ビハインド
part-a
キャットウォークの上から、ミオは搬入されつつある機体を眺めていた。
強化ガラスの向こう側では、搬入される機体と修理中の機体に翻弄される整備士たちが慌ただしく動き回っている。ロシュランテでの強襲による損害か、それとも緑の機体による損害かはわからないが、あの島での出来事がASEEと統一連合の双方へ打撃を与えたというのは確実らしかった。
「……」
あれから一ヶ月が経過した。
整理することが多すぎたため、ミオも事務的な処理を追わされていたのである。
出現した緑の機体は、ASEEの上部が総力を挙げて情報を洗っているそうだが、なかなか割れそうにないらしい。目撃情報は数件みつかったが、役に立たないものばかりだろう。
ほかにはミオが敵機の〈エーラント〉に搭乗したとかいろいろあるが、すべて書類でパスさせている。オーレグは最後までうるさかったが、上層部がすんなり受け入れると静かになった。
そんなのはどうでもいい――
思案していると、
「どうした、こんなところで。考えごとか?」
女性の声がした。見れば、車椅子のレゼアが翠色の目でこっちを見つめていた。
「レゼア。もう外出許可が出ているのか?」
ミオが気づくとレゼアは車輪を転がして車椅子を寄せて、
「あぁ、身体のほうは問題ない。今日もビンビンしている」
「……」
「……」
「……」
「ビンビンって……うわ、やらしいな。感度良好か?」
……おまえが言ったんだろ。
はぁと溜め息して、ミオはすぐさまその場を立ち去ろうとした。これ以上付き合ってられるか。
「あぁぁ! 病人を見捨てて立ち去るなんて、おまえ本当に人間か!?」
「……わかったわかった、押してやるから黙ってろ」
言って、すぐに車椅子のハンドルを取る。レゼアは満足そうにしていた。
修理中の機体なんて見ても面白くないだろうから、ミオは車椅子を押して場所を変えることにした。
あの島で起こった出来事のあと、レゼアは多くの傷害を負うハメになった。身体に受けた傷はもちろん治らないらしく、服を脱いだら醜い傷痕がいくつも見つかっていた。そのほかに脳にショックを与えられたためか、言語障害を起こしかけた。幸いにして軽度のものだっため復帰できたが――
(最大の問題は――)
レゼアの下半身が動かなくなってしまったことである。
今度は脊髄のダメージが災いして、本部で手術を施しても完治はしないそうである。
本人は病室から勝手に飛び出して「わたしは病人なんだぞ。病人なんだから許してくれ」とはしゃぎ回っていたらしいが。
だが、本当は――――。
く、とミオは言葉を呑んだ。本人がいちばん悲しむに決まってる。
「足のことなら……あんまり気にするな」
ブリーフィングルームの前を過ぎるころ、レゼアが急に口をひらいた。静かな口調だった。
「もう、足が動かないってのはわかってるから。仕方ないんだ」
辺りには誰もいなかった。自動販売機の冷却装置が音を立てるくらいで、しんとした静寂が空間をつむいでいる。
ミオは歩みをとめた。それに従って車椅子も動きをとめる。
「病院食は……あんまり美味しくなかった。あんまり勝手に外へ出るなって……何度も看護婦さんに怒られたんだ」
「――」
「ちゃんと覚えてるか? いつかあの街で、また、おまえと幸せになりたいって……言うのは、恥ずかしかったんだぞ?」
レゼアの声が震えを帯びた。
心配になって、ミオが車椅子の前へ回り込むと――レゼアは泣いていた。
子供が泣くみたいに、むせぶように泣きじゃくっていたのだ。
大粒の涙を、膝にかけた毛布へこぼして。
「また、歩きたかったんだ……あの街で、おまえと、今度は召集なんかない世界で……一緒に歩きたかったんだ……っ。あの雪の上でしたみたいに、またおまえの手を引っ張って……ずっと一緒に歩きたかったんだ……っ」
「――」
見ていられなくなって、ミオは視線を背けた。そうした途端、まぶたに熱いものが込み上げてくる。
レゼアは耐えていたんだ。ずっと。
どんなに辛いことがあっても、苦しくても悲しくても明るく振る舞って、無理を続けてここまで来たんだ。
ほんとうは自分が一番泣きたかったのに――
だから、せめてもの幸せのためにあの街で――。
それは小さな、本当に小さな幸せだったのかもしれない。
だけど、もう――。
(本当に――たった一人の人間の幸せも叶わないのかよ……っ)
咬み殺しながら……悟られないようにしながら、ミオはレゼアと一緒に――むせび泣き続けた。
part-b
[ASEE本部・第四会議室]
黒い机のまわりに、ヴンと薄暗い映像が浮かび上がった。どれも人のかたちではなく、モニターに映る二次元平面に近しい――八つのそれぞれには[voice only]の文字が漂っていて、区別するためにK、L、M、N、O、P、Q、R、Sの記号が与えられていた。
部屋は真っ暗な状態で誰もいない。遠隔地から行う会議であるために、顔を合わせる必要もないのである。
K:「さて、定例会議を始めようではないか。報告のある者は」
無言が満ちたのち、
Q:「ロシュランテに〈イーサー・ヴァルチャ〉が出現した」
L:「我らへの損害率はたったの4%だ。問題ない」
Q:「ふん、こちらに兵を出させておいて高見の見物かね。いいご身分だな」
M:「それより情報統制をどうするか、だ。下に〈イーサー・ヴァルチャ〉のデータを回すのか?」
K:「それは駄目だ。判明した情報はすべてループさせろ、下に回すと厄介だ」
N:「OS技術・パイロットともに秘匿機密とするのがいい。準AA+ランクの位置づけを要求する」
K:「賢明な判断だ。アレのデータが露呈すれば、さらなる問題を巻き起こしかねん」
P:「……問題、ね」
K:「何が言いたい」
P:「いや、何でもない。時間がないんでね、我々は先に退かせてもらうよ」
淡白に言うと、P、O、R、Sが一斉に離脱した。
しばらく全員が沈黙する。
K:「何か企んでいなければいいが」
――意見が合わないのはヒトの性だからね。仕方ないんじゃない?
真っ暗な部屋の中心、一人の少年がいつのまにかそこに座っていた。まわりに設けられた八つの席に腰かけることなく、勝手にパイプ椅子を持ち出して腰掛け、机にすらりとした足を上げている。
K:「誰だ」
「そんなに怖い声で言わなくても。初めまして、かな――八幹部のみなさん? 今は四人しかいないんだっけ」
Q:「貴様、どうしてここにいる。名を言え」
「まぁまぁ、そんなに警戒しないでよ。ここはそうだな――君たちをまねて、ぼくのことはEと呼んでもらおうかな」
N:「……いつからこの会議を傍受していた?」
E:「最初から最後まで、だよ。〈イーサー・ヴァルチャ〉の話だろ? アレがやられることはないよ。少なくともASEEと統一連合軍すべての火力を集中させても駄目だね。まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ」
M:「……」
E:「第三勢力・セレーネ。聞き覚えはないかい?」
Q:「sErEnE……? 一ヶ月前から――つまり〈イーサー・ヴァルチャ〉の出現から活動している、無人機のか?」
E:「そう。〈イーサー・ヴァルチャ〉がどこの手によって造られたのかは知らないけど、ウラでASEEの幹部が手を引いてるって話だよ」
K:「まさか……」
先ほど離脱した――四人。
少年の口元が細く笑んだ。
M:「待て、おまえは何者だ。誰とも知らない者の言葉を呑む気はない」
E:「……。……ASEE特殊幹部最高理事評議会次席、といえばわかるかな。つまりね、ASEEで二番目に偉いひと。登録名なら――」
全員が、息を呑んだ。
こんな少年が――という言葉を呑み込む。
「ミオ・ヒスィと言っておこうかな」
その少年の瞳は、まるで血のように紅かった。
今回は予定より早めにupすることと相成りました。
日曜日がつぶれたのです。ごめんねごめんねー。
そういえば、なんかU字工事がすごい売れてるらしいです。売れてないころから見てるとうれしいけど……
さぁ、そんな話はさて置いて。
感想ありがとうございました。
凪桜さま、埼さま、姫反アロさま、刹那ENDさま、ニュートリノさま、妃宮咲都さま(二回もありがとうございました)、真崎麻佐さま、宮座頭数騎さま、橘涼介バーソロさま、本当に感謝です。
メッセージもありがとうございました。
原稿用紙さま、この作品はスパロボのファンフィクションではありませんし、参戦もしませんよw
完結したらバンプレストに送りつけるのも手段なんでしょうけどねー。まぁまぁ、とにかく参戦は絶対にありえませんから落ち着いてください。
ケロさま、日ごろはお世話になってます。辛いだろうけど頑張ってね。
みぃみぃさま、UVER好きなのは一緒かもですが、RADは聞いたことがありません。今度CD借りますねー。
個人的な話は取り置いて、
予告です。
ついにレゼアが去ることとなった。
ふと孤独をおぼえるミオのもとへ、舞い戻る漆黒の機体。それは、かつて敵の手から奪い取った〈オルウェントクランツ〉だった……。
この機体は、少年にいつまで戦いを強要するのか?
そして、少年と少女の行く末は……
次話、第二十七話「舞い戻る漆黒」
折り返しから、再びスタートを切ることができました。
誰より、画面の前にいる読者のアナタへ感謝です。