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E  作者: いーちゃん
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異端児


「くっ! コイツ……しつこい!」

失われた三機目(ロストナンバー)と呼ばれる白銀色の〈ツァイテリオン〉を振り払い、深紅は鮮やかな軌跡を残して空を翔けめぐった――それでも敵は食い下がるように追随してくる。

空戦換装型――とでも言えばいいのか、相手は武装に豊富だ。エネルギーライフルや小型のミサイルポッド、隙を与えない機関砲など、そして……

変速/一気に距離を詰められて〈アクト〉はサーベル抜刀。相手の猛突を受け止める。

動きにだって鋭さがあるし、反応も空間把握能力にも長けている――戦狂には及ばないにしても、どうしてエース級パイロットがこんなところに!

「アンタは一体なんなの!?」

『レナ、避けろッ!!』

地上から敵を捉えたイアルが、超長射程ライフルを腰溜めに構えていた。

狙撃。

鋭い放物線はレナと相手の間を疾り抜け、大空の彼方へと呑まれていった。

地上へと警戒を向けた敵の〈ツァイテリオン〉が、同型機へ照準を据える。

「イアル!」

『わかってる、コイツはタダじゃ済まさねぇ……!』

彼の気負いを裏切るように、白銀色(ツァイテリオン)は機先を後方へ向けた。逃がすかよっ! と、イアルが追うよりも早く建物の裏側へと隠れてしまう。

その姿が再び現れたとき、

「ッ!」

「コイツ――換装した!?」

二人は息を呑んだ。

敵の白銀は空戦用のバックパックを削ぎ落とし、代わりにビーム長刀(ソード)を構えている。戦艦でも真っ二つにしてしまいそうな大きさである。

「チッ、状況で戦い分け出来るのかよ!」

素早く弾倉を入れ替えるイアル――攻撃できないわずかな隙を突いて、敵の〈ツァイテリオン〉が大きく跳んだ/真っ直ぐな長刀を上段に掲げて躍りかかる。

が、それを上回る速度で舞い込んだ影――

電光石火、あるいはそれ以上の素早さでアスファルトを削り、咲いた火花さえ追いつけない疾風怒濤。影は下から振り上げた大太刀で相手の長刀を受け止め、その勢いを相殺した。

「フィエリア! 助かったぜ!」

敵は予想外の乱入に戸惑ったのか、今度は後方へバックステップを踏んでみせた。

黒髪の少女は軽く笑みをみせて、

『バトンタッチといきましょう。接近戦なら、私とレゼアにお任せください』

「わかった、あとは頼むぜ!」

イアルとレナが方向を翻して、残存勢力へと向かっていく――向こう側には死喰の〈リヒャルテ〉が待ち構えているハズである。今後のことを考えても、あの二機だけは確実に仕留めなければならないのだ。

『行かせて良かったのか?』

「ええ、彼らなら大丈夫です。それに……見極めたいんです」

『ん?』

「剣を取るに値するか否か、を」

言い終わるより早く、フィエリアは黒い地面から離れていた――膝を曲げる姿勢で高く跳躍、大太刀をアスファルトの上へ突き刺すと、今度は小太刀を抜き放つ!

「はあぁぁぁぁ――――っ!!」

気迫が相手の気を呑んだ/左右に構えられた刀が別々の軌道を描き、敵はそれを見切るのに必死である。

この近接距離では大剣は役に立たない――誰よりもフィエリアが分かっていることだ。必ずしも変なプライドに刺激されたワケではない。

後ろへ跳躍/距離を置いた敵は長刀からビーム刃を出力させ、同型機と対峙した――いっぽうのフィエリアは腕部アンカー射出/鞭のように延びた尖端が大太刀の柄へ絡まり、それを引き抜く。

「さぁ……決着、といきましょう」


______________________________________


「ここは……?」

ミオが連れてこられたのは、トンネルに似た暗闇の向こう側――ヨーロッパ風に造られた建物が並ぶ街だった。否、街という表現は間違いだろう。ここには誰かが住んでいる気配も匂いもしないし、だいたい地下空間の最奥部に人の住む街などあるワケがない。

「この場所は……かつてASEEの前身が使用していた実験棟です。今は形骸化して誰にも使われていませんが、間違いありません」

トモカが生真面目な口調で言った。

「じゃあ、この建物すべてが――?」

「はい、実験室なのが確認済みです。入るにはパスコードEEE+[最高クラス]が必要。しかも、それは現在の世界には二人しか所持していません。その一人は――あなたです」

「俺が、所持……?」

誰にも侵入されない聖なる領域――かつてミオ・ヒスィという禁断を産み落とした研究員のメンバーでさえ、現在はパスコードを失効されているらしい。

「残りの一人は――」

トモカが見上げた先、十五程度の階段を上った向こうに、一人の少年が立っていた。

自分と瓜二つな紅い瞳の少年――

「レー……くっ、おまえか」

「君もそろそろ知らなければならない頃合いじゃないか? 自分がどうして生まれ、何のために、誰のために生きているのかを。すべてを教えよう。君に捧げる、せめてもの手向けとしてね」

「なんだと……?」

少年は踵を返すと建物の中へと消えていった――ミオは「行くぞ」とトモカへ促したが、彼女は首を横に振って動こうとしない。その意図が掴めずに狼狽(うろた)えていると、

「ここから先は――ミオさんしか駄目なんです」

「!? でもっ……」

「大丈夫です、私は此処にいますから。自分自身は、自分自身が守ります」

「……わかった。怪我するなよ」

自動拳銃の弾倉を確認/予備の武装をチェックして、ミオは段差を二つ飛ばしに駆けていった――

洋館のような建物は、正面玄関から入ったところで左右に道が別れていた。迷わず右を取ろうとしたミオを、壁に反射した残響が呼び止める。


おそらく君は覚えていないだろう、自分が此処で産まれ落ちたという事実を――。


天井から吊るされていたシャンデリアが切り落とされ、砕けるガラスがけたたましい叫びを上げた。破片が絨毯の上へ散らばるのを見ると、もう左の道には進めない。

「……くっ」

ミオは床を蹴った。

隣の部屋は見事なまでに埃だらけだった――三十メートル四方の部屋に6つのテーブルが並び、壁には数え切れないほどの時計たちが掛けられている。

首から上のない人体模型/ガリレオの球体や未だに使われずにいるアインシュタインの鏡、そして――部屋の棚へ無造作に並んだヒトの脳。

「どうして、こんなものが――」


最初は単なる輸送機器だった――しかしそれが飛行能力を有し、戦争へ至るまで時間はかからなかった。所詮、ヒトも同じということさ


「お前……っ、どこにいる!?」

ミオは部屋の中心で吼えた。


誰よりも優れた存在を――人類よりも優れた人類を造り、神に成り上がろうとした人間がいた。自らの研究にすべてを費やし、すべてを殺した人間たちの成れの果て…


時計が一斉に鳴り始めた――耳をツン裂くような騒音のなか、出口から逃げていく人間の影。ミオが銃口を向けた先、その姿はもう消えていた。

「……ちっ」

追う。

真っ暗な廊下へ転がり出て/埃の中をひたすら走る――時おり狙ってくる銃弾から逃れながら、足を滑らせて腕を真っ黒にしながら、ミオは少年を追った。

『君とてそのエゴイズムの一つだろう、そう――被験体3033Fっ!』

「テメェ……その名前で俺を呼ぶなッ!」

ミオも負けじと打ち返す/しかし脚が階段の手前についたため、銃弾は大きく逸れてしまった。踊り場を跳ね、少年の背中は上階の闇へと呑まれてゆく。

自分がどこに誘われていくのか――そんなことはどうでもいい。罠であろうとなかろうと、全てを受け止めなければならないのである。

実験室のような構造の部屋は、上の階も同じだった――


――|遺伝子による人類の無意識覚醒(ミュータント・バベルズ)


そう名づけられた実験によって造られたのが、レーという少年。容赦は瞳の色/性格までを他人に決められて産まれてきた少年の姿である。その完璧ともいえる人間を殖やした結果――それが、ミオ。

入り口をくぐると、部屋には濃緑色のもやが立ち込めていた――膝の下までを煙がなぜる中を、ミオは奥へ進んでゆく。まるで冷蔵庫みたいな場所だな、と思った。

『ここが君の母体さ。君は此処で産まれた――懐かしいか?』

「……ッ!」

部屋の隅――紅い瞳の少年は壁に背を預けて立っていた。それを認めたミオは自動拳銃の銃口を向けて沈黙をつくる。少年は肩をすくめてみせると、部屋の中央を行き来した――銃口はピタリと敵の姿を狙っている。

『人は誰しも能力を持っている――それが個性であり、個をオンリーワンとして、かけがえのないものとしているものだ。素晴らしいな、人という生物は』

「……何を言うかと思えば、そんなことか」

『ここで行われていた実験で使われていたクローンは0021Aから3036Kまでの33165種類。そのうちのひとつが君。すべての個体に生まれつきの能力が備えられていたとして――君は、自分に何の能力が与えられていたか、知っているか?』

「……」

『いや、それは最後に話そう。まずは見てもらいたいものがある』

言って、少年は通電盤の近くへ歩み寄った。レバーを上へ押し込む。

『これが――僕たちの真実さ』

ゴゥン、と地下で何かがうごめく音。研究室の壁へ横向きの溝が生まれ、黒っぽい鉄の板が上下に移動した。意味不明な文字列が現れては消え、残ったのは水族館のようなガラス張りの中の海と、人間ならスッポリ収まりそうな大きさをした無数の試験管。

薄暗い部屋に、てらてらと燐の焔が光った――水の中にいたのは胎児である。まだ小さな背中を丸め、分化したばかりの指は水の柔らかさを握っていた。それが大きいものから小さいものまで部屋の壁を埋め尽くすように、ざっと数十。

「これは……俺、なのか……?」

『そうさ! このすべてが君と同じ遺伝子を持つ――存在してはならない存在(クローン)なんだよ! 多くは失敗として破棄されたが、まだ一部が残っているのさ』

「破棄したって…人間を……?」

『その通りだよ、使い物にならなかったのでね。酷いと思うか?』

「そんな――じゃあ俺は…そいつらを見殺しにして生きてたってこと、なのか」

汗が滴る。焦点をなくした眼は闇の中へ吸い込まれていくようだった。

実験台にされた三万の個体のうち、生き残ったのは約数十。では自分はどれだけの数を殺して生きているんだ――と考えた途端、ミオは嘔吐したい気分になった。

『ヒトとて同じさ。命を謳歌する人間は、必ず誰かの犠牲の上に立っている。世界は、ヒトはそれを思い知る義務がある。そして生きるべき人間と生きるべきでない人間――その両者の均衡を決定し、維持するのが[門番]としてのボクの役割なのさ』

「それが…っ、それがお前の目的だっていうのかよ!」

『否定はしない。この目的はボクの全てだ――いまさら言葉などでは止まらないさ!』

少年は胸ポケットから拳銃を抜き、トリガーを引いた。銃弾はミオの自動拳銃を弾き飛ばして跳弾/ガラスケースの向こうにある試験管を撃ち抜いた。硝子(ガラス)が飛散するけたたましい音のなか、レーは狂気に駆られたように次々と試験管を撃ち抜いてゆく。液体が跳ね、胎児の身はボロボロと崩れていった。

『さぁ! これで残ったのはキミだけだ! 世界に一人だけなんだ――この世界に存在すべきでない存在はッ! 何か答えたらどうなんだ、えぇ!?』

「……」

『ボクは此処でキミを生かすことも、死なせることもできる。単純明快な図式だよ』

言って、少年はミオへ向けていた拳銃を元のポケットへ収めた。一瞥すると踵を返して、部屋の奥へ出ていこうとする。

『今はいいさ。キミを殺すのに相応しい場所を用意しよう』

「待ってくれ――ひとつだけ訊きたい。能力を付加するために俺が造られたなら……俺に与えられた能力って、なんだ?」

ふ、と紅い瞳の少年は笑ってみせた。

『キミかい? キミに付与されたのは<殺す>能力――そしてキミは本能を忠実に守って生きてきた。運命からは逃れられないんだよ、ボクたちみたいな生き物は』


なんか遅れた気がするorz

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