方向へ向かうのか?
軍の中で、何かが蠢いている――。
最後に放たれる、ミオが隠していた素性とは。
次話、第三十二話「NO w/HERE」
その少年は、どこにもいない。