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俺、このテストが終わったら~覚醒の時~

作者: 銘奏的子

 駄目だあぁぁーもう、もう駄目だもう私は駄目だ。

 狂ってしまう、頭内が、髄液が鼻から出そうだ。痒い、表面じゃなくて内側まで痒い。指に抜け毛が絡み付いているのを見て今度は腕を掻きむしる。

 いったい何なんだ。どうして私は、こんな暗い部屋で、独り、テスト勉強なんかやっているんだ。あらためて気づいたその事実が私の精神を右に左に蹴り回す。十七歳で、女子高生で、つまり人生の絶頂期になると期待してたのに、どうして真面目にテスト勉強をする自分を許容しているんだ私は。

 視界の端に積み上がっていた蒼い塵は気づくと霧消していくが、追い立ててくるいつかの理想からの圧迫感で窒息しそうになる。だから叫ぶ。叫んで喉を開く。壊れるまで叫び続けて事切れるのならそれも構わんよ一向に。だが咳は出る。声が途切れて声帯は助かったが思考が戻ってきてまた叫ぶ必要が生じる。

 叫びながら頭の端は冷めている。このどうしようもない咆哮は単調な生活へのやるせなさから発せられている。もっとなんかあるだろうと自分に問われながら生きるのが嫌でも踏み出せなくて、どこを見てもキラキラしてるから決められなくて、立ち止まったまま学生の本分は云々にしか時間を使えない。でも濃い生活を送っている人と同じくらいしか伸びなくて、自分の時間が薄くて安いように感じる。

 単位が人生になると曖昧になる生活への満足は、普通という膜越しならはっきりするけど、私がこうも肌荒れを引き起こしながらでしか生きれないのは少なからず自分の気質に由来してるはずなのに今の私は独りでできる範囲で満足できないから他人が、同姓でも異性でもいい、カレぴを作って寝れないくらいくっつきたい、妹と姉妹百合空間を演出したいでも妹もいない。誰かの吐息とか、同意とか、自分と違う予想外が欲しい。もう生活を自力で盛り上げるのがつらい。誰もいないならせめて自分に溺愛される私になろうとしても結局他人の目が、いるんだ。



 夢が好きだ。夢は可能性を示してくれる。私は自分の頭だけでダムの底でもフランドル地方でも冒険できる。経験上朝四時に布団に入り七時に無理矢理起されるまでの睡眠で愉快な夢を見ることが多い。だが昨日の夜から私の頭は理想ちゃんと焦燥感くんの相手で忙しかったため一睡もできなかった。

 ねむけ眼球をねりねりしながらテストを受けに学校へ来た。ちょっと眠そうな女の子とかかわえーよなーなんて自分に期待しながら来た。テスト勉強は途中で投げ出したけどまあ赤点はとらんでしょう。もし赤点で呼ばれた補習が教師との(性的な)課外授業だったらどうしよう誰がいいかなうへへ。

 教室に入ると刹那時が止まるのを感じる。時計をぱっと見たときに針が止まってるように見えるあれが、級友たちの声と表情が一瞬途切れるのに似ている。意図せずタイムストップの能力が発動するのは毎日なのでもはや何をするべきでもない。自分の席で教科書ぱらぱらめくるめくっとけばいい。

 ホームルーム、担任からテストの激励に被さってくる注意事項の放送。携帯とスマホの項はたぶんここ十年くらいで足されたものだ。スマホは普段から校内では使えないのに持ってくる意味がわからない。だから家に置いとくと今度は携帯電話を買った意味が分からない。あのね、私スマホ買った時に浮かれてLINEスタンプを二千円ぶんも買ったんだけど、それをもう二ヶ月くらい誰にも送ってないんだ。LINEの公式に送ってみた分以外だと。

 テスト=現社、保体、数学。簡単、エロい、むずい!宿題を係りの席に無言でぽいしてすぐ撤収。明日が最終日で家庭科と英語と世界史。帰ってすぐ勉強、のつもりが事切れるように床で寝てしまった。



 覚醒との境界がはっきりするのは、直前まで夢を見ていた時だ。時計の針は9、窓の外は暗い。睡眠時間は九時間か三十三時間だな。ダイニングには元昼食と夕食がラップにかかって置いてあった。みそ汁その他。ちゃんと作ってくれたのに一緒に食べれなかった謝罪を寝ている母にテレパスし、レンジでチンして食べ始めた。うちのレンジは本当にチンって鳴るのだ。

 さて、創作物が溢れている現代に生きる私たちは、物語のなかで先の展開が予想できるお約束な描写や台詞を見つけることができる。人はこれをフラグと呼び、物語世界を冒険する際の旗印とする。

 私もそんな現代文化(サブカル)に毒された身であって、お脳だけ不用意に起きてるときに漫画みたいな展開を夢見ることもあるわけで。

「この―――が終わったら、俺、結婚するんだ」

 みそ汁を箸でかき混ぜながらはっきり思い出せるのはこのシーンだけ。あとはうっとりできるくらい入りこんでた感覚。

 少々この台詞を夢分析して遊んでみよう。

 この台詞だけ見るなら、私がこれを言ったのか聞いていた側なのか分からないが、それはかろうじて誰かに言われた感覚が残っている。そいつが女装すら似合いそうな中性的な少年なのか高身長のイケメンなのか、おっさんなのかは分からない。ただこの人にはぞっこん中の誰かがいて、なおかつこの彼はこのあと紅い華を咲かす運命にある。で、これが遠回しなプロポーズじゃないなら、聞いている私はこの人と恋仲ではなく、その上実は私の片恋相手だったとしたら振られた瞬間ということになる。

 夢とはいえ、あるいは夢にしてはありきたりすぎる展開で恥ずかしい。だがこの時の悲壮感というか、覚悟を目の当たりにした衝撃がじんわり残っている。

 この人は死ぬ。そして残された最愛の女性あるいは男は訃報を耳にして呆然と涙を流すことになる。人と人が出会って、愛して、それなのに悲劇が起こる。何かの報いであっても彼が必死で生きていたのは間違いないのに。

 なんかしんどくなった。こういう感傷は嫌いだ。これが増えるとまた自分に酔ってしまいそうだ。しかもこれ、私の夢である以上全部自前の感動だ。不幸自慢してるときよりもたちの悪い自己陶酔に染まってポエムや夢日記を書くまでにはなりたくない。いよいよ自分にまいってきた。



 あれからしばらく勉強して寝て起きたら、いらんおセンチな気分は消えてくれた。フラグといえばモンゴルの将軍でイル=ハン国の建国者だ。ほら世界史もばっちり。

 学校に到着、賑やかな教室入り。

 そういえば時魔法のことだけど、これ、教室にうほうほ騒がしい男子が多いとみんなの注意がそいつらに向くので発動しない。だからホームルームぎりぎりに行くのがいいか、いや教室の空気とかどっちでもいいのだけど。

 そんなこんなでテストをみっつ解いて、長かったテスト週間から放課になった。各教室の喧騒が廊下を通って校門まで溢れる前に学校を出た。

 長くてつらくて仕舞いには人生にまで不満の翼が至ったテスト週間は終った。これはもうこのまま家に帰ってる場合じゃない。祝わねば。嬉しいことに明日は土曜これはお勉強とは別の本気を披露せねばなるまいぞ。

 テストが終って私が来たのはカラオケボックス。コンビニで昼飯買っての参上だ。今が一時なので暗黙の門限から逆算して七時間は個室で騒げるぞ。食べ物の持ち込みもOKだ。フリーで1400円は高いのか分からんが家の近くにここしかないのだ。

 たばこ臭いこの部屋が、いまから七時間私の城だ。極力歌い続けられるようグラス五杯分の飲み物を用意。

 私は歌った。アニソンとボカロとバンドの曲で、思いつくのは全部歌ってもたかが知れてるので二回三回と歌った。カラオケランキングで知ってる曲が確実に減ってるのを見てうれしくなって、メロンソーダ飲んで、ラップパートも全部歌えた。

 叫んでる割に一昨日と比べて穏やかな時間が過ぎていく。内心はいつだって孤独でも、毎日クラスメイトですし詰めの学校に行き帰ったらたいてい家族がいる私は、その差に苦しんでいたってことか。


 

 五時間歌い続けて、お花摘みに行きたい衝動が下半身の制御を取って代わった。

 トイレから出て、ジュースを取りに行って、前の盛り上がってる二人がこっちを一瞥してきたのを無視して。

 部屋帰って。

 こいつらは全く。教室でもっと大声でカラオケ行くアピールしてくれたら、今日は来なかったのに。

 さっきより部屋の中が静かに感じる。まあ歌ってないから当然か。別の部屋からはしゃぎ声が聞こえてきそうで、知らない曲を適当に入れた。やたらしょぼい伴奏だ。

 あー

 糞なんだよな。たぶん私のほうが。私が狂ってるとしても、私以外が全部狂ってるとしても、他人から見て変なのは私だし。いつからかみんなが自分の反対側に立ってる人たちのことになってる。とっくに変人と魑魅魍魎がうごうごしてる方に入ってそうなのに、自分の器に合わない常識を捨てきれないでいる。

 他人といると、いつも明日に期待することになる。ちょっとしたお出かけでさえ、誰かが待っていると思うと前の晩から落ち着かない。楽しいけど、すごく面倒くさい。気楽じゃないし、待ってる間に裏切られたら、もし今朝の野郎みたいなのがいたら堪ったもんじゃない。そこまでじゃなくても他人の怪我や病気の可能性にまで煩わされたくない。

 ぐらいのことはたぶん誰でも思ってて、でもズッ友ズッ友言えてる奴らは、一緒にいて本気で楽しめている。仮にそうでないとしても私はそうだと決め付ける。そして私は違う。他人との会話が苦痛で苦痛で仕方がない。特にあの雑談とかな。雑談という言葉を知る前と比べて、雑談自体はめっきり減った。会話とか誰かに合わせてる間、私は完全に死んでいる。持ってる価値観を無理矢理捻じ曲げて口を動かしてた。もうそんなことしないけど。

 今だから、私も誰かといれるかななんて思っちゃう状態が特殊なだけで、ずっと一人の部屋にいれば絶対もっと安らかな時間になる。


 今日だってそうだったじゃないか!


 大体私は、本気で願っていた訳じゃないけど、いつも願ってやまないくらいに本気だった。 私と出会った全員が毎回困った子を見る顔をする。まるで私が困ったちゃんみたいな顔をする。人生通してこれなら両手両足じゃ足りない。みんな悪いのにそれなら私ひとりのほうが手っ取り早いに行き着いたとしてもだれにも罪がありませんから。無視の波動を感じるたび、無人の誤解を喰らうたびに、全滅祈願して私だけ私を守ってきた。私を殴る奴なんて誰もいない。誰もいないから逃げられないです。命が大事とか一番知ってるから。だから願って、自分が死んでしまう前に。細切れの責任で掴めぬ霧の悪意に殺される前に。

 この先大学に行こうが就職しようが、他人と密になる機会がないことはないのだろうけど、私は全部無駄にしちゃうんだ。ひとりでいると寂しくて、つるんでいる奴らを見てられないけど、だいたいの生活は楽だから。でもやっぱり、私の人生は長い。十年くらいならそれでもいいけどそんなことない。他人が他人のために使う平均寿命分の時間が、暇という重さでのしかかってきてる。全部私ので、駄目になるくらい楽だけど、なにもしないとすぐ飽きる。もう飽きた。


 仕方がない。そういうもんなんだろ。世界がそうできてる。私は乗っかれないからいつもいんどい。死ね世界、死ね学校、死ねクラスメイト!


「こんなどうしようもない未来しかない奴を慰めるために、ファッションでも妄想でもない、夢があるんじゃないのかな。なんてね」

 

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