第十四話:twelve.twelve.twelve.
レゼアが病室の前にあるベンチに座って、小一時間が経過した。今日まで、手術期間も含めて六日間だったから、それを考えれば短いものである――が、この薄気味悪い廊下のにおいと一時間を過ごすのは、なんだか嫌悪さえおぼえた。
ASEEの医療班は、負傷した兵士が運びこまれる、艦内小さな病院と表現してもいいかもしれない。病室は数えるほどしかないが、ミオには一室が与えられて、担当官や医師と問診を繰り返している。
(……長いな)
思った矢先、がちゃ、とドア開いて担当官の男が現れる。レゼアは反射のように立ち上がって敬礼したが、男はそれを無視して足早に去っていった。
レゼアがドアのもとへ近寄ると、今度は医師と看護婦が続いて出ていった。
軽く頭を下げると、看護婦は優しい笑みで「お大事に」と告げて去ってゆく。
口元に酸素マスクを装着されたまま、ミオは簡易ベッドに横たわっていた。
呼吸は整った状態ではなかった。上半身に受けた火傷と脚部骨折が痛むのか、息を吸って、しばらく置いてから長く吐くを続けている。
「……殴ってやりたいのは山々なんだが」
隅に置いてある椅子を引き寄せて座り、レゼアがぼやいた。
勝手にあんなことをして――
どれだけ心配したか、わかっているのか?
と、問いただしたいのをギリギリで堪える。
「っ……悪か、った……」
か細く震える声で、ミオはそう答えた。
「いや。もういい、生きているんだから、気にしても仕方がない。忘れることだ」
そう言ってレゼアが小さく笑むと、ミオは安堵した表情を見せた。
さて、これから何を話すべきだろう。病室まで見舞いに来たものの、何も案がない状態なのである。
壊れた〈オルウェントクランツ〉のことか?
それとも、たった一機によって滅んだ中継基地のことか?
どちらでもないだろうと、レゼアは内心で首を横に振った。そんなことを話しても何もできないし、彼の容態を悪化させるだけだろう。
レゼアは最初に、担当官や医師にどんなことを訊かれたのか尋ねてみた。
ミオは辛そうにしていたが、話していたほうが落ち着く、と答えた。
話によると、担当官はASEEの本部基地から来たらしい。訊かれたのは主に軍務のことで、「いつ頃に復帰できるか」「緑色の機体に見覚えはないか」といったことや、機体データおよびシステムEについて訊かれたと、ミオはゆっくりな口調で話してくれた。入院期間が12日間であることも教えてくれた。
「病人に対して情け容赦のないヤツらだ。でも、システムEの情報は渡さなかったのだろう?」
「……あぁ。当、然だ」
ふむ、と、レゼアは息をひとつおく。
システムEに関して根掘り葉掘り聞くのは、ミオは歓迎しないだろう。だからこの話題はおしまいで、また次の機会にでも訊けばいいのである。
(それにしても……)
何なのだあの機体は――と、レゼアはいつも思ってしまう。
射出速度ゆえ、命中率480%を誇る長射程エネルギーライフル。
従来の機体が追随できぬ機動力。
そして何より――陽電子砲を呑み込んだブラックホール。
わけのわからないモノばかり。造ったのは人間なのか? と、疑問さえおぼえる。
そしてそれは、ミオ・ヒスィにも当てはまった。
結局自分は、いま自分の目の前に横たわる少年のことを、完全には知りえないのだ。
どこまでいっても秘密、機密ばかり。一体なんなのだ、コイツは。
思ったレゼアの頬に、冷たい手が押し宛てられた。
はっとして見ると、ミオは小さく笑んで、
「おまえ、は……いつも、他人のこと……を、元気づけようと……っ、するよな……」
「……」
「けど……自分は、悲しそうな……っ、顔をしてる……。完、全に……理解なん、てできない……」
「そうだ。心も身体も、ひとつにはなれないからな」
ミオは軽く頷いて、
「わからなく、ても……一緒にいられ、る……から、心配、っ……ない」
「そうだな、悪かった。危うく、わたしはお前を疑うところだった。許してくれ」
ミオは頷いて再び目を閉じ、大きく息をついた。
病室に何かないか――話題を探して、レゼアは視線をさ迷わせた。
ベッドや椅子を除けば小部屋には事務机くらいしかなかった。そして無機質な机の上には、青色の錠剤がガラス小瓶におさめられている。
(……)
見てはいけないものだと身体が勝手に反応して、レゼアは視線をうつ向けた。
なぜそう思ったかはわからないが、漠然と感じたのだ。
他には――と探ると、 カレンダーが壁に貼りつけてあった。
(もう12月か……)
その12日である。つまり12月12日。
入院期間は、あと12日。
クリスマス、という文字が脳裏に浮かび上がった。
(いや。いずれにしろこの時世だ、上陸許可などと……)
バカらしい、とレゼアは首を横に振った。
「どう、し……た?」
目を覚ましていたミオが口を開く。
「いや、なんでもない。それよりミオ、お腹が空いていないか? リンゴくらいなら剥けるのだが」
「……でき、る……のか?」
「あぁ、当然だ。ただ困ったことに、気づかないうちに指まで切ってしまうのでな。いつも血まみれリンゴになるんだが」
「……」
「……」
「……」
「……ウサギ型にもできるんだぞ?」
自慢げにいうな。
と、言うことはできず、ミオは狸寝入りに徹していた。
読了ありがとうございました。
いや、順調に読者様数が減ってますね。
まぁそんなことはどうでもいいとして。
んで。
これから「E」はクリスマスの話になります。
次話、「エックス・デイズ」
相も変わらず、すべての読者様へ感謝を。