第二十三話:ヤクソク
すみません、サブタイトル変更です。
突然おこった爆風をまともに受けて、ミオの身体は勢いよく吹っ飛んだ。
地面を二転三転――建物の壁にぶつかって肺の空気が締め出され、真っ黒になった視界が回復するのに数秒の時間を要した。
くそと毒づきながら、砂埃にまみれた身体を立ち上がらせる。
「なにが……、くっ」
何が起きたんだ……?
街全体を見渡せる場所なら可能だろうが、生身の人間が状況を把握することは、ほぼ不可能に等しかった。
いや、どんな状況だろうと、伝えなければ――。
ミオはフラフラの身を引きずって駆け出した。
レゼアと、レナへ。あの緑色の機体とだけは戦うな、と。
あんな感覚は初めてだった。背筋に悪寒が這うような――不気味な感覚だ。今までどれだけの数の敵を相手取ろうと、相手が強敵〈アクトラントクランツ〉だろうと感じたことのない感覚。
ヤバい、と思った。緑色の機体が有する『空間転移能力』に気づいた者が、どれだけいるだろう。
レゼアならあるいは、とも思ったが、所詮〈ヴィーア〉の戦闘力では、気づいた瞬間に屠られるのが限界だ。
レナは――と思って、ミオは首を横に振った。
(間に合え……っ、)
走った。口の中がカラカラになる。それでも、マズいかもしれない。
間に合わなかったら?目の前で二人が死んでしまったら?
(そんなのダメだ……!)
雑念を振り払い、ミオは視界に何かを感じて立ち止まった。
通りの曲がり角に――〈エーラント〉が崩れた姿勢で埋まっていた。先の衝撃で建物へ直撃したのだろう、機体にはコンクリートの粉塵や鉄筋の突き出した建造破片が覆い被さっている。コックピット隔壁が開いているのを見ると、パイロットは負傷をおって離脱したのだろうか。
(ダメだ。よりにもよって敵の機体なんて……)
乗れるわけがない。
(なにより――……俺にはシステムEが必要なんだ)
ミオは首を振って、もとの道を直進しようとした。
ふと左を見て、
「――」
ミオは息を呑んだ。
建物あいだ――ギリギリ衝撃がかすれた向こう側には、街の続きがなかった。赤茶色に抉れた大地が広がり、丘は崩れ、融解したアスファルトが飛び散ったまま、静寂を保っている。
これが――――先刻うけた衝撃の正体なのか?
疑問はそれだけだった。ひとつの機体がこれほどの破壊を?
街すべてを呑み込んで、その半分を蒸発させるほどの?
あの、自分を守った――緑色の機体が? そんな疑問もサッパリで、
『この街は、わたしが生まれた街なんだ。同時に、育った場所でもある』
レゼアの声が、蘇っていた。静かに降る――まるで雪のように。
『今がどうであろうとも、昔の――あの時の自分は、この場所に居続ける。
これが、現在のわたしを支えている理由なんだ』
この街が失われたなら――レゼアはどうするのだろう。
帰る場所も、何もかも無くなってしまったら。
あの時の――古くなった校舎の前で見せた寂しい笑顔も、一緒に消え去ってしまうのか?
『そうだ。戦争が終わったら、もう一度この街で、お前と幸せになりたい。なんだか死ぬ前のセリフみたいだけどな』
フッと、ミオの中で何かが切れた。
小さく呟きながら、脚は〈エーラント〉の方向を目指していく。
「システムEがなくても……俺は戦えるハズ、だよな……?」
ミオはコックピットへ飛び込み、素早く計器を操作して機体を立ち上げる。
すでに通信回線は切断されていた。おそらく故障だろうが、壊れていたほうが都合がいい。
敵の機体に搭乗していると知られたら……と想像すると寒気に襲われたが、そんなことはどうでもいい――と、ミオは余計な考えを切り捨てた。
(……あの機体)
おそらく射撃は効かない。特殊なバリア領域かなにかが射撃を無効化し、かといって格闘に持ち込めば空間転移をするハズ。
もしも相手が「誰でも同じ」なら。
ただ――よく考えてみる。
緑色の機体は、この街に存在するすべての戦力を消そうとしていた。それが人だろうと機体だろうと、である。
だが、ミオだけは違った。
自分だけは、あの機体に守られた。
それは一体なぜだ?
(あのパイロット――俺を知っているのか……?)
ミオ・ヒスィという人間にまつわる、特殊な事情を。
(いや、まずは……)
ようやく立ち上がって機体の姿勢を沈ませ、一本のストリートをレールに見立てる。
この通りの先に、あの機体が。
瞬間、〈エーラント〉は最大の速度を得て――建物のあいだを全速力で駆け抜ける。押し迫るGに耐えて、ミオは歯の隙間から声を絞った。
(レナも……レゼアも……死ぬつもりなのか?)
見えてきたのは、ライフルというにはデカすぎるそれを突きつけられた〈アクトラントクランツ〉。
(お前たちは……、)それで満足なのか?
自分が死んでも――悲しむヤツがいないとでも?
自分なら死んでも構わないとでも? 大切な『ヤクソク』を放棄してまで?
〈エーラント〉は加速する。
レンガのタイルを踏み散らし、邪魔な建築材の山を勢いよく蹴りつけて。
〈エーラント〉はひたすら加速する。
緑色の機体が映った。距離にして50メートル。
全身全霊全力を絞って――――…
「―――――――――っ、ざっけんじゃねぇ!!」
ミオは〈エーラント〉の全体重を緑の機体へぶつけた。シールドにも障壁にも阻まれることなく、誰も触れることすら敵わなかった機体へ。
不意討ちを喰らって、緑色の機体はバランスを失った――これを好機としたミオは〈エーラント〉の出力を上げて、さらに押し込める力を強める。なかば力押しで緑の機体をストリートの端まで追い詰め、ミオは外部スピーカーへ向かって激昂した。
「すぐにこの戦場から立ち去れ……! お前も、ここにいられる人間じゃないんだ!!」
緑の機体の頭部が動き、ようやく〈エーラント〉の姿を捉えた。通信が届かないのを感じ取ったのか、同じく外部スピーカーが返答を返す。
『うるさい……。あなたは死なせないのに……なぜ出てくる』
「ッ! お前、やはり俺を知ってるな。いったい誰なんだ、お前は!?」
緑の機体は答えず、ライフルを構えている利き腕をもがつかせた。
ライフル・ソード両用武装のところは〈オルウェントクランツ〉と類似しているが――現状では詳しく把握できそうにない。
ただ、あと一射を撃たれてはならないことだけは理解できる。次が撃たれれば、おそらく街のすべてが消えてしまうだろう。
「そんなこと……」させるかという言葉を、ミオはかろうじて飲み込んだ。
じりじりとにじりよってくる緑の機体――その歴然とした力の差を感じ、ミオは再び外部スピーカーへ怒鳴る。
「この街にいるすべてのパイロットへ通達するッ! ASEE、統一連合と問わず、すべての機体は近くにいる機体を回収して離脱しろ! 聞こえた機体は回線を通して情報をまわせッ!!」
言って、ミオの声を受け取った〈エーラント〉が真っ先に離脱――続いて〈ヴィーア〉が戸惑い気味に離脱していく。
だが、ストリート中央に立ち尽くしていたレゼアの〈ヴィーア〉だけは動こうともしなかった。
「!? レゼア、そこのアクトを連れて離脱しろ! ……おい、聞こえてるのか!?」
何度呼びかけてみても、レゼアの〈ヴィーア〉は微動だにしなかった。
気を失っているのか――とも思ったが、そんな悠長なことを言っていられる場合ではない。
現に緑の機体はライフルを――その利き腕を、力の限り〈エーラント〉の拘束から引き剥がそうとしている。
時間がない。
「くそ、はやく動けよこのバカ! お前はこの街が守りたいんじゃないのかよ!?」
〈ヴィーア〉は動かなかった。
「生きてきた街なんだろ!? 帰りたい街なんだろ!? なんでだよ、なんであんなに寂しく笑えたんだよ!! 生きて……、死ぬまで生きて、またこの街で幸せになりたいんじゃなかったのかよ!?」
ようやく気づいた。レゼアは生きたがっていたんだ。
なにが正しいのか。なにが悪いのかもわからずに戦って、今の自分が嫌いだと思えても、理由さえ失っても――それでも希望ってのを信じて、ココまで生きてきたんだ。
どんなに苦しくても明るい気風を纏って、どれだけつらくても泣かないで、
「本当は……誰よりも泣きたかったのは自分なんだろ?」
今さら、気がついた。
その一言で、ようやく〈ヴィーア〉が駆動、凄まじい瞬発力で、うずくまる〈アクトラントクランツ〉へ向かう。
だが。
緑の機体――その利き腕の動きのほうが、僅かに速かった。
ミオは目の前の光景に青ざめて、
「ま、待て……やめろ!」
ライフルの方向は、確実に〈ヴィーア〉の中心を狙っていた。
ライフルの尖端へ黒いエネルギーが黎束――ウゥ…、と収束気密の音が空気分子を震わせる。
「や、やめ……」
そして――――――――――――発散。
〈エーラント〉は阻止の動きを見せたが、惜しくも間に合わず……散った。
「やめろォぉぉ――――――――――ッ!!」
黒閃が、無惨にも〈ヴィーア〉の中心を撃ち抜いていた。
ミオの身体から力が抜けていった。
ビームの通過した軌跡には胸部を貫かれた〈ヴィーア〉が残る。
緑の機体は空間転移を使って離脱したが、ミオにそれを追う気力は残されていなかった。
……なにもかも、手遅れだったのか?
ようやく気づいたこの思いが、激しく少年を揺さぶる。
次話、「ワールドイズエンド」