祈るようなメーデー
『ミオ、行け! その手でトモカを救って来いッ!!』
血を吐くようなレゼアの咆吼を受けて、洋上に待機していた母艦のハッチから飛び出した一機の白亜――それは電磁レールの速度を活かして飛翔したそれは高く舞い上がったあと、地面スレスレまで降下/暴風を巻き起こしながら、高層ビルのあいだを猛烈な速度で突き進んでゆく。待ち構えていた無人機たちがその姿を追いかけるが、それが視界に入った瞬間には白亜はもういない。
押さえられた発電所のせいでバリアの薄くなった地下への入り口へ、〈ゼロフレーム〉は自重を暴走させながら、無茶苦茶な速度で転がり込んだ。
___________________________________________________________________________________________________
「飛び込めたのか、俺……?」
見渡すと、そこは真っ暗なトンネル構造のなかだった。幅と高さが二十メートル程度、人型兵器が窮屈な姿勢で通れるほどの大きさである。無我夢中で入り口へダイブしたミオは、状況把握に数秒の時間を要した。
「痛ってぇな…。フェムト、聞こえるか? 応答してくれ」
『残念だったな少年。あいにく彼女は手一杯でね、ここからは私が補佐しよう』
「クラナか。頼むぞ」
低めの声は落ち着き払った様子で、簡潔に戦闘状況を教えてくれる。地上で出現した大型無人兵器はレナ/イアル/フィエリアが先導して倒したらしい。途中、レゼアが勝手に飛び出したというハプニングも起こったが、すべて結果オーライで処理されるそうだ。それと地下では強力な電波妨害が展開されているため、深くなれば外部からの指示が得られなくなる、ということである。
クラナは咳払いして、
『喩えるなら水の中だろうな』
「水の中?」
『音が伝わらない』
「あぁ、そういうことか」
クラナの言った意味がわかって、ミオは思わず苦笑した。
湖の底――捕らえられた少女を救出するのである。外部からの指示は一切ナシ。どんな化け物が潜んでいるかわからなくても、いまは此処にいる自分と白亜を信じるしか方法はない。
「わかった。行ってくる」
スラスター展開/ここからは特有の爆発的な機動力は必要ない。
水の中へ飛び込む覚悟で、〈ゼロフレーム〉は静かに動き始める――ゆったりとした推進力でトンネルを進んでゆくと、すぐにクラナとの通信は途絶してしまった。地下へと傾いているせいで、予想より早くジャミングの影響を受けてしまったのである。
……ここからは完全に一人だな。
額にびっしりと汗が滲んできて、ミオは右手の甲でそれを拭った。地下へ近づくたび、コクピットの内部まで温度が上昇してくるためである。
モニターへ目をやった――が、妨害のせいで現在地が確認できないのは相変わらず。
「……」
幼い頃からASEEに所属はしていたものの、こんな侵入ルートが残っていたとは意外だ。もとからすべての施設を把握するなんて不可能なことだが、自分の知らない部分があるのは不思議な気分である。
どこだ…、どこにいる……?
自分のせいで不幸になった、本来ならば幸せに生きるハズだった少女――イズミ・トモカを奪還してみせる。そして、紅い瞳の少年をこの手で討つ。
「そしたら何もかもが終わるんだ……」
三重に閉ざされた隔壁を開くと、これまでとは違う広い空間に出た。喩えるなら地下駐車場のような構造で、天井が低い位置にあるのに対して左右の視界が大きくひらけている。オレンジ色のナトリウム灯火に晒されて、眩い光に目を細めた。
「ッ! ここにも敵が…?」
ミオの反射と敵の機銃から聚雨が迸ったのはほぼ同時――〈ゼロフレーム〉は左方向へスラスターを噴かして滑ったあと、頭部から機関砲を向けて牽制/素早く柱の裏側へと隠れた。
無人機の数は3、4程度。だが侵入者迎撃システムの稼働を考えれば戦うべき敵はもう少し多いだろう。レーダーが使えない限り、目視で倒すしかない。
「やれるか…?」
白亜はくるりとステップを踏んで影から飛び出し、流れるようなスピードを維持しながら無人機を追う。やや大回りになった〈ゼロフレーム〉は敵の進行へ割り込むとサーベルを横薙ぎ一閃、
「……次だ」
爆散をあとにして別の敵へ躍りかかると、たちまち二機が戦闘不能になった。
俺は、こんなところで立ち止まってなんかいられないんだ!
残った二機と迎撃システムをものの十数秒で沈黙させて、ミオは次の階層へと進んだ――また狭くて長いトンネルを経て、今度はさらに広い空間へ出る。
以前レナたちと使った仮想空間並みの広大さだ。四辺はもちろん、高さも申し分ないだけの大きさがある。地下にこんな広い場所があったのか、と驚嘆するよりも早く、ミオは中心部に漂う一機へ目を留めた。
真っ白な外壁と対比して映える、血のような真紅色の機体。ところどころ肉抜きされた形骸はまさに骨のようで、それが気味悪さに拍車をかけている。改修の程度も不完全であり、執念だけで立ち直ってきたみたいだ。
鋭利突貫の槍をぶん回し、そして矛先は白亜を狙う――
『来たな、白いの。今度は邪魔者もいねぇ、思う存分に殺り合おうぜ……!』
__________________________________________________________________________________________________
大砲のような図太い音が腹の奥に消えて、トモカは耳を澄ませた。場所は――少なくともここからでは、音の発信源は掴めそうにない。近いようにも遠いようにも感じられ、かえってそれが彼女を不安にさせた。
どうしよう、と少女は漠然と思う。
ノート型端末のひとつもない自分は無力すぎる――せいぜいこの空っぽの部屋でウロついているか、空腹を抱えて呼吸する程度しか出来ないのが、認めたくない事実である。
外部と隔絶されたこの部屋に、扉はひとつだけ。強固な守備、といえるほどのシロモノではないが、電子ロックを解除しなければ開きそうにない。
(蹴ったら割れる……?)
ていやっ、と試してみると防弾ガラスは予想外に柔らかい反応をみせ、トモカの右足に「じーん」とした痺痛を残した。少女は「つあぁぁぁっ!?」とのたうち回りながら苦悶/誰かに見られたら「もういいから死ねよ」と言われること請け負いである。
「痛ったぁ…やったなこんにゃろー、」
ガラスにキレてどうする。
……と指摘する者はいなかったが、トモカは気にせず再度回し蹴り姿勢。
そう、こういう時はガラスの向こう側に「何か美味しいもの」があると仮定して蹴れば破れるに決まっている。もちろん科学的な証拠は皆無だったが。
「ばなな」
ガラスの向こうに――世界一美味いばななが――待っているッ!! ……の三段でタイミングよく回転脚を叩き込むと、防弾ガラスは勢いよく弾けてしまった。
「えぇぇっ!?」
割れちゃった。防弾ガラスが。
「えぇぇ――っ!?」
砕け散った破片を見て、トモカは再確認するように縮こまったままジャンプ/拍子抜けしたように床へ膝をついた。
「いいんですかね、これ」
……誰に訊いてんだよ。
と、指摘する者さえいなかったが、トモカは膝を払って立ち上がると壊れた扉の向こう側を窺った。見えるのは真っ直ぐに延びた廊下と、今は降りていない隔壁のみ。
出れないことはないだろう。ここから逃げることは叶わなくても、施設内を動き回ることは出来そうだ。
丸腰の自分に不安を感じながら、
(……怖い)
トモカは漠然と思った。閉ざされた部屋の中で静かにしている方が、たしかにリスクは少ないだろう。踏み出す今になって、ようやく脚が震えを持ち始めた。
でも、行かなくては。
少女は前へ進む。目的はただひとつ。
__________________________________________________________________________________________________
戦狂〈ヴェサリウス〉の動きは、以前にも増して鋭さを帯びていた――機動力だけに飽き足らず、操縦手の反射神経/反応速度/攻撃のタイミングを引っくるめた全ての動きにキレがあり、余裕とつけ入る隙が微塵もない。
「チッ! コイツ、執念だけでここまで!?」
ミオは敵の猛攻をかいくぐりながら、白亜の機体を急旋回させた/体勢を取り戻したとき、真紅は懐へ忍び込んでいる。
「――速いっ!?」
『遅ぇんだよ、ばーか』
く、と声を引き絞って苦悶。〈ゼロフレーム〉は後方へ宙返りして機関砲を向けるが、真紅は悠々とそれを回避――腰から抜いた双銃が白亜を捉える。
精緻な射線を避けて、〈ゼロフレーム〉は距離を取るために空間転移/一瞬にして二千メートルを飛び越えた。しかし地下空間のギリギリ端だ。追い詰められた形になる。
「おまえ…っ! なぜレーに協力する!?」
『ハッ、気を散らせるつもりかよ? くっだらねーなぁ!!』
そらよッ! と思いっきり振りかぶってみせ、真紅は手から槍を放つ――投擢された得物はプラズマの如き速度で疾ると、地下構造の真っ白な内壁へ突き刺さった。
『死ぬ前に教えとくぜ。一つ目はカネ、二つ目はカネ、三つ目もカネさ。世の中あんなに役立つモンは無ぇ。だが、もっと大事なことは――スリルだ』
「スリル……?」
『生きるか死ぬか、殺すか殺されるか――賭け金は自分の命、切札は自分の力。役満もストレートもありゃしねー、そんだけの話だぜ?』
言われて、ミオは初めて押し黙った。
自分は、いま目の前にいる傭兵=戦狂を否定できるのだろうか?
弱肉強食の世界が数え切れないほど蔓延り、弱い者は強い者に次々と狩られてゆくそんな場所――そして『生きるに値しない』と、存在すべてを否定され/生きる場所を奪われてしまうような世界を、自分は否定できるのか?
「……」
ミオは前髪を掻いた。氷のように冷えきった双眸が、静かに真紅を睨む。
『ケッ、どうした。おまえだってそうだったろ? 自分を否定するのが怖いのかよ?』
「俺だってそんな悲しい世界で足掻いてきたんだから……わからないワケじゃない」
『アイツはそれを否定するらしいぜ? そんなの間違ってる世界だ、ってな』
「なんだって……?」
『さぁ、詳しいことは知らねー。話は此処で終いにしようぜ』
言って、戦狂〈ヴェサリウス〉は内壁へ突き刺さった槍を抉り抜いた――軽やかな動作で両端を回し、尖端を白亜の機体へ向けて構える/すでに臨戦態勢だ。
「……」
ミオは戦狂の放った最後の言葉の意味を考えていた――あの紅い瞳の少年の目的がいったい何なのかわからなくなってきた。
(悲しい世界を否定する、だと……?)
もしかしたら、レーと自分の目的は一緒なのかも知れない――。そう考えただけで、ミオは相手の真意を確認せずにはいられなくなった。
『どうしても行きたくなったら、あたしを倒してから行きやがれ』
「……わかった。容赦はしない」
急がなければ。取り返しがつかなくなる前に――。
前髪を掻きむしる。普段は明るい黒をしたミオの眼が、今は淡い翠に覚醒していた。もう何も視ない――それはモニターへ映された数値を遥かに越えた、さらに向こう側を睨んでいた。
_________________________________________________________________________________________________________
「くっそ、強ぇーな…アイツ」
捨て台詞を吐きながら、戦狂は〈ヴェサリウス〉のコクピットから這い出た――灼けつくような痛みは、しかし外傷ではない。どうしても勝てないという悔しさと、強さへの羨望、といったところだろうか。胸が焦がされたみたいである。
浅黒い肌と同じ色の膝を払って、彼女は壊れた機体の外へ脱出/地面の上へ降り立った。地下なのに地面があるというのは、なんだか不思議な心地がしたが。
白亜は決意と意志を固めた途端、その動きを変貌させた。〈ヴェサリウス〉はわけもわからず翻弄されて、その果てがこのザマである。
胸元のポケットをまさぐったが、こういうときに限って煙草の一本もないのが口惜しい。諦めて頭上を見上げたが、すでに〈ゼロフレーム〉は見当たらなかった。
ボサボサの髪を適当に掻いて、
「さーって、ここからどーやってトンズラしようかね」
死んだワケじゃない。終わったワケじゃないと――辺りに突っ立っていた標識[非常口まで→4キロ]を見て、戦狂はニッと笑った。……どうやら徒歩しかないらしい。
さて、ちゃんと更新できました。
今回タイトル「祈るようなメーデー」は好きなアーティストの曲・歌詞から拝借しました。
…戦狂って、どうでした?
登場期間が短かったわりに、個人的にはなかなか書いていて楽しかったキャラクターの一人です。強いし。
あ。七つの武器を自在に扱うということですが、今回では全貌が明らかになりませんでしたね。ナイショですよふふふ。
構想を練ってる(未だに)続編では、彼女に照準を絞って書きたいなぁ……と思いつつも、実はこの作品『E』の改稿版『マイナスゼロのある世界』を執筆中です。
★「あらすじ」を少し変更したかも?