第二十四話:ワールドイズエンド
ワールドイズエンド
part-a
空間転移によって、緑色の機体は一瞬で姿を眩ませた。
ミオにそれを追う気力は残されていなかったし、しょせん量産機の〈エーラント〉に、それを追える能力があるとは考えられない。
街は物音ひとつ立てずに静寂を保っている。残されているのはミオの〈エーラント〉、レゼアの〈ヴィーア〉、そしてレナの〈アクトラントクランツ〉三機だけだ。
ごとり、とレゼアの〈ヴィーア〉が仰向けに倒れ伏した。無惨にも胸部を撃ち抜かれ、そこが頭部なのか肩なのか見分けもつかない。舞い上がった砂埃や融解した金属液にまみれ、それが果たして人型兵器だったのか――と疑いたくなる。
「あ、あぁ……っ」
認められるわけがない。目の前で――ひとりの人間が死んだなんて。
「う、そ……だっ! 嘘つけ……!!」
くそと毒づき、ミオはコックピットから飛び出した。ぬかるむ泥を撥ね蹴り、機体の脚部からよじ登って〈ヴィーア〉の隔壁へしがみつく。
だが、重い金属の蓋はミオの力を受けつけようとしなかった。
何度も力を込め、隔壁の隙間へ手を突っ込んでこじ開けようとするが、それでも隔壁はビクとも動かない。
融解液が金属壁の外を這うように動いていた。おそらく緑の機体の射撃を受けて一部が融けだしたのだろう、どろりとした粘性の液を見て、ミオは思わず息を呑んだ。
こんな熱い液体が、中のパイロットへかかったら――――。
(……時間がない!)
急げと念じて、ミオは何か使える物がないか周囲を見回した。あるのは建築材の破片や倒れた樹木の枝くらいで、ほかの塵なんかでは使い物にならない。
ミオは、急いで近くの廃材を掴んだ。コンクリートに刺さった鉄筋である。
「……くそっ! 待ってろレゼア、いま助ける!!」
鉄パイプの角を、何度も隔壁の隙間へぶつけていく。終わりのない動作となろうとも、手が血だらけになろうとも、全身が汗と泥にまみれようと構わない。
「まだだ……お前は、まだ死ぬなよ……!!」
不意に、金属壁を穿つ音が変わった。隔壁が歪んでできた30cmくらいの隙間へ手を突っ込み、残りの金属部分を一気に押し上げる。
「レゼア!」
ミオがコックピットへ飛び込んだとき、レゼアは驚くほど静かな表情をしていた。
しかしその名を呼べば、微かなうめきと一緒に瞼がゆっくりとひらかれる。
レゼアは視線を伏せていたミオに気がついて、
「ミ……オっ、泣いて……いるの、か?」
深く息を吸って、少年のさらに向こう側へ広がる――夜空へと視線を投げる。
「わからないな……わたしが死ん、でも……ただ一人の味方がいなく……なった、だけだと思ってくれると……想っていた、のに……っ」
ふと笑って、レゼアの頬にすじが流れた。ミオは一呼吸おいて、
「生きていくんだったら……こんなところで泣いてんじゃねーよ。
でも――……いいんだ」
ミオは静かに振り向いて、ちいさな――本当にちいさな笑みを返す。
「泣いてるときは……泣けなくなるまで、泣けばいい」
立てるかと訊いて、ミオはレゼアの身体を引きずるようにコックピットから這い出した。後頭部を大きく負傷しているようで、レゼアの言葉は曖昧である。
ミオは残っていた壁にレゼアを預け、自らの服を裂いて応急処置を施すと、すぐに赤色の機体へと向かった。
〈ヴィーア〉と同じように隔壁を破壊し、中からパイロットの少女を引きずり出す。
「その……パイロット、もしかして……っ」
「静かに。今は何も喋らないほうがいい」
レゼアが忠告しようとするのを、ミオは片手で制した。瞬間、とつぜん現れた数台のスポットライトが〈アクトラントクランツ〉のコックピット上――つまりミオと、気を失っているレナの二人を照らしだした。
銃を構えた十数名の兵士に囲まれて、一人の白衣の女性が前に歩み出る。見ればその横に、包帯で上半身を巻かれている、警戒心の強そうな少女も立っていた。
白衣の女性は口をひらいて、
「こちらは統一連合軍所属、軍務担当のキョウノミヤです。我々のパイロットを助けてくれたことには感謝します。その子を私たちに渡してくれないかしら」
ミオは穏やかだが押し殺した口調のままレゼアをしゃくり、
「……いいですよ。ただ、そこにいるASEEの兵士を殺さないでくださいね。万が一彼女を危険な目に合わせた場合――」
自動拳銃を引き抜いて――気を失っているレナのこめかみへ突きつける。
「――彼女を殺します」
私服を纏っていたために、ミオが一般人だと映っていたキョウノミヤは驚いたようで、
「あなたは……? そ、そうね。現状において、我々はどの兵士にも危害を加えません。だから安心して」
それを聞いたミオは、静かに頷いて銃をおろした。隔壁からレナの身体を揺らさないよう飛び降りて、待機していた統一連合の兵士へ少女の身体を受け渡す。兵士たちは奥で待っていたストレッチャーに少女を預け、医療班へ――まるで作業のように、その身体を送りはじめた。
「……待ってくれ」
ミオの一言で、その場にいた全員の動きがピタリと停止する。白衣を翻して去ろうとしていたキョウノミヤも振り向いて、「どうしたの?」と言いたげに首をかしげた。
「その子に……いや、そのパイロットにひとつだけ伝えておいてくれないか」
ぐ、と拳を強く握りしめる。
この街で出会って、たった一日――それも数時間にも満たない出来事だったのに。
「戦争が終わったら、また、この街で会おうって……。どんな結果になっても……約束は守るから。絶対に――」
キョウノミヤはふと笑んで、
「……しっかり伝えておくわ。ありがとう」
今度こそ、振り返らずにその場を去っていった。ストレッチャーが収容され、続いて軍用ジープの姿が遠くなる。
ミオは小さく呟いた。
「サヨナラだよ……レナ。俺たちは、もう二度と会わないほうがいい……」
隅に落ち着いていたレゼアが、苦しそうに口をひらいて、
「ミ、オ……済んだ、っ……のか?」
「ああ」レナの消えていった方向を見送って、
「……帰ろうか。俺たちの場所へ」
part-b
遠く離れた孤島。
緑の機体が砂浜に降り立って、小柄な少女はコックピットからもがくように這い出た。
なんとか砂浜の上に着地すると、機体の関節部からガスが噴出し――機体の姿を覆った。ガスを纏うあいだは一時的に肉眼にもレーダーにも映らなくなるが、気体の持つ流動性のために戦闘中には展開できないのが難点である。
少女・フェムトは細かい砂に足をとられたが、すぐに走っていって、島の中心にポツンと立つ廃虚へ辿り着いた。
壊れかけた建物の中には誰もいないし、数台のコンピュータを除けば何もなく、その中で本当に生活できるのかも危うい状態だ。
フェムトはすぐにデスクへ駆け寄って、上に散らばるディスクを除けて薬瓶を引っ掴むと、水のはいったボトルへ口をつけ、一気に錠剤を流し込む。
これで少女の呼吸は落ち着いた。
「……」
ベッドの縁に腰かけ、野生の動物みたいにギラギラした目で部屋を睨みまわす。
何も変わったことはない。
「……だれ」
不意に気配を感じた少女は自動拳銃を掴んで立ち上がり、出入口に立っている少年へ向けた。
「やぁ。このデータ、もらったけどいいかな。使いたいんだけど」
少年は二枚あるディスクの片面を指で弾いてみせる。フェムトは銃をおろして、なかばあきれたように前髪をくしゃ掻いた。
「……勝手にするといい」
「感謝するよ。ところで、ミオ・ヒスィと戦ったみたいだね。彼は何か言っていたかな」
「……」
「何も言っていないみたいだね。それも仕方ないのかも」
ふ、と呼気が笑みを含んで、
「ぼくたちの時間は近い。灰色の世界を破滅させ、光を浴びたヒトを柱にするまでの猶予は与えられていないんだよ」
立っている少年が振り返った。
その顔はミオと瓜二つ――ただ、薄い唇が歪んだように笑い、その瞳が血のように赤いこと以外は。
「そろそろ会いに行こうかな。ぼくの分身へ」
戸口から曇天を見上げ、
「――ぼくも初陣だ」
さて、また出ました作者の怠惰。
更新遅くなって申し訳ありません。
みんな夏休みだからこんな小説読まないでどっか行ってるのかなーっ、と思うと、「一週間遅れくらいなら大丈夫かも」と思ってしまうのです。すみません。
みんなどこか行ってるのかなー?
友人がハワイ行ったとかで、お土産に弾丸キーホルダーをくれました。……戦場に行ったんだろおまえ。
では、三日後に挿話でお会いしましょう。
恒例の次回予告は、また今度。