舞い戻る漆黒
舞い戻る漆黒
その日はいかにも冬らしい曇天だった。
補修作業中の甲板の上で、ミオは鉛色の空を見上げていた――正確に言えば、こちらへ降りてくるヘリを見上げていたのだ。
軍用のヘリコプターはローター音を響かせながらゆっくり降下し、寸分の狂いもなく描かれた的の中へと着地する。ヘリから兵士と看護師たちが降りてきたが、ミオは敬礼もせずにその反対側へ目をそらした。
(……)
レゼアは本部へその籍を置くことになった。身体の故障が原因だから、前線に置くよりも技術班としてサポートするほうが役に立つ、と上層部が判断したのだろう。本人もそれを希望したらしく、それには「足を引っ張りたくない」という思いが感じ取れた。
昇降口から、車椅子のレゼアと荷物を持っている兵士が上がってきた。
この艦に積んであった私物だろう、荷物はミオが思っていたよりも少なそうである。
レゼアは荷物を持たせていた兵士へ、チップのつもりなのか、何かの缶を渡していた。兵士は困惑顔でそれを受け取り、首をかしげながら昇降口へと戻ってゆく。
レゼアは車椅子をこいで、
「待たせたか? 私物をまとめていたら時間を食ってしまってな」
「……いや、大した時間じゃない。それより、ほんとうに本部へ行くんだな」
「もちろんだ。技術班開発部が受け入れてくれるよう手配されてるし、そっちなら大きな手術ちゅも」
「……」
「……」
「……。……」
「もちろんだ。技術班開発部が受け入れてくれるよう手配されているし、そっちなら大きな――手術! も受けられる。心配するな」
……自然と言い直したような。
はぁと溜め息をついて、ミオはなんとなく不安に思うことがあった。
レゼアは本部に迷惑をかけないだろうか。
ミオは言葉を継いで、
「まぁ……足が治るかどうかは、あまり期待し過ぎるなよ。キツいことを言うようだが、期待が大きいと、かえって失敗したときの絶望が大きいからな。それに、足が悪いままだったら、俺がその車椅子を押してやる。だから安心するといい」
レゼアもふと笑むことで応えて、
「そうだな。それに、手術後にはサイボーグになっているかもしれんし」
……いや、それだけはないから安心しろ。
サイボーグといえばと、レゼアは私物の詰まったボストンバッグから何かを取り出した。
「三日間かんがえたのだが、結局わからなかったことがあってな」
出てきたのは銀色の――缶詰だった。
横の面には「さば みそ煮」と丁寧に表記されており、横には値札のシールまでつけられているた。
レゼアは口をひらいて、
「サイボーグは肉体と金属の融合体だ。このさば缶は、同じく肉体と金属から成っているだろう? よってさば缶はサイボーグである――という論理展開は間違いだろうか?」
「……もう本部から帰ってくるな」
「あぁぁ!? それはひどいぞおまえ、って車椅子を勝手に押すな! なにをする!」
「……出発の時間だ。さっさと乗り込めよ、看護師が迷惑してる」
ふむ……とレゼアは不満そうにしていたが、規律時刻は守らなければならない。気象を読んでの時刻設定だし、ちょっとした遅れが気流による事故に発展してはかなわない。
レゼアは仕方なしに静かになって、
「わかった、たまに連絡するからな」
ミオも小さく笑んで、
「……ああ。十秒おきにでも連絡してこい」
ローター音が遠ざかって行く――その音を見上げながら立っていると、本当に十秒後に端末が鳴った。
『お別れのちゅーを忘れた』
端末を広げたミオの目に飛び込んできたのはそんな文字列で、彼は当然ながら無言のまま端末を閉じた。あいつ、本当にバカなんじゃないだろうか――と思った十秒後、再びコール音が鳴り響く。
(……あぁ、もう)
うるさいとばかりに、ミオは手にしていた端末をへし折った。バキッという快い響きとともに砕けたそれを、近くに置いてあったゴミ箱へ投げ捨てる。どうせ大したことのない内容だろうし、なにか連絡があればミオの部屋の方へ届くだろう。
はぁと溜め息して、ミオはヘリが消えていった方向を眺めた。端末を壊していなかったら、今ごろ四度目のコールが鳴っているのかなと思うと不意に寂しくなる。
いちど白い吐息をして甲板を振り返ると、そこは壊れかけの機体部品が次々に搬出されているところだった。中には黒ずんだ金属パーツ、融解金属液が凝固して形の崩れた機体の脚、さらには胴体や腕もワイヤーで引き上げられている。いったい誰が引き取るのかと探せば、廃品屋がそこら中に群がっていることに気付けた。
搬出されるそのほとんどがASEEの保有する量産機〈ヴィーア〉で、それらがたった一機によって滅ぼされたと思うと――ミオは信じられない気持ちになった。
(……あいつ)
ミオが思い浮かべたのは、あの紅い機体――〈アクトラントクランツ〉を駆る少女である。ほんの少しの時間、一緒にいられただけなのに――。
レナ・アーウィン。
(なにやってんだ、あいつ。まだ泣いてるのか……?)
思い耽りながらその場に突っ立っていると、背後から肩を掴まれた。
ミオは瞬時に反応――なかば反射のようにその腕を捉えて右に捻り、相手の身体をにじり倒してから――ミオはきょとんとした。
相手は敵でも見知らぬジャンク屋でもない、白衣を着た研究者姿の男だった。
「……は? きょ、キョウスケ?」
ミオは慌てて飛び退いて、倒した若い男の身体を引き起こす。優男そうな顔立ちに薄い灰色の髪はストレート、細身で身長はミオより少し高い。
男の名はキョウスケ・フジバヤシである。ASEEに所属し、ミオとレゼアがペアを組んだ二年前からふたりをサポートしていて、なおかつミオにはシステムEを、レゼアには専用の特機を贈った本人である。
若い男は苦笑まじりに起きあがって、
「痛たた……久しぶりの挨拶に来たってのに、なかなかやってくれるな、きみは」
「すまなかった。五ヶ月ぶりか?」
キョウスケと呼ばれた男はズレたメガネを押し上げて立ちあがり、ふと笑みをみせて、
「そうだね、相変わらずだよ。レゼアはもう行ってしまったかい?」
「ちょうどヘリが出た。しつこいから端末もへし折ってやったけどな」
「……?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
怪訝そうな表情のキョウスケに変わって、ミオは視線をゴミ箱へと漂わせた。
……念のため、あとでもう一度壊しておこうか。
キョウスケは納得した声で、
「そうか。実は彼女にも挨拶したかったんだけどね、間に合わなかったら仕方ない。本部まで出向くとするよ」
白衣の裾をはたいて汚れを払い、ついでに落とした資料を手早くまとめる。いくつかの写真を見咎めてミオは息を呑んだが、キョウスケはそれを隠すかのように手早くファイルの中に押し込めた。
ミオは口をひらいて、
「……で、今回は何の要だ? ただの挨拶じゃないんだろ」
「そうだな、今回はきみに協力してもらいたいこと――もっぱら頼みごとなんだけど、それがあるんだ」
「……緑色の機体について、か」
「それもある。これを見てくれ」
言って、キョウスケはファイルの中からいくつかの資料を取り出した。規格サイズの紙片に何枚かの写真がテンプレートされており、それぞれ一様に画質か悪い。おそらく一般人から買い取ったか、あるいは没収したものだろう。どれも街が攻撃されているところを撮影したものであり、逃げまどう人々や、火災のなか機体がそびえ立っている姿など――である。
機体? と疑問が浮かんで、ミオはページをめくる手を止めた。
ぼんやり浮かび上がる機体の写真――そこに映るのはASEEの〈ヴィーア〉でも統一連合の〈エーラント〉でもない。強いて挙げるなら獣型をした兵器である。
「……見覚えがない」ミオがぼやいた。
「そう、およそ一月前――ロシュランテで緑の機体が現れた頃から、世界各地で暴れまわっている集団だよ。上層部は彼らを『セレーネ』と呼称することを決定した。写真の機体は〈アーヴェント〉。次はこれを見てくれ」
次に渡されたのは、機体のコックピット(らしき)場所からモニターを撮影した写真とOSを解析したデータ、さらに被害の一覧表である。
民間人の被害は――ゼロ。どこかで見たような数値だと思いながら、ミオはカラー写真へ目をうつした。
緑っぽく光ったモニターには赤い文字でOS名が示されており、不可解な文字列のなかから『sErEnE』という単語を見つけるのは容易だった。おそらく上層部は、この文字列からOS名を取り出して『セレーネ』と呼称することにしたのだろう。
「……第三勢力、か」
「そう、潰されたのは五都市。うち統一連合が三つ、ASEEが二つで、わかっているのは五都市すべてが軍需産業地だったことだよ。どちらにも与していない、ってのがよくわかる」
「有人機なのか?」
「いや、パイロットは誰もいない。すべて自動プログラムだった――技術的には、ぼくらより彼らのほうが上かもしれない」
ミオはそうだろうな、という言葉を呑み込んだ。ASEEにしても統一連合にしても、無人で機体を操縦するシステムは構築されていないのが現状だ。無人探査船ならまだしも、敵を認識し、攻撃し、回避し――という精密な作業は、いまだに人間に頼るしかないのである。
五つの都市を潰したのは、おそらく両陣営における軍事物資の供給元を断つためだろう。
ASEEとしては、現在の時点で物資不足を起こされてはたまったものではない――というのも、統一連合、そして現れた第三勢力『セレーネ』にも抗わなければならないからだ。
「……それで俺に話が回ったのか。『次の襲撃に備えて、アイツらを殲滅しろ』と」
「うん、急で悪いね。上官も同じことを言ってた」
「……残念だが、今の俺には動かせる機体がない。ただの役立たずだ」
「いいや、あるとも」
キョウスケが満面の笑みで答えたのを見て、ミオは怪訝そうな表情になった。
エレベーターを降りて連れられたのは格納庫だった。普段と変わらない――量産機〈ヴィーア〉が立ち並び、整備の様子もいつも通りである。
ただ、そこには――
「これだ」
言って、キョウスケは何かのレバーを押し上げた。隅の一角――その部分だけ暗くされていたところがライトアップされ、同時に巨大な機体の姿が浮かび上がる。
「――」
人型の機体で黒い装甲、鋭角的なフォルム――装備はシールドとライフルだけである。
そこには見間違えるべくもない――〈オルウェントクランツ〉が立っていた。
ミオは息を呑んで、
「――これは?」
「君が奪取した機体の、残っていた一部から改修できたんだ。機能として不可解な部分はそのまま移植することにしたよ、余計なことをして壊すのは趣味じゃないしね。もちろんバックアップは取ってあるし、これから解析をかけるつもりさ」
「……そんな不可解なモノに、また乗らなきゃならないのか」
ミオは前髪をくしゃくしゃと掻きむしった。ASEEの技術班の名にかけてもわからないとすると、製作者はどんな頭脳を持っているのか――ミオは正直あきれた気分になる。
「――で、あの緑のヤツをやればいいんだな」
「だろうね、アレは上層部から見れば目の上のたんこぶなんだろう」
「機体の名前、割れたのか?」
言うと、キョウスケはすこしのあいだ押し黙って、「〈イーサー・ヴァルチャ〉」とだけ告げた。
言葉を続けて、
「上層部はそう呼んでいるらしい……でも、実はこれは漏れた情報でね。上はぼくらに隠しごとをしてるんだ」
「……信用のできないヤツらの集まりだからな」
ミオはうんざりした声で答えた。
隠し事をするのは上層部の得意とする分野なのだろうが、じっさい情報とは漏洩するものなのである。しょせん年寄りの連中に、ひとつの組織がまとめきれるとは思えないのだ。
キョウスケは改修された機体について少し説明をし、あとは見ておいてくれ、とミオへディスクを手渡してくれる。どうやらオーレグのところにも顔を出すらしい、とわかるとミオはむっとしたが、すぐに仕方ないことだと割り切ることにした。
「オーレグは第六施設島のころからカンカンに怒ってるよ。軍人として、死者が出ないのは不快なんだろう」
「……」
ミオはオーレグ・レベジンスキー――自分の上官が好きにはなれなかった。だが、彼は軍人あるいは戦争屋としては非常に優秀だと、ミオも認める部分がある。
誰かを殺すのが戦争で、自分たちは戦争をしているのだから。
だから第六施設島のときも、今回のような『セレーネ』襲撃も、彼にとってみれば気持ちの悪い出来事なのだろう。
キョウスケは続けて、
「今回の出来事は『故意』だ。システムEとシステムsErEnEは同一に近い――だけど、第六施設島は『人為的』だ」
ミオは沈黙した。
その表情の裏に隠した優しさを――咬み殺すかのように。
「第六施設島で――誰も殺さないよう指示を出していたのは、きみなんだからね」
さて、設定資料の追加です。
また時間を置いたら更新すると思いますので、ご確認ください。
まず、機体から。
〈オルウェントクランツ〉改修型
大破した〈オルウェントクランツ〉が、複製パーツと移植データによって復活した機体。装甲の色は黒のまま。当初はミオとレゼアをパイロット候補としていたため複座になっているが、レゼアの負傷により、ミオが一人でパイロットを務める。武装が可変シールドとライフルに分けられるなど、いくつか改良が施されている。
んで、オンナノコ追加でーす。
イズミ・トモカ F 17
ミオのオペレーターを務めることになった少女。栗色の髪を、大きめのリボンでまとめている。『二秒後の未来』を視る予知能力を持ち、ミオを戦闘からシステム、さらには私生活までサポートする。「死んじゃおうかな」が口癖かも。
予告。
イアルは病室の中にいた。
怪我して包帯巻かれて、俺はなにをやってるんだろうな……と、漠然と思う。
そして、レナ、フィエリア、イアルの三人に休暇が与えられるが、残念ながらリハビリに尽きそうだ。
北極基地とは?
そしてキョウノミヤが口にする新たな剣とは?
次話、第二十七話「吼える南緯四重奏」