第二十一話:ガーディアン・エンジェル
2010.4.12 更新完了
ライフルのエネルギーが切れた。
レッドゾーンを示した武装を投げ捨て、レゼアは〈ヴィーア〉を滞空させる。
燃える街を見て、レゼアは押し黙った。
自分の放つ光が、街を壊してゆく――そう考えるだけで、冷たい心持ちになってくる。
自分の育った場所が――生きてきた場所が――
しかし峻巡は許されず、
『こっちだ』
回線を通じる声でレゼアは反応――慌てて回避。建物の隙間から飛来した斬撃が〈ヴィーア〉の装甲をかすめ、漆黒の夜空へ消えていく。追い撃ちをかけるように流れた二本目の斬撃軌跡も回避、同時にレゼアは背面ポッドを開いてミサイル群を噴出――させるが、飛び出したのは若干三発のみ。弾切れだ。
フィエリアの声は冷笑したように、
『――どうやら切れたみたいですね。射撃戦は、飛び道具がなければただのゴミです』
レゼアは応じて、
「随分なことを言うな、おまえは。射撃戦嫌いなのか」
『教えるつもりはありません。〈オルウェントクランツ〉がいない今日、あなたは恰好の標的でした』
「……なるほど。わたしを潰すのが目標だったか」
コックピット内で感心する。
現に〈オルウェントクランツ〉を失ったため、特機仕様であるレゼアの〈ヴィーア〉が現状でのASEEの切り札だ。その『切り札』を沈めるための侵攻だったに違いない。
どんな理由にしろ、この街へ侵攻した行為を許すつもりはない。
相手がどれだけの機体を投入しようと、
(……地獄まで付き合ってもらう)
思うと、スロットルを握りしめる手に力がこもる。
もし――あくまで『もし』の話だが。
わたしがこの街とともに朽ちたら、ミオは悲しむだろうか?
敵の戦力を削り、この街を護るために死んだのなら――
(いや……そんなことはないな)
レゼアは首を横に振った。アイツだって覚悟はできているハズだ。自分が一人死んでも、『戦力がひとり減った』として捉えてくれるだろう。
ただ、ここでフィエリアとの戦闘によって無駄死にしてしまえば、ミオへ負担を残すことになる。
(あと少し……死ぬことは許されん)
覚悟を、決める。スロットルを、絞る。
レッドゾーンを示していたエネルギー状態を強制励起させ、隠していたプログラムを解放――レゼアの頭脳がフル稼動、不可解な文字式が一様の記号へ組み替えられる。
レゼアは呟くようにして、計器に流れる緑色の式を詠み上げた。
VEEAE――――Razee-Reclam.
FINAL RESTRICTIONAL CODE――BREAK.
LIMITED CODE――――[guardian angel].
PARAREL SPHERE ……DISCHARGE.
ALL SYSTEM SEVERED.
背面からミサイルポッドが外れ、音を立てて地面へ落下。同時に分離した二基の後部スラスターが空中へ飛び出し、〈ヴィーア〉の両腕とレーザ接続――
すべての武装を取り外し、腕にスラスターが付いた状態だ。
『な……っ!? バカな、そんな状態で――』
フィエリアが今更になって驚愕する。ふ、と呼気を孕み、レゼアはコックピット内で笑んだ。
「射撃戦がどうのこうの……あまりわたしを笑わせるなよ」
赤茶けた地面を蹴り上げて、レゼアの黒い〈ヴィーア〉が加速していく。標はフィエリアの〈エーラント〉――むろん正面突破である。
〈エーラント〉は遅くも大太刀を袈裟構えしたが、
「いいか? ひとつ覚えておけ――」
〈ヴィーア〉の拳が、ジェットスラスター加速で重さを得る。
「この機体とわたしの拳は――お前の斬撃よりも疾いぞ……!!」
最後の拳圧を叩き込むと、フィエリア機は電機ケーブルをショートさせながら地面へ崩れた。胸部エンジン大破、〈エーラント〉の頭部は損傷――見るに堪えない光景である。パイロットは死んでいないだろうが――気絶程度にはやられているだろう。
レゼアは倒れたフィエリア機から、レーダーへ目を移す。回線から声が届いた。
『いやぁ、フィエリアがやられたか。ま、結果は予測できてたけどな』
ゆったりした男の声は、レゼアの射程圏外からのものだ。レンズを望遠化すれば――小高い丘の頂で、長砲身を向けた機体がわかる。
「……もう一機か」
レゼアは小さく吐いた。〈ヴィーア〉が膝を沈めて屈む。
走る体勢になった黒い機体を、男の声がなだめた。
『あまりカリカリすんなよ? ……ところで、協定でも結ばねぇか?』
「なんだと?」
レゼアは疑問を浮かべて思案した。まさか敵のパイロットは、統一連合を裏切るつもりなのだろうか?
男の声は頷いた様子を見せて、
『ああ。出てこいよ、ずっと遠くから見てんだろ?』
言って、長砲身を構えた〈エーラント〉は上空を仰ぎ見た。レゼアは注意しつつ、同じ方向へ視線をそそぐ。
そこには――滞空する、緑色の機体が。サイズは大きい。横幅も肩の大きさもそれなりだが、武装や脚部は――おそらく厚い表面装甲を外せば、
「ク、クランツ……?」
『ああ。俺たち統一連合の開発した二機が基盤になってる。だが統一連合のデータベースに、あんな機体は存在しない』
「味方じゃないのか?」お前の、と付け加える。
『いや。俺は知らないね、あんな機体。アンタらの量産機〈ヴィーア〉も、こちらの手負いもお構いなしにやられてる』
「――」
つまり、第三勢力。レゼアは思わず言葉を失った。
この状況で、ASEEや統一連合のほかに戦争を続けようとする組織がある。
んで、と男の声が続けた。
『こんな理由で、協定を結ぶってワケだ。乗るかい?』
「いいだろう。ヤバい気がするのはわたしも同じだ。ヤツを二人掛かりで潰したら、今日のところは手引きにしろ」
レゼアは押し殺した声でのしてみた。なにより――と、緑色の機体へ視線を投げる。
〈オルウェントクランツ〉、〈アクトラントクランツ〉の二機をベースにした機体なら――足して二で割るのではなく、足してそのままならば――あの緑色の機体は、あまりにも危険過ぎる。
『さて、』
砲身を抱えた〈エーラント〉が、滞空する緑色の機体へ銃の口を向けた。
『――いかせてもらうぜ』
〈エーラント〉は二発、三発を立て続けに発射、丘の斜面を駆け降りつつ横からの連続射撃を浴びせる。
対する緑色の機体は右腕を射線へ突き出したかと思うと、小さな孔から斥力の場を展開――電磁波雲を視覚化したみたいな黒いバリアを広げた。
弾道は真っ直ぐな軌跡を描いて――バリアに打ち消される。否、呑み込まれたというべきだろう。
『弾かれた!? 装甲貫通弾だぞッ!?』
「完全な無効化だ。わたしに任せろ」
レゼアの〈ヴィーア〉は緑色の機体の背後へまわり、建物を台として跳躍。
ジェット加速した右の拳を溜めて、
「はぁああぁぁぁ――ッ!!」
最大の勢いで向かうが、メインカメラが捉えたのは空っぽの空間だった。
(――速い!?)
慣性に負けて、〈ヴィーア〉が建物へ衝突――のめり込んだままの姿勢で崩れる。
崩壊したコンクリートの粉塵を浴びながら機体を立ち上がらせて、
「っ……、違う! 駄目だ、コイツには勝てないッ……ヤツは――」
空間転移だ、と続けようとしてレゼアが見たのは、
ゼロ距離まで引き付けて砲弾を放つも無効化され、
ライフルというにはデカすぎるそれを突きつけられた〈エーラント〉――
それが、あまりにも呆気なく撃ち抜かれる瞬間だった。
一瞬、世界から音が消えた。
ライフルの尖端から迸るは、真っ黒なエネルギーの塊。
ぐらりと夜の光景が歪み、次の瞬間には――丘ごと喰らった光が、街を駆け抜けた。
あとに残されていたのは、地肌を剥き出しにされたロシュランテの街。
小さな街の半分が、跡形もなく蒸発していた。
読了ありがとうございました。
さて、予告です。
遅れたレナは惨状に息を呑む。
そして対峙する緑と赤の機体。
〈アクトラントクランツ〉はリミッター解除するが……。
次話、「サヨナラ」