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E  作者: いーちゃん
31/105

0秒後の未来

作者都合により、一日早くの更新です。



 ロッカールームの中で、ミオは淡々とした作業を済ませていた。

 シャツを脱ぎ、少し厚みのあるパイロットスーツを着込む。外見的には水中で用いるウェットスーツと変わらないが、スポンジゴム状になった生地は、やや強めの弾力性を示していた。金属に囲まれたコックピットの中で、これだけが自分の身を守ってくれる――水圧や気圧の変化にも負けず、生命維持を長く保つのだ。

「……」

 ファスナーを首もとまで上げて、ミオは少しのあいだ沈黙した。

 時計は出撃まであと五分を示している。いつもなら機体の最終調整を済ませているところだったが、ミオは急ぐ気になれなかった。

 バタンとロッカーの扉を閉めて、ベンチの上に放られていたヘルメットを掴む。

 いつもならそこにいる女が、今日は姿がなかった。いや――これからずっと、だろう。

 ミオとレゼアはエースによる特別扱いを受けていたから、一般兵士とはロッカーが別だった。小さな部屋で、カーテン一枚の向こうは女子――もとい、レゼアの更衣室なのである。

 ミオはカーテンに手をかけて、

「……入るぞ」

 二秒、待っても答えがなかったので、ミオは勝手に入ることにした。

 狭い――無機質で暗い部屋にある幾つかのロッカーのなかで、使われていたのは一つだけ。名札が貼ってあったから、一目見ただけでわかる。

 誰の許可をも得ず、ミオは勝手にロッカーの扉をひらいた。

 中には何もなかった。

(レゼア……あいつ、もう――いないんだよな)

 扉を閉めようとして、ミオはある物に気がついた。ロッカーの下に、なかば放られたように置かれている――それはヘッドギアだった。

 髪をまとめたがらなかったレゼアはヘルメットを嫌い、ずっとヘッドギアを代用していたのである。

『出撃時刻まで残り三分! 各パイロットは搭乗機体にて待機、繰り返す! 各パイロットは――』

 ミオは自分のヘルメットを静かに置き、

「レゼア……――借りるぞ」

 ミオは黒染めのヘッドギアを取り、漆黒の機体が待つハンガーへ駆け出した。何人かの兵とすれ違い、ミオは格納庫へと急ぐ。

「……遅れた。――状況は?」

 ミオは慌ただしくヘッドギアを装着し、受け持ちの整備兵に尋ねた。

「――依然として変化なし! ですが、敵の数は増加中です」

「――了解した。機体を出せ、俺も出る」

 はい、と勢いよく返事した整備兵は自分の仕事に取りかかり、ミオはコックピットへ飛び込んだ。

 慣れた手つきですべてのシステムを立ち上げ、スイッチ、レバー、スロットル、フットペダルそれぞれの位置が正常であることを確認すると、ミオは機体の駆動音が高鳴っていくのを感じる。ほかのどんなときよりも、この狭いコックピットの中のほうが安堵を覚える――ような感じがして、ミオはひとつだけ吐息した。

 漆黒の機体――〈オルウェントクランツ〉はすべてのシークエンスを済ませ、重量軌道に乗せられてカタパルトデッキへ向かう。

 回線が開かれた。キョウスケだ。

〈やぁ、調子はどうだい?〉

「あぁ、すべてしっくりくる。問題はなさそうだ、さすがキョウスケだな」

〈それは嬉しいよ。あと、きみに伝え忘れたことがあるんだ。今日からきみにサポートを入れることにした、余計なお節介かもしれないけど、〉

「余計なお節介だ」

〈じゃあ、紹介するよ〉

 ……人の話を聞いてくれ。

 モニターが切り替わり、その左下に新たなウィンドウと、オペレーター(らしき少女)の顔が現れた。可愛いらしい顔――で、栗色の髪を黄色のリボンでまとめているのが特徴的である。

 少女は明るいピンク色の唇をひらいて、

〈初めまして、あなたがミオ・ヒスィさんですね? わたしはあなたのオペレーターを担当させていただくイズミ・トモカです! これから長いお付き合いを――〉

「……うるさいから黙ってろ」

 少女はミオの言動に腰が引けたのか、ガチガチに凍り付いて何も言えなくなっていた。

 キョウスケが割って入って、

〈イ、イズミくん。ミオは初対面の相手を警戒する習性があるんだ〉

 ミオが「習性ってなんだ、俺は動物か」と言いかけたが、オペレーターのあまりの悲哀さに、何も言えなくなっていた。

 少女は渇いた声で、

〈は、はは……死んじゃおうかな〉

〈ミオも、彼女の指示を聞くようにしてくれ。なるべくで構わない――それと、彼女には特殊な能力がある。仲良くしてやってくれ〉

 ミオは首をかしげて、

「特殊な能力? ……わからんが、キョウスケが言うのなら、オペレーションはお前に任せる。……えっと」

〈ト、トモカです。イズミ・トモカ〉

 少女は涙目を拭いたあと、きりっとした声でそう言った。それを見受けたキョウスケが安堵の息をもらし、ミオはすぐに眼前を見据えた。

視線が、デッキの向こう――曇天へと注がれる。

と、モニターに新たなウィンドウが現れた。いかつい北欧系の顔立ちに鋭い眼。

オーレグ・レベジンスキーだった。回線が通じると、すぐに見下げた口調で、

〈ミオ・ヒスィ、聞こえるかね? 敵は『セレーネ』の無人機がおよそ30機。〈ヴィーア〉も出そうかと思ったが、我々には余裕がないのでね。一人でやってもらうことにしたよ〉

「余裕がない? どういうつもりだ」

〈我々は、これから北極へ向かう。温存だよ〉

 ミオは訝しんで、

「……北極?」

〈詳しい話をするつもりはない、言われたことをやればいい。その機体の力、発揮させてもらうぞ? それと技術班の話では、それが壊れたら予備はないらしいじゃないか。えぇ? 機体が壊れるときはお前が死ぬときだな。以上〉

 通信は一方的に切られた。イズミもキョウスケも傍受したのだろう、黙ったまま反応がなかった。

 ミオは口をひらいて、

「本当か。この機体が終わるとき、俺も終わるってのは」

 キョウスケは無言のまま頷いて、

〈予備パーツもデータのバックアップもない――それが壊れたら、もう作り直せないんだ〉

「……なるほど、そうなれば俺は用済みというわけか。イズミ、機体を出せ。それと、相手は無人機なんだろ? だからシステムEは解除しておく」

 オペレーターの少女は駿巡のそぶりを見せたが、なんとなく流れを悟ったのか、

〈りょ、了解です。システム、オールグリーン、レールカタパルト固定完了。進路クリアー、視界・状況ともにニュートラル。〈オルウェントクランツ〉、発進してください〉

 ミオは瞑目して、静かに眼をひらく。

「ミオ・ヒスィ、〈オルウェントクランツ〉だ。出るぞ」

 スロットル全開――駆動音が轟音の束となった。リニアレールが火花を散らし、漆黒の機体が猛烈な速度で射出される。

 イズミが、会敵はすぐ――このままの速度を維持して、およそ二十秒後であることを告げる。ミオも、最大望遠で敵の姿を視認することができた。情報通り、およそ三十機が昆虫の群れみたいに集合し――いや、その外見も、まるで昆虫のそれに近い。

 肉眼で確認できる距離になって、ようやく敵が攻撃を開始した。背部から小型ミサイルを噴出させ、口元からレーザーを照射したまま、こちらへ突っ込んでくる。

 対する〈オルウェントクランツ〉は圧倒的な機動力でミサイル群とレーザーを回避、猛烈な速度ですれ違いざまに二機を切り刻み、さらにその対角線から攻撃しようとした敵機を撃ち抜く。

 絶えず襲いかかるミサイル群を、機体を錐揉みさせて再び回避し、それらをシールドで受け止め、残りを撃ち落とす――だけでなく、ライフルから放たれたビームの矢は、同時に敵機をも貫いていた。

 戦闘開始から十秒足らずで、三十機のうち七機が撃墜されていた。

〈す、凄い……〉イズミが驚嘆の声を洩らすが、ミオは相手にしていなかった。

 これがASEE屈指――否、最強のパイロットであるミオ・ヒスィの実力である。

 すかさず漆黒の機体は身を沈め、特攻してきた一機を蹴り上げて撃ち抜き、もう一機にはビームの刃を突き立てる。容赦ない攻撃によって爆散した二機は、炎に呑まれながら海中へと没した。

「……イズミ、状況は」

〈は、はい! 各方向、距離百から敵の増援です――数は十六!〉

「……」

 見れば、左右はもちろん、上空にも敵機が待機していた。囲まれたのである。

 どうやら、この昆虫みたいな無人機体は学習することができるらしい。少ない数で挑んでも無駄だから、今度は全員で――と学んだのだろう。

 くそ、とミオは毒づいた。包囲網をつくられれば、この場を脱出することさえままならない。仮に一機を撃破しても、残りがその穴を埋めにくるからだ。

 黙って見守っていたイズミが口をひらいて、

〈ミオさん、ここはわたしに任せてもらえませんか〉

「黙っ――」

〈いえ、あなたはわたしの言う通りに動いてもらいます〉

 さっきまでとは違うイズミの口調に押されて、ミオが黙りこむ。

 ただのオペレーターに何が出来る――と思っていると、

〈二秒後、後方向から攻撃です〉

「ハッ、なにを言うかと」思えば――とは続けられなかった。

 アラート音が意識を突き刺し、ミオは慌てて回避態勢へ。レーザーが背後から駆け抜け、漆黒の機体すれすれで――反対側の敵機へ命中した。

「――」ミオは言葉を呑んだ。

〈さらに右方向からレーザー、その一秒後に下方向からミサイルが十二基。それぞれ回避ののち、敵機を撃破してください〉

 アラート音が押し寄せ、その直後に右からの攻撃が〈オルウェントクランツ〉をかすめる。立て続けに襲いかかるミサイル群を回避すると、ミオは言われた通りの二機を撃破した。

 いや――と、ミオは自分の耳、目、あるいは五感を疑った。

〈次、二秒後に三方向から特攻です。上昇回避してください!〉

 言われた通りの回避運動をこなすと、〈オルウェントクランツ〉が元いた位置で、三体の敵機が弾けていた。最大速度で衝突したそれらは互いに潰し合い、惨めに爆散して炎に呑まれていった。

 眼下の敵機――残った十数機が撤退を始めるが、ミオは呆然とその様子を眺めていた。

 信じられない。いや、信じられるハズもなかった。

 数秒後の攻撃予測……時間、方向も精確である。彼女がデタラメを言っているとは考えられなかった。

 キョウスケの言っていた特殊な能力――という言葉が、脳裏に甦る。

 オペレーター、イズミ・トモカが持ち得る特殊能力とは、未来予知だった。それも、一瞬が生死を分かつ戦場で必要な反射速度――『二秒後の未来』。彼女にはそれが視えるのだ。

 敵機が撤退したことを告げるイズミが、おどおどした口調で、

〈あ、あの……やっぱり余計な口出しだったでしょうか〉

「……」

〈お、怒ってますよね……。はは、もう死んじゃおうかな〉

「……え? あぁ、ぼーっとしていてな。余計な口出しじゃなかったぞ、イズミ」

 ミオが称賛の声をあげると、少女はパッと顔を輝かせて、

〈ほ、ほんとですか!? それは嬉しいですっ! ――と、わたしのことは今度から『トモカ』って呼んでくださいっ〉

 オペレーターの席でくるくるとはしゃぐ少女の顔は、いたって普通の少女のそれだった。戦争も平和も関係ない、ただひたすら明るい笑顔だったのである。

 ミオはそんな顔を見て嘆息したが、不思議と悪い気分ではなかった――そればかりか苦笑まで洩らしていた。

 よし、と告げて、

「これからよろしく頼むぞ、トモカ。〈オルウェントクランツ〉、これより帰投する」

〈はいっ!〉


 さて、今回は早めの更新だったり、遅れたりいろいろあってすみませんでした。

 まぁ、気分屋なのでその辺(どこら辺?)は気にせずいきましょう。

 ……いいのかこれで?

予告。

 補給のためハイゼンベルグ基地を経由し、レナ、フィエリア、イアルの三人に与えられた休暇。イアルはリハビリに尽きそうだったが、レナはフィエリアとともに彼女の実家に帰省する。

 一方、離れた孤島にて、不穏な影を落とすフェムトと紅い瞳の少年。彼らの関係、描かれた軌道、そして「もう一人のミオ・ヒスィ」とは……?

次話、「偽りの彼方へ」

 part-a,part-b,part-cの三部ですね。これからレナ、フィエリアを中心にしていくかもです。

 あ、読者様の数が10000に届きそうです。こんな読者ウケしない作品が続いたのも、ひとえにあなた方のおかげだと思います。


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