第十八話:エックス・デイズ(後編)
更新遅くなって申し訳ありません。
話をどうしようか、結構悩んだ末の結果です。
統一連合軍の兵士に促されるまま、二人は地下シェルターへと退避していた。鋼鉄製の多重扉の中には予想外の量の避難民が収容されたため、暗いスペースの中は多くの人で溢れかえっていた。
ミオに続いてレナが押し込められ、最後の扉が閉鎖――ロックされる。
レナは息が切れたのか、
「……ごめん、ちょっと気分が悪いから」
手を離して歩いて行き、レナは膝を抱えて壁際に座り込んだ。膝のすき間に顔を埋める少女の隣に、ミオもならんで座る。
壁が、外で行われる戦闘の音を伝えている。重さにして20トン近い機体が着地するだけで、腹の底から響く音が大地ごと揺るがすのである。
続いて爆発音と、火花のショートする音。シェルター内の電灯が一瞬だけ明滅した。
「……ここも危ないな」
揺れる天井を警戒して、ミオは小さくぼやいた。いくら地下シェルターといえども、戦闘が激化すればいつまで保つかわからない。
少なくとも――と、ミオは隣の少女へ目を移した。少なくとも彼女の前では、自分は無力な一般市民なのだ。機体を駆ることもできず、銃の撃ちかたも知らないフリをしなければならない。
「……むかし、ね」レナが、突然口を開いた。膝の隙間から聞こえる声は、しかしもごもご言っているようにも感じられる。
「十年前くらいかな。その時も、こんなことがあったんだ」
「……」
「あたしの家族はね、テロで殺されたの。最初の爆発から逃げて、二度目の爆発で――死んだのよ。それで生き残ったのが、今の自分なの」
「……」
「なんで――いっしょに死ななかったんだろ」
「……やめとけ。今はそんな話」
周りの避難民の視線が、こちらにジロジロ集まっていた。
ミオはレナの話をやめさせようとしたが、場所を変えようと言うだけで精一杯だった。彼女はいちど頷き、すぐに立ちあがると自分で歩いて、シェルター設備のトイレに近い部分へ行くと再び座り込んだ。
「なんで――生きたい人が死んで、生きる理由もない人が生きなきゃならないんだろ」
「……やめとけ」
声に苛立ちが混じる。
「べつに、生きていく理由もないのにね」
「……やめろ、そんな話」
苛立ちを露にして、ミオが答えた。
「あたしには、何もないのに」
ミオの限界がフッ切れた。
「レナ、もういい加減に――、……!?」
肩を引き寄せて揺らすと、薄暗い電灯が彼女の表情を照らした。
ふてくされたみたいに言っていた彼女の表情は、自分で見るのも情けなくなるくらいの――泣き顔だった。
赤く泣き腫らした目、かすかに震える唇。 二秒のあいだ――ミオはその表情に、心奪われていた。
……自分は、この少女に何もしてやれないのか?
思うと同時に肩から手を離し、ミオは口を開いた。
「……俺の友人に、ASEEの兵士がいる」
「っ!? ほんと、なの?」
そうだ、とミオは話を続けた。
「ソイツは平和だの何だの……考えて戦うヤツじゃないんだ。ただひたすら、自分が存在する理由が欲しいって……それだけだって、言ってた」
「……」
「でも、誰かを殺せるような人間じゃないとも言ってた。誰かを犠牲にしてまで生きていくほうが、耐えられないんだって」
「優しいんだね、その人」
ミオは驚いたようにして、
「そうかもしれないな」
小さな――本当に小さな笑みを返した。
レナは目のまわりを手の甲で拭ったあと、コートのポケットをごそごそあさり、チケット二枚をひらつかせた。行こうと思っていた映画の半券であると同時に、二人を引き合わせた原因でもある。
レナは呆れたような声で、
「あーあ、けっきょく行けなかったね。どんな映画だったんだろ」
「さぁ、な。また今度、いつでも行けるさ。その時に確認すればいい」
「そだね」
レナは一枚をミオの鼻先に押しやって、
「あげる。また今度、行くんでしょ? いつでも」
ミオは仕方ないといったふうに受け取り、
「いつかきっと、な」
それから、とりとめのないことを二人で話した。「好きな食べ物は?」から始まって、俳優の話、アクションの話、友人の話まで何でもだ。世間に疎いミオにはよくわからない話題もあったが、わからないならわからないなりに、彼女の話を聞いていた。
(いつまでも、こんな話をしていたら……)
……そんなことが可能だったら。
ミオはそんなことを思ってしまう。
彼女が傍にいれば、自分の中でも――何かが変わるかもしれない。
真剣に、そんなことを思った。
時計の針がゼロ時を示した。
日の変更――25日になる。
レナはふと立ち上がって、
「……ごめんね」
にっこり、笑んだ。精一杯の笑顔、といえばいいのだろうか。
今にも泣きそうな笑みを見せて、である。
そのとき。
爆風が、シェルターの壁に大きな穴を穿った。天井の角が勢いよく吹き飛ばされ、鋼鉄の巨人の手が瓦礫を除ける。
現れたのは統一連合軍の量産機体。
「――エ、〈エーラント〉……?」
それを見て、ミオは呆然と呟くしかできなかった。
レナは頷いてミオに近寄り、両手で少年の頬を包んだ。
「統一連合所属のレナ・アーウィン。これだけは覚えといて、あたしは軍人よ」
「……知ってる」
「そ。バレてたんだね。じゃ、行く前に」
一生しないままでもイヤだから、と。
小さな吐息を合図にして、唇が重なった。ほとんど強引である。
永遠のような一瞬だった。
レナは今度こそ何も言わずに、立ち尽くすミオに目もくれず、背中を向けた。
〈エーラント〉が苦戦していた、最後の瓦礫が剥がされる。
街を呑む炎の中に立つのは――真紅の機体アクトラントクランツだった。
瓦礫の山が崩れ去る。レナは最後も笑って、
「さよなら」
一生懸命に、それだけ言った。
ミオは何も出来ずに、炎の中に視線を彷徨させたまま――ただ、立ち尽くしていた。
ありがとうございました。
そんなわけで(久しぶりの)予告です。
予告
街が炎に包まれるなか、突如出現する転移反応。しかし驚愕するはずのキョウノミヤの表情は、しかし笑みに歪んでいた。
一方、フィエリアと合間見えるレゼア。
大太刀が光の弧を生み、疾る斬撃と散る群波。
次話、第十九話「光の、速度」