第十三話:白紙の夢と心のナイフ
陽電子砲を受け止めた〈オルウェントクランツ〉。
ミオは沈みゆく意識の中、自分自身の記憶を探り当てる。そこにあったものとは……
一方、倒すべき敵を失ったレナ。
彼女も再び、心の闇に呑まれまいとしていた。
ミオは暗闇の中に沈んでいた。
黒い光の中に沈んでいた。
海の中へ落ちたのなら、位置は深いところだろう。光さえ届かない。
……死んだのか?
……夢の中なのか?
……終わったのか?
わけがわからない。陽電子砲の直撃を受けてから、自分は一体どうしたのだろう。
いつだったか――どこかの児童保育所みたいなところで、そこの広い部屋には40人の子供たちが集められていた。どれも5歳くらいで、その中には当然、ミオもいた。
ミオは誰とも打ち解けないまま、一人ぼっちで机の上に配られた紙を眺めていた。
後で気づいたのだが、そこは児童保育所などではなかった。
軍直属の、人体強化施設である。
渡された紙をどうすればいいのか、当時のミオにはわからなかった。
平和になったら何がしたいか――
夢を、書いてごらん?
担当官が言った。
周りの39人の児童は、わいのわいのはしゃぎながら、自分の紙に拙い文字を埋めてゆく。
ミオの紙だけは、埋まることがなかった。
書くことがないからだ。
夢や希望もない。
生きている理由もない。
だから、書けなかった。
それなのに、どうしてだろう。
――自分だけが、生き残ったのは。
〈オルウェントクランツ〉がいなくなって、ASEEは急激に衰えたように思えた。もちろん、あの一機だけで戦局を支えていたわけではないだろうが、ASEEの中核となっていた戦力を失ったため、戦意喪失に近い状態なのだ。
結局、中継基地は墜とせなかった。
陽電子砲は一回きり、それを〈オルウェントクランツ〉が受け止めたのだ。しかもその後、敵基地に配備された大量の〈ヴィーア〉が、機動戦艦〈フィリテ・リエラ〉を寄せつけなかったのである。
勝ち目がない――と踏んだキョウノミヤは撤退を選択し、やむなく難を逃れたのだ。
だが、話はここで終わらない。
三日後、中継基地は何者かによって壊滅的打撃を受け、戦力の残る限りを逃して放棄された。〈オルウェントクランツ〉を艦載していた母艦も逃げたのだろう。
……いったい誰が?
所属も目的も一切不明。味方なのかさえわからない。
とにかく現在では、攻勢に転じた統一連合軍による掃討作戦が広げられている。
「……」
レナは無言のまま瞼をあけた。
もう見慣れた〈アクトラントクランツ〉のコックピット内である。機器も数値も覚えたし、なにより機体が自分の身体のように動いてくれる。
モニターに映るのは、敵の〈ヴィーア〉。特徴のない白色装甲の敵機を見下ろすかたちで、〈アクト〉はイクステンショナル・ディヴァイアを展開、12の砲を複数機へロック。
照準。
トリガーを引くだけで、幾つもの命が散ってゆく。
それを快感だとは思わない。むしろヘドが出るくらいである。
イアルやフィエリアとの関係もぎくしゃくしてしまった。話す言葉もなく、チームワークなんかそっちのけで敵を撃つ、斬る。
なにより、レナは戦う理由を失った。
〈オルウェントクランツ〉を見ると湧いたはずの激情も、今はどこにいったのか。
『お前が護ろうとしたものと、同じ「想い」があるんだぞ!!』
心に刺さった言葉のナイフも、今はどこに――
通信だ。フィエリア機からである。
『レナさん』
「……なぁに」抑揚のない声で応える。
『もう、敵はそこにいませんよ』
フィエリアが、冷静な声で言った。
誰を討てば――誰を殺せば、満たされる?
そもそもこの感情は、満たされることがあるのだろうか。
――あたしたちは一体、誰と戦えばいいんだろう。
悩みながらも、彼女はトリガーを引く。
それが、答えに辿り着くための手段だと信じているからだ。
ありがとうございました。
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