吼える南緯四重奏
小さなうめきとともに瞼をひらくと、そこは〈フィリテ・リエラ〉の艦内病室だった。
痛ェと声をもらして、イアルはまだ包帯の残る右腕を押さえながら起き上がる。白い天井、昼間なのにこうこうと照る蛍光灯、自分が寝ているベッド、椅子の上にある花――すべてぼんやりしている――を順々に見回して、イアルは再び横になった。
どうやら自分は生きていたらしい。少なくともスパゲッティ・シンドロームにならない程度には。
(あれからどれくらい経った?)
緑の機体が目の前に現れて、自分は確実に殺されていたハズだ。至近距離から撃ち抜かれて、死なないヤツがいるものだろうか。
いや、イアルは確実に死んでいた。
(なのに……生きてやがる。くそッ、なんでだ……!)
ビームがコックピットを貫いたとき、目の前に緑色の光が溢れたのだ。そして次の瞬間、イアルは機体の外へ放り出されていた――まるで空間ごと吐き出されたかのように、である。
それで死ななかったのか? と疑問を覚えても、答えは出そうになかった。もし敵パイロットを空間ごと飛ばす技術なんて――仮にそんなのが存在しても、キョウノミヤでなければわからないだろう。
とにかく、あの機体がムカつくってことはわかっていた。
イアルがベッドの上でぶーたれていると、
「失礼します」
自動のドアがひらいて、フィエリアとレナが現れた。二人は完治するのが早かったらしく、レナは頬にガーゼを宛てているくらいで、ほかの傷という傷は見当たらなかった。
イアルがじろじろ見ていると、レナは
「……なに見てんの?」
「いや、いいカラダしてんなと思って」
「人体の解剖実験、してあげよっか」
「……ゴメンナサイすみませんでした」
イアルはだるそうに言って、ボサボサの髪を掻いた。何を思ったのかフィエリアが怪訝そうな表情のまま椅子に座り、その隣にレナが落ち着く。
「……」
無言になった彼らのなかで、フィエリアが口火を切った。
「……とりあえず、わたしたち三人が無事だったのは奇跡に近いです。この場は、『なぜ無事だったのか』という問いは置いておきましょう、イアルもレナもお分かりでしょうから。我々は生きている――その事実だけで充分です」
あぁそうだ、とイアルも思う。
生きてりゃ反撃する機会もあるわけだし、なにもかも終わったワケじゃない。その思いはレナも同じだろう。
ただ、あの緑の機体にやられて思ったことがある。
自分は、なにと戦えばいいのか――
という疑問が心の底に根を張って動かないのだ。
〈オルウェントクランツ〉を討つ――だが、それですべての戦いが終わるのか?
逆にあの緑の機体――コード名〈イーサー・ヴァルチャ〉を討てばいいのだろうか?
それとも――こんな戦争をいつまでも繰り広げる、人間を討てばいいのか?
では、最終的に自分も――……討たれなければならないのか?
イアルは卑屈になって、横になったまま二人の少女へ背を向けた。
思うことは三人とも同じはず――だが、誰もそれを口にはしなかった。
フィエリアが言葉を続けて、この一ヶ月のあいだ、新たな第三勢力が威を振るっているということ――そして彼らが『セレーネ』と呼称されることを説明する。レナはもう知っているのか軽く頷くだけで、終始沈黙を貫いていた。
「現在、わたしたちの戦力はレナの〈アクト〉を残して一般の〈エーラント〉数機のみ……またセレーネに襲撃されれば、今度こそ終わりでしょう」
イアルの〈エーラント〉はもちろん、フィエリアの機体も使えなくなったらしい。外フレームこそ残るものの、大事なセンサーに致命的なダメージが生じたためだとか。
ただ――と思ったイアルは続けて、
「救いなのは、〈オルウェントクランツ〉がやってこねぇことだ。アレは艦主砲を受けて以来、姿を見せてねぇ」
そこでレナが口を開いた。
「中のパイロットは……どうなったのかしらね」
「さぁな。死んだんじゃねぇの? 敵の心配なんざするもんじゃねーよ」
「……」
レナは黙ったまま、窓の外を見やった。冷たい空は、今日も曇天である。
イアルはごろと寝返りをうって、
「それより、これから俺たちはドコへ向かうんだ? このまま地獄行きって訳でもねーんだろ」
「わたしたち――いえ、この艦は北極へ向かいます」
フィエリアが言葉にして、イアルは驚嘆したように口笛を一吹きした。フィエリアは続けて、
「統一連合の誇る三大基地のうちの一つ――北極基地。資源こそ乏しいものの、技術は確かだそうです」
「技術って……パーツとか資材がなけりゃ、なんにも作れねーぞ?」
「だから、補給のためにハイゼンベルグ中継基地を経由します。キョウノミヤが上陸許可を取ってくれるそうですから、気が引けるのですが、わたしは久々に実家へ戻ろうかと」
あぁそうか、とイアルは納得した。
こんな時期だけど、やっぱり家族には会いたいものね――とレナが付け加える。
フィエリアの家族は、どうやら中継基地から近いところにいるらしい。
「まぁ、息抜きにでも行ってこいよ――んで、問題はその後だぜ。俺たちは北極でなにをするんだ?」
「それは――」
「あなたたちの、新しい剣をつくるためよ」
答えたのは、開いたドアの向こうに立っている――キョウノミヤだった。
さて、更新です。
大して進んでいないような感じもしますが、戦闘シーンは次ですねー。
次話、「0秒後の未来」