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E  作者: いーちゃん
103/105

second forte


 知りたくなかった過去。

 知らなきゃならない過去。

 でも、知ってしまった過去。

 自分が生まれた理由――そして自分が造られた理由は、誰かを殺すというそれだけの、しかし誰にも出来ないことだった。

 いや、だから(・・・)なのかも知れない。そう思った途端、ミオは右手のふるえを押さえることができなかった。誰にも出来ないことだから、みんなは自分に刃を持たせたのだ。生まれつきの殺戮兵器を造ってしまえば、自分の手を汚さずに済むんだから――

「なんで……どうしてそんな理由だけで生まれなきゃならなかったんだよ……俺は」

 こんなことなら、最初から生まれてこなければ良かった――

 膝が崩れたミオは拳銃を取り落とし、死んだように冷たい床へ倒れた。もう本当に死んでしまいたい気分だ。もうどうでもいい、世界なんて勝手に滅びればいい。

「誰かを殺してまで生きなきゃならないなんて、俺には――僕には…できないよ」

 レーの言っていた意味がようやく理解できた。自分は生きていてはならない存在なのだと――存在してはならないのだと。

 撃ち抜かれた試験管から流れてきたホルムアルデヒドが床を這い、投げ出されたミオの脚へまとわりついた。薄緑に着色された液体は、徐々に左脚を浸食してくる。

(――)

 言葉も渇れた。さっき通ってきた部屋で、掛け時計たちが再び騒ぎ始める。

 もしも自分以外の自分がいたら、此処には誰がいただろう。誰が居たかっただろう?

 そう思った途端、得体の知れない恐怖と罪悪感が、ミオの視界を灰色に追い詰めた。

 世界はどうしてこんなにも悲しい色をしているのか――

 世界はどうしてこんなにも嫌いな色をしているのか――

 そして最後の敵は、いったいなんだろう。

「レーだけじゃない。もっと戦わなきゃならない敵がいるんだ……それが何かはわからないけど、戦わなきゃ。戦えるのは俺しか――僕しかいないんだから」

 でも、身体が動かない。動いてくれない。泣いてしまえば全てがラクに終わる。目を閉じてしまえば、目の前にある世界を視ずに済む――そしたらきっと目が覚めたとき、呆気にとられるような思いで言えるだろうか。

 あれは夢だったと。自分が生きているという証拠は悪夢だったのだと。

渇いた唇から長い息を吐いて、ミオは目を閉じることを選んだ。最後に「弱いな、俺…」と呟いた声は、 しかし誰にも届かなかった――。

 ミオの意識は途切れる。だがその身体は海の底から現れた別の意識によって、第二の人格を解放させた。


 研究棟をあとにするとき、少年は多少の傷を負っていたものの、しっかりとした足取りで階段を降りてきた。おそらくトモカが肩を貸さずに済むくらいに。

 少女は段差の一番下まで駆け寄ると、

「ミオさん……?」

「うん。僕は、大丈夫だから」

「え…ぼ、僕? ミオさんどうしたんですか、何か悪い物でも食べたんですかっ」

「ううん、そうじゃないよ。ただ、彼はちょっと眠っているみたいなんです」

 ごめん、と少年は落ち着いた声で言った。

 いま目の前にいる少年は、今まで自分が見ていたミオ・ヒスィではないと――トモカは一瞬ののちにそれを悟った。無愛想と言っては本人に失礼だろうが、いつもの彼はこんなじゃない。それに、吸い込まれそうな瞳の色は、鮮やかな翠色に覚醒していた。

 地下空間が大きく振動。まるで地震のような揺れが天蓋をも軋ませる。

「……あんまり時間は残ってませんね。行きましょう」

「え?」

 峻巡して躊躇うトモカの手を、少年の左手が強く握った。通ってきた通路を走り抜け、教会と警備兵が警戒する中を突破して、二人は〈ゼロフレーム〉の元へ辿り着いた。倒壊のために今は利用されていない格納庫へ隠されていたみたいだ。

「凄い。これが、新型……?」

 足元――機体のつま先ちかくに立って、トモカは白亜の巨身を見上げた。前高二十メートルもある機動兵器は、その前駆機である〈オルウェントクランツ〉と似通うフォルムが引き継がれているようで、見ていると懐かしさが込み上げてくる。

 コクピットへ収まると、少年はもの凄い速さでOSを起動させた。トモカは可能な限りの手伝いをしながら、

「ゼロフレーム…状態良好。感情素子流出十三パーセント。これからどうするんですか?」

「まずは地上に出て〈フィリテ・リエラ〉へコレを届けるんです。あとは……彼に任せるつもりです」

メインカメラが、地下の格納庫へなだれ込んできた人影を映し出した。屋内戦闘用のサブマシンガンを構えた九人の隊員たちは、その銃口を白亜へ向けた。

「そこから離れてください! 吹っ飛ばされて死にたいんですか!?」

 少年が怒鳴る。

 〈ゼロフレーム〉は腰を屈めて飛翔形態/背面のスラスターとバーニアを全開にし、矢のような速度で舞い上がった――地上がぐんぐん近づいてくる。

 押し潰されそうなGに耐えながら、トモカは叫んだ。

「地上部に熱源多数です! 無人機が三十九――包囲されていますっ!」

「突破します。掴まっててください……」

 暗闇から抜けて、地上が近づいてくる――このまま飛び出したところでミサイル群の直撃を受けたら、この程度の装甲では耐えられるハズがない!

 不意に、〈ゼロフレーム〉のなかで何かが吼えた――翠色の奔流が光の粒子を溢れさせ、背中へ巨大な羽根を形づくる。それぞれ紅・翠・蒼の色をした翼。

「ゼロフレーム…深部第二覚醒状態(セカンドフォルテ)起動――解放時間2.37秒。これだけあれば……!」

 地上へ。

 闇から跳ねてきた白亜の機体は、はるかに大きな二対六翼を背負っていた。溢れんばかりの光の粒子を撒き散らしたその姿は、まさに神話の大天使にも劣らない――

「いっけえええぇぇぇぇぇ――――――ッ!!」

 ――一瞬、何が起こったか誰にもわからなかった。

 しかし残った事実は、四方八方から浴びせられた八十基以上のミサイル/レーザーなどの類が一片に無効化され、あるものは歪んだ空間の中へと粉砕され……果てはそれを撃った側の無人機までも裂け目に呑まれていた。

「すみません、あとは…頼みます……」

__________________________________________________________________________________


『膨大な熱量、来ます! 各機は警戒を――』

 珍しくフェムトの怒鳴り声を耳にして、レナは指示された方向を仰いだ。そのわずかな隙を突いた死喰〈リヒャルテ〉が距離を詰め、大鎌を横薙ぎにふるってくる。

「く……、ウザいのよっ!」

 サーベル抜刀/大鎌の刃を真っ向から受け止めて、深紅(アクト)は強烈な回転蹴りを放つ。ちょうど横っ腹の装甲を蹴られた漆黒(リヒャルテ)が大きくのけ反り、体勢を崩した――が、それは宙へ放られた猫のようなバランスでアスファルトの上へ着地。地下から飛び出してくる異様な熱量を察したのか、そのまま退いていってしまった。

「えぇと……これは勝ったってことでいーのかな?」

『いーんじゃね? ノープロブレムだろ』

「いぇーいっ!」

「……」

「……じゃなくてさ。フェムト、状況は?」

『ゼロフレーム、四十機ちかくに包囲されています。強行突破する模様! 来ます』

 地下からの脱出口から吐き出された白亜の機体――背中から三色の六枚翼を展開させたその姿は、神にも等しい威圧と圧倒的な存在感を放っていた。

 四方八方からミサイルが打ち込まれる――が、それらは見る者の目を眩ませるような光が迸ったあと、跡形もなく消滅していた。すべてが、である。

『ゼロフレーム、様子がおかしいです』

「なにっ!? いま――」

『落下していきます』

「は? …って、ちょっとちょっとぉ!?」

 〈アクト〉は間に合え、と主張せんばかりの速度で飛翔し、重量に従って落下中の白亜を両腕でキャッチ/母艦を目指していった。


すっげーお久しぶりです…

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