第二十話:茫然
part-c
ミオは炎に呑まれる街の中で、茫然自失していた。
シェルターに隠れていた一般市民はすでに逃げ出し、市民を擁護していた統一連合の兵士たちも、地下シェルターを見捨てたらしかった。
だから、辺りには誰もいない。
レンガ造りの棟が焼けていき、室内から熱されたガラスが跳ね割れてゆく。白かった雪は、生み出された炎によって灼き殺されていた。
ミオは、やけにぬかるんだ街並みを進んでゆく。
言葉もなく――行く先もなく。
(……どうして)
漠然と思う。
なぜ、こんなことになった?
レナは統一連合の兵として、また戦場に立たなければならないだろう。
それが彼女の望みだったのか?
答えは出ない。さっきまで隣にいた少女は、もうここにはいないのだ。
自分が再び戦場に立てば、彼女を殺さねばならないのか?
(……)
いっそのこと逃げてしまおうかとも思ったが、それだけはマズい。逃げれば、今度はASEEがミオを抹消しようとするはずだ。何より――とミオはコートの中のポケットにある青い鳥のマスコットを握りしめていた。
なにより、今はレゼアが心配だ。
角を曲がる寸前、今度は小銃を構えたASEEの兵士が現れる。二人組の兵士は、こんな状況の街を歩く不審人物の名前を確認しようとしたが、
「……失せろよ」
ミオの舌打ちで言葉を引っ込めると、彼らはそのまま持ち場へと消えていった。
角を曲がってミオの目に飛び込んだのは、血と炎の惨劇と化した広場だった。少し幅の広い場所には数台のジープが停められ、同じく小銃を構えた兵士たちが、建物の中へ残らず散弾を放っている。
おびただしいまでの死人が、広場の向こう側に散らばっていた。統一連合の軍服を纏った兵士もいれば、中には一般市民も多く混ざっている。おそらく統一連合兵によって護送途中だった市民が、兵士ごと襲われたのだろう。
散在するジープに囲まれるように立っていたのは、
「こんなところで何をしている、ミオ・ヒスィ?」
オーレグ・レベジンスキーだった。ロシア系のがたいの良い男で、振り向いたその表情には余裕の笑みさえ浮かんでいる。
「……問いただしたいのは俺のほうだ。こんなところで何をしている」
「わからんかね、残存勢力を掃討中なのだよ」
「……俺には一般市民が勢力だとは思わないが」
「その一般市民こそが勢力なのだ。今回、我々の艦の位置が特定された――その要因は一般人にある」
「……密告か」
「そうだ、だから排除している。第六施設島のようにはさせんよ」
オーレグはさらに指示して、街の奥に隠れた一般市民も捜せと追加した。
艦はどうなっている――と訊こうと思ったが、どうせオーレグのやることだ、回避プログラムを埋め込んでおいたに違いない。
「君は知らないだろう? こんな戦争の原因――第六施設島は統一連合とASEEのいさかいに巻き込まれたが、死者はゼロだった。なぜかわかるかね?」
「……」
「誰だかわからないが、権限を持つ者が、『誰も殺さないよう』我々に指示したのだ。命令違反を回避するため指令には従ったが――まったく面倒なことをしてくれたものだ」
「……ああ。本当だな、それは。まったく嫌になる」
ミオは前髪を掻いた。口を開いて、
「……レゼアはどうした」
「出撃したよ、勝手に」
「勝手に? ……呼び戻したのはお前だろ」
オーレグが怪訝な、しかし険しい表情をみせた。ミオは最初、この男がとぼけているのだと思っていた――が、どうやら本当に知らないらしい。
ミオは踵を返して、広場と反対へ向かった。少し歩けば、銃弾の音が風に掠れてゆくのがわかる。
(……レゼアは勝手に出撃した?)
しかし、連絡は端末で受けていたはずだったし、それはミオも確認している。
聞き間違いだったんだろう、と開き直って、ミオはさらにストリートを進んだ。突然、空気を切り裂く音が鳴った。戦闘機などの音ではない、もっと――
ミオは正体に気がつき、慌てて見上げた夜空をふたつの物体が滑空してゆく。
建物すれすれを飛び、直撃。低姿勢を取るも間に合わず、爆風をまともに受けたミオの身体がまきあげられ――地面へ二転三転、近くのコンクリート壁に激突して停止する。
(……巡航ミサイル!? いったいドコが――)
考える間もなく、安全な遮蔽物の影へ隠れようとする。
そうして、ミオが見たのは――ASEEの量産機、〈ヴィーア〉。
味方かと思った瞬間、それが絶望に変わり果てる。オーレグの指示がミオの頭に響いた。
彼らは、一般市民ごと掃討中なのだ。
頭部がこちらへ向く。機関咆が唸りをあげ――
(――やられ、る……?)
思った瞬間。何かが、飛ぶ音がした。
エンジン音でも、モーター音でもない。空間ごと叩きわったような、音。
ミオが目をひらいたとき、
〈ヴィーア〉は音もなく、叫びもなく、ただ、上から真っ二つにされていた。
――代わりに。
ミオを護るように立っていたのは――
大きなビーム刃を降り降ろした――
屹然と立つ、緑色の機体だった。
(な、なんだ……!? あの機体……俺を護った、のか?)
爆発を聞きつけた〈ヴィーア〉が二機、角から現れる。全高20メートルそこそこだから、大きな建物があればすっぽり隠れてしまうのだ。
ミオは慌てて緑の機体へ向き直り、
「お、おいお前……っ!?」
『下がって』
冷たい一蹴。
次の瞬間、そこにはすでに――緑色の機体はいなかった。
代わりに、置いていかれるようにして爆散する二機。
ミオは何が起こったのか理解できず、ただ、ひたすらその場に立ち尽くしていた。
読了ありがとうございました。
んでもって予告。
予告。
対峙するフィエリアとレゼア。レゼアは弾切れを示した黒い〈ヴィーア〉の真の力を解放する。
解き放たれた力とは……?
そして向き合う緑色の機体を前に、イアルはレゼアとの間に「協定」を結ぼうとするが……?
次話、第二十一話「ガーディアン・エンジェル」
遅れないよう努力します。うん……たぶん大丈夫。かもよ?