第十二話:同じ想い
(……なんだ?)
様子がおかしいことに気がついて、ミオは疑問を覚えた。
敵の戦線が下がってゆく。前方に広がっていた〈エーラント〉――統一連合機――が、徐々に後退していくのだ。
光学迷彩化された母艦は、すでに中継基地の中である。敵の集中狙いをくぐり抜け、今ごろは安全に守られているだろう。
――オーレグの奴……
チッ、とミオは舌打った。
面白くないのは事実である――が、だからといって味方母艦の妨害をするわけにはいかない。
ミオは滞空しつつ距離を保とうとしていた〈エーラント〉へライフルの先を向け、
照準。
射出された黒いビームが敵機の左脚と右肩をもぎ取り、体勢が崩れたところを別の〈エーラント〉がキャッチしようとする。
――が、仲間を助けようとした〈エーラント〉にさえ、ミオは容赦しなかった。
無惨にも四肢とバランスを奪われた〈エーラント〉二機が、海中に没していく。
(……ヤツらの狙いは?)
急速接近の警告。
上だ。
「ッ!」
〈オルウェントクランツ〉は上空から突っ込んできた赤い機体の一撃を回避、すぐさま反転してライフルをビーム刃へ変形させる。
赤い機体――〈アクトラントクランツ〉は慣性のまま下へいき、ただちにサーベルを引き抜いて再び突進。
『アンタってのはぁ……ッ!』
光刃が正面からぶつかり、火花を散らす。しかし〈アクト〉はそれだけに飽き足らず、ニ連、三連の剣戟を振り降ろした。
〈オルウェント〉はサーベルを受け止めて、
「〈アクト〉のパイロット……お前たちの狙いはっ!?」
『言わないわよ! アンタに教えて――』
〈アクト〉が接近状態から身を引いた。
背面にある鳥の骨格が開いてゆく。
関節部に穿たれた小さな孔から――
真っ白なエネルギーの塊が――
『たまるかぁっ!!』
吹き荒れた。
全長20メートル――機体とほぼ変わらぬ大きさの、純白の翼が羽根ひらく。
ヴァーミリオン、展開。
(――、)
呼吸さえ吐かぬ間。
残像をともにした赤い機体が、〈オルウェントクランツ〉の真後ろにいた。
サーベルに手をかけた状態で、である。
(――な)に、と言うよりはやく、弾かれたように〈オルウェントクランツ〉が反応、宙返りするようにして横薙ぎの斬撃を避ける。
瞬きをしたら死ぬかもしれない、とミオは本気でそう思った。
全ての神経速度など間に合わない。ギリギリまで強化された自分だから、回避できるのか。
残像が襲う。
急激なGが襲う。
コントロールを失う。
終わった、と思った。
次の瞬間に見えたのは――
目の前にある、ビームの刃だった。
殺られる、と思った矢先、〈アクトラントクランツ〉は興味を失ったように光刃を引いて、その場を離れていった。
(なにが――?)
わからないまま、〈オルウェントクランツ〉は落下していく。
通信に怒声が割り込んだ。
『ミオ! 大量の熱量、陽電子砲だっ!! 今すぐそこから退けッ!!』
レゼアの声だ。慌ててているな、と、ミオはぼんやり思っていた。
『〈フィリテ・リエラ〉の艦首砲だ、熱量だけ隠されて気付けなかったんだ!
中継基地ごと撃たれるぞ!?』
「……ッ、」
声が枯れていた。
〈オルウェントクランツ〉は射線上にある。撃たれれば自分も呑み込まれて、死ぬ。
……別にどうでもいいだろと、思考は半ば諦めかけていた。
死ぬのなんて怖くない。
そう思った。
こういうときに、どう言えばいい?
サヨナラ、なのか?
とにかく、怖くないハズだ。
上下逆転した視界に映ったのは、此方を見下す真紅の機体だった。ギリギリ射線から離れている。
『ざんねんでしたぁ』
スピーカーが、そう言った。バカにした口調だった。
(……別に怖くないさ。自分が死ぬことなんて)
スロットルを絞る。
ヴン、と微かな駆動音。
(……犠牲を払ってまで生きていくほうが、俺には耐えられない)
漆黒の機体が、体勢を元に戻す。
睨む先は、充填された砲。
ライフルを、盾に変形させる。
ミオは苦渋を吐き捨てるかのように、
「っ、ざっけんな……ッ、あの中継基地には……」
最期に、真紅の機体へ言ってやる。
お前が気づかなかった、ひとつのことを。
「あの場所には――
お前が護ろうとしたものと、同じ『想い』があるんだぞ!!」
灼熱の光が放たれた。
漆黒の機体は盾を前面に押し出して、光条を一斉に受け止める。
装甲表面が気泡となって死んでゆく。
もう何も見えない。真っ白な闇だ。
死ぬのか?
ただひとつ心残りなのは。
自分があの少女――モノレールの中で両手に荷物をぶらさげた、ごく普通の少女を壊してしまったことだった。
瞬間、誰もが目にした。
空間が叫び声をあげて、現れた真っ黒な球体が口をあけ――光条が吸い込まれていく光景を。
ありがとうございました。
一段落ですね。ふぅ。
これから第2部的なものになるので、変わらぬご支援をお願いいたしますー。
ここまで、感想いただければ幸いです。
では。
予告
ミオは沈んでゆく。夕闇の中へ、無意識の海へ。
一方のレナも、強敵を失ったことで複雑な思いを味わう。
少女は再び、自分の戦う理由を、自分の生を支えている理由を失った……
次話、第十三話「白紙の夢、心のナイフ」
二話同時です。