偽りの彼方へ
part-a
〈フィリテ・リエラ〉――統一連合軍の所有する最速の戦艦は、北極へ向かう途中、ヨーロッパに位置するハイゼンベルグへ停泊・補給活動を行うこととなった。
今までは島国しか回らなかったため、今回は久々の大陸である。第六施設島、ロシュランテ――ふたつの島は戦火に呑まれ、現在は復興が進んだというものの、住民へ残した心の傷は癒されていないようである。
そんなニュースを聞きながら、レナは一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
もしかしたら、自分の行く先々で戦いが起こるのでは――?
(……考えすぎ、だよね)
無言のまま立ち上がって、レナは飲み終えたパックジュースをごみ箱へ捨てた。
うんと伸びをして、その足で自室への通路を歩いてゆくところでフィエリアと出会う。
彼女はいつの間にか、レナを呼び捨てで呼んでくれていた。いちいち『さん』付けで呼ばれていたら気分が悪いし、互いに距離を感じるからイヤだった。
フィエリアは報告書の提出が課されていたらしく、その帰りなのだという。
「でも、あたしたちだけ上陸許可なんて……、こんな情勢なのにいいのかな」
「たしかに整備兵を見ると、なんだか後ろめたい気分になりますね。彼らは不休ですから」
ロシュランテでのできごと以降、〈アクトラントクランツ〉の修理が急ピッチで行われていた。しかし、人類史上初となる生体兵器〈ヴァーミリオン〉を搭載するアクトの補修は、キョウノミヤの指示下において行われるしかなく、作業の進みは非常に遅いものだった。
フィエリアとイアル、レナの三人ともに、搭乗できる機体がない。それによっての休暇だった。
レナは角を曲がったところで、
「フィエリアの家族って、ハイゼンベルグにいるんだよね?」
「いえ、基地からは離れたところにある、小さな町にいるんです。休暇はそこに帰ろうかと。レナも来ますか?」
「え、いや、とんでもないっ! いいのよあたしは。お邪魔したら悪いし」
「そんなこと言わずに。連絡は入れておきますから、もてなしますよ。ね?」
なんだか押し切られてしまって、レナは思わず閉口した。こうなったらフィエリアのほうが意思が堅い――というのが段々わかってきたため、抵抗しても無駄だろう、という答えが実を結んだのである。
イアルにも一緒にこないか確認しようと思ったが、フィエリアは「それだけはやめてください。夜這いされますよ」と言って強引な妨害活動を行なったため、イアルを連れていくのは諦めた。レナはヨバイという単語がなんのことかわからなかったので、「は、はぁ……」と答えるに留めたが。
基地から出る地下車両で市街地まで出て、トンネルの途中で一般車両へ偽装、という面倒な諸行を経て、レナとフィエリアはハイゼンベルグの中心街へやってきた。トンネルでの偽装は、軍の人間だと悟られないためだろうか。
「さて、ここからは一般人の身です」
改札を抜けたところでフィエリアは小型のスーツケースを置き、振り返ってそう言った。その格好は軽装、ということらしいのだが、しかし冬らしく厚手のコートが纏われている。
レナは着替えを一式だけ詰め込んだバックパック、という装いで、ジャケットの上にロシュランテで使っていたコートを纏う。
雪こそ積もっていなかったが、外気はやはり冷えていた。厚い雲が覆う曇天からは、いつ雪が降り始めるかもしれない――という様景である。
外に出るのも久しぶりだなと、レナはぼんやりと思った。ロシュランテから一ヶ月のあいだはずっと〈フィリテ・リエラ〉のなかだったから、こうして一般人に紛れるのも懐かしく思える。
中心街で軽めの昼食をとってから、二人は電車に乗ることにした。フィエリアは駅前の公衆電話から自宅に連絡を取ってみたらしいが、うまく繋がらなかったらしい。
レナが心配そうに訊ねると、
「たぶん大丈夫ですよ。なにかと忙しい人たちですから」
返ってくるのはいつもと変わらない笑みだった。そんな表情をみて、レナも安堵の念を抱く。
フィエリアのいう『小さな町』は、一般車両に乗って二時間ちかくかかる場所にあるらしかった。早めに到着してお邪魔しても悪いから、という理由で、普通列車の切符を買う。おそらく周りの乗客の目には、二人は単なる『時期はずれの旅行者』としか映らなかっただろう。
ボックスの席に向かい合わせで座って、およそ一時間が経過していた。
フィエリアは眠いのか、すでにうとうとしていた。報告書の提出が祟ったのだろうか、それとも内心はしゃいでいたのか――わからないが、少し疲れたようである。
レナは移り変わってゆく景色とフィエリアの寝顔をよそに、車内の電光掲示板へ目を走らせた。
一ヶ月が過ぎて、ロシュランテでの実質被害が公表されたらしい。破壊された棟の数、面域、そして負傷者の数と死者の数。
数値でしか見られない死の数をうけて、レナは暗憺たる気持ちになった。
――こんなに……、死んだの?
続けて、ASEEが一般市民の掃討を行っていたことがニュースキャスターの口から説明される。映し出される悲惨な光景、被害者が泣きながら話すことば、それに対する政治家たちの紛糾――きりがない。
「……どうかしました?」
眠たそうな目をしばたかせて、フィエリアが口をひらいた。
レナは首を振って、
「ううん、なんでもない。駅に着いたら起こすから、それまで寝てていいよ」
part-b
俺はなんつー暇人なんだと思って、イアル・マクターレスは大きな欠伸をこいた。ボサボサの銀の髪は整えてあるはずもなく、窓にうっすらと映る自分の顔はだらしないくらいに腑抜けていやがる。
「安静にしていてくださいね」と言っていた看護婦の笑顔を無視して勝手に病室を抜け出し、イアルは艦内の居住区画をほっつき歩いていた。
話によれば、イアルやフィエリア、そしてレナには上陸の許可が与えられたらしい。補給活動を終えるまでの三日間、せいぜい息を抜いておけということなのだろう。
(ま、どうせ俺はリハビリに徹しますよ)
久々の自室で囚人服(みたいな、手術前の病人が着る青い服)を脱ぎ捨てて、イアルは軍服を纏う。動くこと自体が懐かしいものだったため、身体は鉛みたいに重かったし、着替えの途中で三回もよろけた。俺はジジィか? と思いながら部屋の外へゴー。
だが、限界はすぐに訪れた。
(……ヤバい、死ぬなコレ)
五十メートル行って、壁にもたれた姿勢で足を止める。無理。マジで死ぬ。これじゃ自販機にも行けない。どうしよう俺――
なんてことを考えながら立っていると、
「あ、いたいた」
そこに立っているのはキョウノミヤだった。いつもの白衣にクリップボードという格好だから、きっとなにかの作業中だったのだろう。
キョウノミヤは口を尖らせて、
「病室から連絡があったのよ。患者がいないって、騒ぎになってたんだから」
「悪ぃ。戻るつもりはねーんだ」
「それより、身体のほうは大丈夫なの?」
「問題ねーよ。ただ、一ヶ月も動いてなかったから筋肉がジジィになってやがる、しばらくはリハビリだ」
「あぁ、それで白髪に……」
ぽんと手を打つキョウノミヤへ「俺の髪はもともと銀色だ」と言って、イアルはのろのろと立ち上がった。
「それより、匿ってくれないか? 看護婦に見つかると面倒だからな。今度こそベッドに縛りつけられる、それだけはごめんだ」
「……と、言いつつも?」
「実はそれが結構うれし――って、」
「あーあ、ついに出たわねドMの真性」
「おまえが言わせたんだろうがっ!」
キョウノミヤは苦笑しながら、
「そうね、匿うならいい場所があるわ」
連れてこられたのは艦橋のなかだった。オペレーターたちはほとんど席を外しているようで、今は一人しかいない。
「悪いわね、こんな場所で。艦長室でもよかったんだけど、あいにく仕事が残ってるから」
「別にいーぜ、俺は。うるさい看護婦さえ追ってこなけりゃ天国だ」
よっこらせと空いている席に座ると、ようやく身体がラクになった。
イアルが座るのを見届けてから、キョウノミヤも自分の席へつく。持っていた端末資料をひらいて、彼女はすぐに眉をひそめ、険しい表情になった。
イアルは口をひらいて、
「『セレーネ』か?」
「ええ。彼らの存在を調べるには、あまりにも情報が少なすぎるわ。目的も、OS解析も済んでないのに……仕事は山積みよ」
「上から押しつけられたのか。期待されてんじゃねーの?」
キョウノミヤはふと笑んで、
「そうだといいわね。シフォン、今から送るOSの解析、お願いね。バレラは基地のホストを経由して、解析データを本部へ転送、クランとエミリーは〈アクト〉の最終調整を疑似空間内でテストしてみて」
十二台のうち五台のコンピュータは、それぞれモニターを明滅させることで返答とした。
...ciphon.cran.barrela.emiry.
......assisting system ai=[children]
.........understand.
Fst PHASE――no error.
Snd PHASE――no error.
Trd PHASE――no error.
all system extracompleting...
「コンピュータに名前があるのか?」
イアルが訊ねると、キョウノミヤは軽い笑く笑ってみせて、
「そうよ。シフォン、クラン、バレラ、エミリー、そしてアイ。かわいいでしょ?」
「……変人が考えることはわかんねぇよ。で、名前はなにが基準なんだ? まさか牧師サマが決めたワケでもねーんだろ?」
「少なくともアイは子供の名前よ」
キョウノミヤは疲れたような口調で言った。
「この戦争が始まる直前に死んだ、私の子の名前なの」
part-c
場所かわって、離れた孤島。
小さな木造りの小屋の中には、何台ものコンピュータがところ狭しと並んでいる。どれも小型ながら優秀なOSを抱えていて、少女の作業はそのコンピュータを介するだけで容易に済ますことができた。
それらのうちの一台の前で、小柄な少女は素早くキーを叩いていた。
「やぁ、また仕事かい?」
現れたのは瞳の紅い少年だったが、少女――フェムトはそれを無視してキーを叩き続けた。
つれないなぁと言って、少年は置いてあった椅子に腰かける。表情は普段と変わらない、引き吊るような笑みである。
少年は口をひらいて、
「彼らは北極へ向かうよ。ぼくらの予想通りだ」
「……統一連合の二大基地」
「そうだね。そこで多くの人間が命を落とす――いや、そういう手筈になっているんだ。ぼくの分身の手によって、ね」
「……」
フェムトはキーを叩く手を止めた。言葉を呑んで、静かに待つ。
「この戦争は、ぼくらが描いた軌道を順調に進んでるよ。クローン技術の成功、〈オルウェントクランツ〉の奪取、ロシュランテ、そして北極基地――」
少年は嬉しそうにわらった。
だが、少女にはそれが笑えなかった。
そればかりか、上着に隠した銃へ伸びる右手を――必死に押さえていた。
初めての方は初めまして。久しぶりの方はお久しぶりです。
……なぁんて書籍化されたら[あとがき]に書くんだろうなぁ。
「小説家になろう」サイトからは書籍化される作品が多々あるらしいです。読者の方が「面白い」って判断された結果だと思うのですが、いかがでしょう。
作者自身、書籍化はあんまり期待してません。ヒガミに聞こえますが、ヒガミです。れっきとしたヒガミですよ。ですからね!?
まぁ読者の立場になって言わせてもらうと、「無料で読めないじゃん?」ってのがありますよね。無料と書いてタダと読んでください。ロハと読むアナタは強者です。
んで。この小説に、マニーを払ってまで読む価値がありますか? 天津木村さんみたく『あると思います!』って方は挙手で。
……。
満場一致でゼロという結果が出ましたので[あとがき]を終わろうと思います。
予告
次話、「オービタル・ピリオド」
挿話です。
タイトルは我が愛するBUMP OF CHICKENのアルバムより拝借です。
……いいのかな?