第十一話:-15
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戦域から距離を置いた孤島。
波打ち際で、ひとりの少女が曇りの空を見上げていた。これといって特徴のある少女ではない。体格は小柄で、年齢は15に届くか届かないくらいだろう。
ごく普通の少女である。
ただ、その身に纏うのがパイロットスーツでなければ。
真っ直ぐな碧色の瞳は、漆黒と赤の戦闘を見守っている。
否、睨んでいるのだ。
ただでさえ危険地域である。牽制のバルカンがひとつでも飛来すれば、即死は免れ得ないはずだ。
「……」
少女は何も語らない。
感情というのもわからない。
何もない。
守るものも。
何を探すのか。
何を求めるのか。
何を欲しがるのか。
生きている理由さえ。
だれを殺せばいいのか。
「……わからない」
少女は踵を返して、その場をあとにした。
素足の足跡が、波に呑まれて消えてゆく。
少女は色を失った瞳で、視線をやった。
全高20mちかい、人型の兵器。
そこには緑色の機体が、無言のまま立っていた。
〈フィリテ・リエラ〉上で、イアルはやけに慎重になっていた。じっとりした汗が、特殊生地の内側を這う。
……敵艦の動きがサイアクだ。
こちら側から見れば、艦は斜め方向で遠くへ行かんとしている。つまり、狙う対象との距離が段々大きくなり、しかも左右の位置までズレてゆく。誘導性能のない武器が当てにくい動きだ。
一方のフィエリア機は黒の〈ヴィーア〉と格闘していた。大刀を振り上げて斬撃を飛ばし、一気に距離を詰めて二刀流の剣戟。黒〈ヴィーア〉はシールドで受け流しつつ距離を取って、背面からミサイル・ポッドをバラ撒く。
そしつフィエリアは実弾を斬り――と、互いに譲らない応酬の繰り返しである。
イアルは自嘲気味に笑んで、
「……仲良くやってんねぇ」
ライフルをリロードさせ、再び狙撃体勢へ。
電子スコープの中で、敵艦の姿がぼんやりと映える。水面から立ち昇る水蒸気の影響か、艦が幽霊みたいに見えるのだ。
少なくともイアルは幽霊など信じない男だったが、
「ぶち抜きゃ、幽霊船と同じだ」
ひとりごちる。
誘導性がない限り、もはや自分自身のカンに頼って撃つしかない。
照準を合わせる。狙いは敵艦の数メートル先――
よし。
引き金を引く。弾が自身の螺旋回転を描いて飛んでいき、艦の装甲表面をぶち抜――
かなかった。
(……ンだと?)
イアルはわけがわからないという顔で、再びモニターを確認。
弾は敵艦の姿に吸い込まれていったはずだった。
しかし貫くかと思った弾は、何にも当たることなく海中へ没したのだ。
何かの間違いか――と首をかしげて、イアルはもう一度照準する。
トリガーを引いた。
反動とともに放たれた一発が、軌跡とともに敵艦を――やはりぶち抜かない。
当たった感触がしない。
そう、ホログラム映像を貫いたみたいに。
「ああわかった、わかったぞクソッタレッ! フィエリア、聞こえるか!?」
『どうした、くぅっ……!』
黒〈ヴィーア〉を相手にするだけで精一杯らしかった。
イアルは言葉をつないで、
「奴等の艦はダミーだ、可視電磁映像なんだよ!」
『どういう意味だ、それはっ!?』
フィエリアが怒鳴った。無理もない。
錯覚なんかじゃなかった。
海水の蒸発も、幽霊みたいのも、ぜんぶ計算していやがった。
衛星で確認できるが、こちらに送られてくる信号はダミー。そしてホログラムの可視映像で、何もないところにマボロシを作り上げたのだ。
「とにかく、俺たちが相手にしてたのはマボロシなんだ! キョウノミヤのバカッタレに伝えておく、狙うなら最初から中継基地だってな!」
回線を一方的にぶったぎる。
ダミー映像だとわかった今、敵艦はどこにいる?
答えは一つだ。
すでに中継基地の中である。
いや――陽電子砲がある限り、敵艦には中継基地に入港してもらっていたほうが、都合がいいのかもしれない。
だがイアルはそれが気に入らない。
予定を狂わせられたことが気にくわない。
なんとしても探し出す。
探し出して撃ち抜いてやる。
腹をくくったとき、キョウノミヤの冷静な表情がモニターの隅にあらわれた。
(通信? 全員に、か)
『総員へ通告よ、本作戦の切り札を切る時がきたわ。射線上の〈エーラント〉全機はただちに退避、〈フィリテ・リエラ〉脇へ活動を移動してください』
号令ひとつで、〈ヴィーア〉と戦闘を繰り広げていた〈エーラント〉が徐々に戦線を下げてゆく。離脱した敵機に追随するように〈ヴィーア〉がライフルを構え、一斉に掃射をかけた。しかし〈エーラント〉はシールドでこれを防ぐ。
イアルは奥歯を咬んで、
「キョウノミヤ! 照射までの時間は!?」
『残り42±1秒よ。これより前線に上がることは禁じます』
「あのフネを幽霊船にしてぇんだよ!」
『イアル、下がるのよ。勝手な行動は慎みなさい』
「……」
返事はしなかった。
むしゃくしゃした。
ああ。わかってるさ。
くそ、とイアルは歯噛みした。
次の一撃でこちらの勝ちだ。
陽電子砲が発射体勢にはいっていた。
それなのに負けた気がする。
クソヤロー、とイアルは歯噛みした。
ありがとうございました。
次の話で一段落すると思います。
予告
ついに放たれる陽電子砲。
光に呑まれゆくは、誰の想いか。
心残りなのは、電車の中で初めて出会った、あの少女を壊してしまったことだった。
次話、第十二話「同じ想い」
決して読者ウケするとはいえないこの作品を、ここまで支えてくださったすべての読者様へ、感謝の意を。