第十七話:エックス・デイズ(中編)
part-a
離れた場所で、少女は黒色の空を眺めていた。
漆黒の空は、しかし晴れることがない。かといって、少女のまわりで雨が降ることもなかった。
少女のいる場所では、常に厚い雲が空を覆っている。
だから、空色をした空は見たことがないのである。必要のないことかもしれないが。
上空で、人型をした機体が勢いよく飛び去ってゆく。統一連合軍の〈エーラント〉だ。どれも白色の装甲で、空戦のフレームを装備して飛行を可能にしている。
「……行かなきゃ」
少女は再び、緑色の機体へ歩み寄っていった。
全高20メートルにも及ぶ緑の人型兵器――には、武装がないようにも思えた。
ただひとつ、背面に担ぐようにされた、尖端の分岐した剣を除いては。
15メートルある、巨大な剣。戦艦も真っ二つにできそうだ。
コックピットへ収まる、少女の名前は-15といった。
彼女の前では、いつも曇天。晴れた空を、彼女は知らない。
曇りの空を見上げる緑色の機体――名を、〈イーサー・ヴァルチャ〉という。
その意は、「空を切り裂く鳥」である。
同時に、それは――
二機の〈クランツ〉と、同型の機体だった。
part-b
ミオが怪訝な表情をすると、少女はすこし驚いたようだった。彼女は立ち上がってずんずん近寄ると、ミオの顔を覗き込んで首をかしげる。
「どっかで見たことあるよね?」
「……気の」せい、と言おうとして、
「あーっ……って、大声ださないほうがいいね」彼女は慌てて声をひそめ、「第六施設島で会ったわよね。ほら、モノレールの中で」
少女は納得したように「うんうん」と頷いた。そこまで言われると、どうやら否定の余地はなさそうである。
ミオが黙ったまま頷いてみせると、彼女はニコと笑んで、
「無事だったんだ。よかったね!」
「……あ、あぁ。まぁな」
「あれからどうやって逃げたの?」
機体を強奪して逃げたなどとは、この少女には口が裂けても言えない。
ミオは表情を繕って、
「ASEEの軍の人たちが来て……島から逃げた。混乱してたから覚えてないけど」
「そっかぁ。じゃ、その中にあたしも混ざってたかもしれないね」
彼女は笑顔を続けたまま言った。
(……どういう意味だ?)
ミオはすぐさま疑問を抱く。
この少女は、紅の機体〈アクトラントクランツ〉に搭乗していたハズである。
あの島――ミオは機体の中で、彼女と接触していたのだ。間違いなく。
それが、なぜ? ――彼女がウソをついたとでも?
少女は白く吐息して、
「あ、そうだ。名前きいてもいいかな?」
「ミオ。……ミオ・ヒスィ」
「あたしはレナ・アーウィンね、よろしく」言って、手を差し伸ばしてくる。「名乗ったら握手」
あぁそういうものかと、ミオは手を重ねた。暖かい手である。包み込むような体温のそれは、どこか懐かしささえおぼえた。
「寒いからどこかお店はいろっか。夜の映画まで時間があるし。あ、べつに夜の映画だからって、エッチなヤツじゃないから安心するように」
そう言うと、むふふと笑ってみせる。何だそのいやらしい笑いは。
結局、ミオは一方的ではあるが『デート』に誘われてしまった。
ストリートを歩きながら、二人は互いのことを話していく。といっても、ミオはレナの投げ掛ける問いに答えるばかりだった。
「この辺りに住んでるの?」「家族は?」とか、自分にとっては無縁に近い問いばかりだったが、ミオはなるべく答えるよう努める。
話の流れでは一応、ミオは姉と一緒にロシュランテの郊外に住んでいる、ということにした。どこか遠い場所と答えても構わない気がしたのも事実だが、思いつく街の名前がなかったのである。
レナは頷いて、
「へぇ、この街なんだ? 奇偶だね、あたしは隣のエルランデに住んでたんだ――って、どしたの? 顔色悪いよ?」
「いや、なんでもない」
「?」
まさか隣街だとは思わなかった――と、ミオは冷や汗を流して青ざめる。
……選択を間違えたか?
青くなった少年を、レナがまじまじと見ていた。このままでは怪しまれること間違いなしである。
ミオは表情を可能な限り繕って、
「そ、それより……俺でいいのか? 誘う相手なら、他にもいる気がするのだが」
「ん、アンタでいーの。ま、外見もそこそこだしね。及第点ってヤツかな。
おなか空いたし、どっか入ろ?」
はぁと溜め息をつく。なんだか、どうにでもしてくれといった感じである。
レナが「普通のレストランでいい?」と言ったので、二人で店を探すことになった。日が日だけにどこも満席で、けっきょく見つけた先の店も行列だったため、諦める。
――で、路地裏の通りで見つけたのが。
「定食屋……は、さすがにないわよね」
「そうだな」
「もうっ! 何なのよまったく……」
「どうした?」
「おなか空いたのっ!」
「じゃあこの店、」
少年の鼻っ面にハンドバッグをぶつける。
「……痛いぞ」
「特別な日に定食で済ませるヤツがどこにいるのよ!」
どうやら怒らせてしまったらしい。
「……わ、悪かったか?」
「悪い。クズ。グズ。ゴミ。バカ。もう死んじゃえばいいのに」
……駄々っ子かおまえ。
考えつつ、ミオは「はぁ」と嘆息。先が思いやられて、前髪をくしゃくしゃ掻きむしる。
「じゃ、また表通りに戻るか?」
「おなか空いた」
「……。せめて会話は成立させてくれ」
雪の上にしゃがみこんだレナを前に、ミオは途方に暮れた。
だいたい、彼女とは初対面の人間だというのに――
(どうして……こんなに)
わがままで、強情で。
戦っている時とは違う側面、と表現すればよいのだろうか。自分がイメージしていた敵の姿とは違ったのである。
(こんな少女と戦っていたのか……俺は?)
と考えると、なんだか苦笑してしまう。
彼女は何かに気づいたらしく、
「あ、あれ……」
レナが指さした方向を見ると、銃を携えた兵士8人が規則正しい動きで路地を進んでゆくところだった。
軍服から察して、
「統一連合の人たち、だよね」
「……ああ、そのようだ。ここにいたら邪魔だ、隅に寄ろう」
言って、ミオはレナを引きずるように道の脇へ寄せた。兵士たちは二人を気に留める素振りもなく、メインストリートのほうへ消えていく。
レナの視線から隠れた場所で、ミオは兵士たちの背中を冷たく見送っていた。
あれは、敵――だが、彼女の前では公言できるはずもない。
立ち上がったレナが口を開く。
「どこも緊迫してるね、この街もそうだけど。みんな戦争ばっかりで嫌になるわ」
「……あぁ、そうだな」
「早く終わればいいのにね」
「……そうだな」
声のトーンが急加速で落ちてゆく。
二人の間が微妙な感じになってきた。
今の――彼女が統一連合軍の兵士を見る目で、ミオは気がついた。
少女が、じぶんの身分を必死で隠そうとしていることに。
だから自分は、それに気づかないフリをしなければならないのだ。
軍の人間だと知られてしまえば、彼女が再び壊れてしまうかもしれないから。
「レナ――」
呼び掛けた先。
大きな爆発は、市街地のほうで起こった。重く、腹の底から響くような音である。
遠くを見れば、すでに火の手が夜空に上がっていた――と同時に、逃げ惑う人々の悲鳴。真っ先に建物から飛び出し、転び、立ち起きながら、人々はひたすら逃げてゆく。
軍服の兵士たちが戻ってきて、何かを声いっぱいに叫んでいた――が、それもむなしく、新たな爆発音に掻き消される。
遠くには――
統一連合軍の量産機〈エーラント〉が三機。
ミオはレナの手を取って、
「逃げるぞ」
繋がれたその手を、しかしレナは怯えたように振り払った。
ミオが訝かしんで視線を返すと、
「え、えっと……」
泣きそうな表情で。
迷ったみたいな表情で――
思わず振り払ってしまった手を、レナのもう片方の手が抱きしめていた。
「……逃げるぞ。避難区域だ」ミオはもう一度、その手を取る。
「う、うん」
少女の声は、掠れるほど弱かった。
読了ありがとうございました。
6月13日土曜日あたりに設定資料を追加しますので、またご覧ください。
では予告。
ミオとレナは地下シェルターへ退避していた。
激化する戦闘の中、少年は「少女が戦う理由」を知る。
涙ぐむ少女に、自分は何もできないのか?
第十八話、「エックス・デイズ(後編)」