第九話:唸り
なかば激情に駆られて、レナは戦場へ。
そこでも漆黒の機体が行く手を阻む。
交錯する二人の思いは、最後まで繋がらないのか。
心が冷たくなっていくのを感じながら、レナはトリガーに指をかけた。
最大加速を得て十数秒すると、上空五百メートルほどまで〈アクト〉は上昇した。
統一連合の量産機〈エーラント〉――イアル機は〈フィリテ・リエラ〉艦上、フィエリア機は近くの小島へ降り立って、両者とも警戒を続けている。
――見えるか……?
モニターの一部を望遠化して、レナは戦場の奥を睨んだ。
すると瞬間――視界の中で、光が煌めいた。
「なッ!?」
慌てて機体を右に反転、緊急回避。その脇を、漆黒の機体が猛烈な速度で擦れ違う。
気づいた時には、レナを後続していた〈エーラント〉の二機の腕と片足が舞い、爆散する。
異常なほどの機動力だ。その速度の中に、容赦の二文字は存在しないようだ。
漆黒の機体は直線をいったかと思うと、急上昇して向きを反転、再び〈アクト〉へ襲いかかる体勢へ。
レナは〈アクト〉の肩部からサーベルを引き抜いて、
「やらせてたまるかっての……ッ!」
毒づき、〈アクト〉のビーム刃を左から振り上げる。
しかし〈オルウェントクランツ〉がぶつけてきたのは、見込み違いの盾だった。
光の刃が〈アクト〉のシールド表面を灼く。鋼鉄が沫となって飛び散り、装甲表面へ返り血が咲いた。
〈オルウェントクランツ〉の武装は盾・ソード・ライフルへの変形機構を持ち、それ一個での戦闘を可能にしている。
『そんなに攻めたがると思ってるのか?』
「なにを……っ!?」
注意を削がれた一瞬。
漆黒の機体は上下逆さになったかと思うと、〈アクト〉の胸部装甲を勢いよく蹴り上げた。
「くっ!? うぅぅ――ッ!!」
下向きの急激なGと圧迫を受けて、肺から空気が絞り出されていくのがわかる。
叫びさえ上げられない状況で、
『次、いくぞ』
レナはなんとか〈アクト〉の体勢を整えて、〈オルウェント〉の斬り込みを回避。
そのままバーニアを全開まで吹かして急上昇――停止して、今度はライフルを下向きに構える。
同時に〈アクト〉の背面が羽根ひらいた。鳥の骨格みたいな先端12対は、すべて〈オルウェントクランツ〉をロックしている。
羽根の極兵装だ。
敵は驚きの声を滲ませて、
『……集中砲火か!?』
12対の小型ビーム砲から、それぞれ短い間隔を置く連続の射撃が〈オルウェントクランツ〉を襲う。漆黒の機体は素早く回避しながら、しかし反撃する余裕を与えられないでいる。空中を切り揉みしながら、避けきれない射線は盾で防いだ。
レナは冷笑して、
「回避ばかりしてていいのかしらね?」
『……なに?』
ひとつの射撃が、近くまで接近していた〈ヴィーア〉の腰部を貫いた。
こまめに標的を切り替えるだけで、射程範囲に存在する全ての敵が墜ちてゆく。
〈ヴィーア〉の一般機が爆散するのを、〈オルウェント〉は茫然と眺めていた。
声は怒りを含んで振り返り、
『……ザコに構うな。俺だけ狙えよ』
「はは、なんでアンタの言うこと聞かなきゃいけないのよ?」
レナは笑っていた。
意味もなく笑っていた。
コイツだけは――という憎悪の感情だけが、胸の奥で増幅していくようだった。
どこからかのビームの矢が、〈アクト〉を掠めた。
レナは再び標的を切り替えて、トリガーを引く。
射口から吐き出されたビームは、再び〈ヴィーア〉の腰部へ吸い込まれていった。
じゃあ――と、レナは〈アクト〉のライフルの先を〈オルウェント〉へ向けた。
「代わりに、アンタが死ぬ?」
『……』
返答がない。
一秒、二秒が経った。
一つ訊いていいか、と声が言った。
「なによ」レナはぶっきらぼうに答えてやる。
『……お前は何のために戦ってる? 正義か? 怒りか?』
「それがどうしたってのよ」声に苛立ちを覚えていた。
〈アクト〉は空中で動きを止めたまま、〈オルウェント〉へ向けたライフルの先を外さない。このままトリガーを引くだけで、相手の命まで消せるくらいだ。
眼下では量産機どうしの戦闘が続いていた。双方ともに撃ち合っては撃ち返し、互いを撃墜しあっては爆散する。
レナは言葉を継いで、
「アンタが死ねば、戦いが終わる。だからアンタに死んでもらうのよ」
そう。
こいつさえ存在しなければ。
すべての元凶だから。
だから、殺してやる。
『……本気で言ってるのかよ?』
声はせせら笑ったようだった。
我慢の限界は唐突にやってきた。
トリガーを引く瞬間、レナの唇から「死ね」の文字が零れた。
再び12対のビーム砲が〈オルウェント〉を追いかける。
『どうやら――』
〈オルウェントクランツ〉は、12の光条を引きつけた実体盾を今度はライフルへ変形させて――。
『バカは死ななければ直らないらしい』
赤い機体へ、その先を向けた。
両者の真下で。
陽電子砲が、静かな唸り声をあげていた。
さて、そろそろ作品のクオリティが下がる頃合ですね。なんとか頑張ります。話の進み方が、この辺りからゆっくりになると思います。
予告
戦っているのはは二機の〈クランツ〉だけではない。
レゼア・レクラムは二機の〈エーラント〉と対峙を遂げていた。
特機仕様を駆る、彼らの能力とは?
次話、第十話「フルメタル」