第十五話:エックス・デイズ(序編)
ミオ・ヒスィ:ASEEに所属する。漆黒の機体〈オルウェントクランツ〉で陽電子砲を受け止める功績を残したが、無事退院。
レゼア・レクラム:ASEEに所属。ミオとパートナーを組んで二年あまりで、姉的存在。
レナ・アーウィン:統一連合に所属のエース。大破した〈オルウェントクランツ〉と同型機の〈アクトラントクランツ〉のパイロット。
キョウノミヤ・シライ:統一連合の技術主任であり、機動戦艦〈フィリテ・リエラ〉の最高責任者。
イアル:マクターレス:本編ではアシカ。
フィエリア・エルダ・ヴェルクヘイデ:常に冷静な剣豪少女。気まずい関係の三人を、キョウノミヤ同様に案じている。
「さぁ、みんなで仲直りをしましょう!」
……と、キョウノミヤがぽんと手を合わせてそう言った。ハイテンションでそう言ったのだ。
……なんなんだいきなり。
と、レナは漠然とそう思った。少なくとも他のメンバー二人――フィエリアとイアル――も然りだろう。唖然とした表情であんぐり口をあけ、
「……なに言ってんだこのババァ」
イアルが口を滑らせて、キョウノミヤが小脇に挟んでいたボードの角で殴る。
「残念ね、まだ28よ」
「なっ、そんなに若くは見え――……オーケー、俺は物わかりが」
ごすん。
容赦ない一撃に、イアルが撃沈。頭頂部を押さえながら「おぉぅ!? おぉぅ!?」とアシカみたいに悶絶している。
キョウノミヤはふぅと息をついて、
「まぁ冗談はそこまでにして、最近あなたたちの連携が悪いわ――フィエリアはいいとしてね。戦術はおろか、主要な連絡さえ回らない、息詰まり状態なのよ」
『おぉぅ!? おぉぅ!?』
「リラックスが必要ですね」フィエリアが冷静に言い放つ。
『おぉぅ!? おぉぅ!?』
レナは、ぷいとそっぽを向く。それを見たフィエリアが嫌悪を示した。
キョウノミヤは悶絶中のイアルを靴で踏みつけ、
「うるさいわよ、アシカ」
冷徹な一言で――イアルが動かなくなる。ご愁傷さまでした。
〈オルウェントクランツ〉がいなくなって数日――もう一週間になるくらいである。
戦局は一気に塗り替えられた。弱体化したASEEを統一連合軍が根絶しているような形で、ほぼ戦争の原型は残っていない。これでは一方的な攻撃・侵略だ。
それは本当ならば喜ばしいことのハズだったが、レナは素直に喜べないでいる。
戦いがなくなれば、自分の存在価値が――生きていく理由が消えてしまう気がしたのだ。
……討ちたくなかったのか?
自問してしまうが、いつも答は出てこなかった。
悩みながら、それでも〈アクト〉へ乗り込み、何度もトリガーを引いてきた。
答を導いてくれる存在は――いなかった。
「レナ? 聞いてる?」
「……」
「クリスマスくらい、休暇を取りなさい。少し考えてから――」
「……いいです、べつに。勝手にやっててください」
レナは身を翻して、その場をあとにした。
クリスマスだろうがなんだろうが、そんなもの関係ない。
……と、思っていた。それが強がりなんだと気づかないまま。
レナが去っていって、フィエリアがようやく口を開いた。
「レナさん……本当に安定していませんね」
「精神的に、ね。あれじゃ機体の運用にも支障をきたすわ。それが心配なのよ」
「誰かが治してあげなければ……彼女の心を」
「そうね。あなたには悪いんだけど……」
キョウノミヤが取り出したのは、何かのチケットだった。おそらくどこかの映画、あるいはアミューズメント施設のものだろうが、フィエリアには何のものかわからなかった。
どうやらコレで彼女を誘え、という意味らしい。
「いや、しかし……女二人でデートというのは関心しませんが」
痙攣していたイアルが「お、オレの分は……?」と呟いていたが、二人はそれを黙殺した。
迎えた24日。
上陸許可の降りた街で、ミオはレゼアに手を引かれていた。二人とも厚手のロングコートという恰好である。
ガス灯ならぶ町並みはレンガ造りの建物がひしめき、辺りには雪が降り積もっている。白い景色の中に、おごそかな街の流れがあった。
ロシュランテという名前の小さな街である。人口が少ないのか、通りを歩く人影は多いとは言えない。
「まぁ、街の中心部にいけば、もっと人は多いんだ」
レゼアが上気した声で、白い吐息をした。
ミオは手を引かれたままである。入院の運動不足が祟ったためか、足元15cmの雪で転んでしまうのだ。「おんぶで行くか?」と真顔で訊かれたため、さすがにそれは断ったが。
「……なぜ知ってる?」
ミオは息を切らせたまま訊いてみた。
「あれ? 言っていなかったか?」
振り向いたその顔は、はしゃいだ子供みたいな笑顔だった。
「この街は、わたしが生まれた街なんだ。同時に、育った場所でもある」
一方のレナも、結局は24日を迎えていた。ほぼ強引にチケットを渡され、映画でも観てこいとキョウノミヤに言われたからである。
べつに、おめでたいクリスマスイヴではなかった。サンタがいないことはすでに知っていたし、親からもらっていた毎年のプレゼントも、十年も前には途絶えてしまった――そんなことを思いながら、レナは雪の上を歩いてゆく。
夜のメインストリートの真ん中にある、噴水みたいになった池は、すでに表面が凍りついて動かなくなっていた。寒いから当然だろう――かく言うレナも、恰好はフード付きの厚手のコートである。
は、と呼気してみると、その息は白くたなびいて消えていった。冷たくなった手をこする。
白い絨毯の上を歩くのも疲れたので、レナは池の縁に積もる雪をどけて腰をおろした。
あたりを確認してみる。もう夜の時間帯で、弱々しい光の街灯が辺りを照らしている。
人の数は、決して多くはなかった。若いカップルや子供たちが、はしゃぎながら現れてはストリートへ消えてゆく。どうやら寂しいのは自分だけなのかもしれない。
(……なにやってんだろ)
ホントになにやってんだろう、自分は。
現在も、そして今までも。
何もかもを失って、十年あまりを生きてきた。入軍して、誰よりも強くなろうと心に決めた。そして、エースだなんだと褒めそやされるくらいまで昇り詰めた。
それが、今まで。
誰よりも強くなった自分が、独りでこんな場所にいる。街ひとつ壊すのも容易い自分が、誰にも気づかれぬまま、こんなに寂しく生きている。
それが、現在。
誰かに、この感情――寂しさを殺してもらいたかったのかもしれない。
そう思ったところで、携帯端末が震えた。
メッセージを開いてみると、送り主はフィエリアだった。文章には、急な所用がはいったから遅れるかもしれない、という意の言葉が詰まっていた。
レナは「わかった」とだけ返信して、待つこと20分。
30分が過ぎ、1時間が過ぎた。寒いからレモネードを買ってきて、また一時間近く待っていると、再び端末が震えた。
残念ながら行けなくなった、という文面と謝罪の言葉である。レナは再び「わかった」とだけ返信した。
は、と溜め息。これからどうすればいいのだろう。チケットはフィエリアの分も持ち合わせているが、彼女が来れないなら意味がない。
(一人で二回観る……それはないかな)
首を横に振る。
さて、とレナは雪を払って立ち上がった。振り返って、
「ねぇ、そこの人」
レナが呼び止めたのは、縁の反対側で寂しそうに座っていた男――おそらく自分と同年代であろう少年だ。
呼ばれた少年が気づくのと同時に、
「今からあたしとデートしない? 映画一本オゴリよ。どう?」
振り返って怪訝そうな表情をしたのは、前髪の長い少年だった。
読了ありがとうございました。
では、恒例の予告です。
雪が降り積もる、街の名前はロシュランテ。
古びた建物の前で、レゼアは己の過去を吐露する。
昔の自分と、現在の自分。
そして統一連合が強襲する……
次話、第十六話「エックス・デイズ(前編)」
6月4日にupです。