第十話:フルメタル
レゼアは狭いコックピット・ブロックの中で沈黙を保っていた。
彼女の〈ヴィーア〉は海面から数メートルの高さで空中待機。
そして距離を置いて――二機の〈エーラント〉が、静かにこちらを睨んでいた。
まず、敵艦〈フィリテ・リエラ〉上にいる〈エーラント〉――は、機体の全高とほぼ変わらない砲身のライフルを、腰溜めして構えている。
一方の離れ小島にいる〈エーラント〉――こちらは装甲が肉抜きになっていて、大太刀と小太刀の二本をマウントしてある。射撃の装備はないようだ。
レゼアの頭の中では、どのように戦局を運ぶかが描かれていた。
(……大丈夫だ。うまくやれるだろう)
矢先、通信が入った。
『そこの黒い〈ヴィーア〉のパイロット、聞こえるか』
(……通信だと?)
こんな時に何を考えているんだ、とレゼアは思った。
敵と通信なんて、よほどのバカか降伏勧告か。
『統一連合軍所属、名前はフィエリア・エルダ・ヴェルツェヘルム。手合わせ願います』
どうやらバカのほうらしかった。
声は女性のもので、まだ若い。自分と同年代か、もしくは年下くらいだろう。
手合わせ、という響きに苛立ったレゼアは、
「敵と通信など、バカなヤツがすることだ。だいたい手合わせという表現が気に入らん。我々は勝つためなら卑怯なこともするし、何でもやるからな」
別の声が通信に割り込んだ。
『ま、細かいことは気にすんな、さっさと始めたくてたまらねぇんだ。こちとらアレン・ヒルズ・インパクトまでの時間稼ぎなんだからな』
今度の声は男性のものだった。〈フィリテ・リエラ〉上の〈エーラント〉からの通信である。
重装備の〈エーラント〉は砲身をこちらに向けたまま揺らめかせ、様子を窺っているようだった。
そんなことよりも――
(……時間稼ぎ?)
気掛かりだった。
何らかのプランが絡んでいるのか、はたまた冗談だったのか?
いずれにせよ――
「来い。相手をしてやる」
幕が切られた。
肉抜きの〈エーラント〉は背面から大太刀を素早く抜き放ち、その場で下から斬り上げるような一閃。
刃のカタチを追う軌跡が、疾った。
海面を切り裂き、
空気さえ切り裂き――
「なッ!?」
信じられなかった。
斬撃がはしったのだ。
レゼアは慌てて〈ヴィーア〉を駆って、右足がもがれる寸前で回避。
『よそ見すんなよ?』
今度は〈フィリテ・リエラ〉上の〈エーラント〉が、長い砲身から実体弾をぶっ放す。
実体弾を、である。
〈ヴィーア〉が機体の上半身をのけぞらせたまま平行方向へ――回避。
目標を失った弾は、遠くにある〈ヴィーア〉へ吸い込まれていった。
レゼアは思わず目を見張ってしまった。
ゼラチンに針でも刺すような、いとも容易い吸い込まれ方だったためだ。
硬化金属を撃ち抜く――。
「フ……装甲貫通弾!?」
『ご名答。当たりゃ一撃でサヨナラだ、ぜ?』
男の声がせせら笑った。
ビーム兵器が実弾兵器に代わって台頭した現在では、(コスト面まで考慮しても)実弾兵器は必ずしも効率的な兵器とは言い難い。
あえてそれを使うとは――
レゼアは舌打ち、
(……一機で相手するのは無理か?)
上空では、〈アクト〉と〈オルウェント〉が激戦に重ねる激戦を繰り広げていた。両者は隙を見つけては斬り合い、体勢が崩れてもビーム砲を連射する。技量も機体性能も互角だろう。
いくら特機仕様といっても、しょせん自分が駆っているのは発展型量産機。二人の間に介入するのは不可能といっても過言ではないのだ。
――無理だ。ミオに迷惑をかけてなるものか。
アイツはわたしが守ってやるんだ。
自分だけが……。
そう。
だから。
(冷静に――氷のように、冷静に見極めろ)
唸る〈フィリテ・リエラ〉の砲首は、静かな唸りとともに――中継基地を睨んでいた。
陽電子砲が放たれるまで、残った猶予はわずか。
唸りをあげる砲に気づくはずもなく、レゼアはスロットルを絞った。
さて、予告の前に。
現代では実弾兵器のほうがコスト安だそうです。
「高価なミサイルをバカスカ撃ちやがって……」という台詞は、残念ながら現代では言えないのかも。
さて、予告です。次の話はめっちゃ短いです。
五文字くらいです。嘘だけど。
三百字くらいなので。そのへん覚悟しとけよ!
……ああごめんなさいごめんなさい。ただでさえ少ない読者様数が減ってしまいますね。では、
予告
孤島で、少女は戦場を見つめていた。戦場をすっぽり包む、冬の曇天を見つめていた。
「……わからない」
そう呟く少女が歩み寄っていったのは、緑色の機体だった……。
次話、第十一話「-15」