カブト虫の恩返し
おお?ガキンチョ、ケースの入口締め忘れてるし、コレはチャーンス!自由の世界に、レッツゴ!したはずだったのだが………。公園の樹で一休みしていたら、ラジオ体操帰りの爺さんに、不覚にも捕まってしまった、憐れなボク…………。カサと動いたのど飴の袋の中。
ゴメン、いいって、ゴメン。いいって。ホントにごめんなさい。
ふう、やっと探し当てた。あれれれ?なに?命の恩人のお姉ちゃんの前に、正座して謝ってるお兄ちゃんがいる。
「いいよ、また貯金してよね、次はもっといいのを買ってもらうから、通勤車両無いとクビだし、そっちの方がだめよぉ、無職の男に嫁にはやらん!てお父さん反対するし、私も養えるほどは、かせげてないから、専業主夫は無理だしね」
「俺ってついてない……、この時に何で鹿にぶつかったんだよ………もう!泣きたい………」
はぁ、このお兄ちゃん、対物事故をしたらしい。車の修理費に結構かかるのだ。鹿やイノシシって頑丈なんだよなぁ、乗用車と戦ったら、まず車の方が、かなりの確率で負けるって、前の家のお父さんが、話してたから知ってる。
「お父さんも心配してたよ。怪我ないかって、車は治るけど………、指輪は逃げないから、後からもらうから、うん、選びに行く前で良かったよ。ネーム入れたらキャンセル出来ないしね、もう、泣かないの!」
ふお!ぬぁんと!ペシッ!って、ペシッって、しょんぼりとしているお兄ちゃんの頭を、叩いているよ。何だか面白そうなので、ヨジヨジと近づいて眺める。
「でも、お前の誕生日に、指輪渡そうって、渡したかったのに………そ、それが、車の修理費に消えた………鹿ー!俺の貯金を返してくれぇぇー!」
吠えてる………。お姉ちゃんが、仕方ないよって、肩ポンポンしてるし、そして、ちょっとだけ寂しそうに、カレンダー見てる。
コレは……、何故かお姉ちゃんに、お返しをしなくては、とその時思った。何故なら、命を助けてもらったから。
ボクをお姉ちゃんに、渡したじいさん、今になれば、よくやった。良かったよ。そのへんのガキンチョじゃなくて、ボクはホームセンターで、みんなといたんだ、ある日小さなケースに入れられて運ばれた。
そして、うん、大事にしてもらったけどね。ゼリーやスイカや、ふかふかなマット、でも、外からシャンシャン聞こえたら、空を飛んでみたくなったんだ。
ゴメンネ、他の兄弟買ってもらいなって、ボクは締め忘れたそこから、逃げ出したんだ。窓も開いてたし。だけどすぐ捕まった。
「え、カブト虫、はぁ。ありがとうございます」
のど飴の袋の中は、なんか息苦しくて、あぁ、このまま終わりかなぁと、知らない声で交わしている、外のやり取りを聞いていた。テレビの歌のお姉さんみたいな声だなぁ、とぼんやり聞いていると………。
何と!ボクは袋からそろりと取り出された。パチ!と気がつくと、白くて柔らかい手の上だったよ。外の空気が気持ちよくて、羽を広げた。
「気をつけてね」
そう、ボクはお姉ちゃんに、たすけてもらったんだ。そのまま青い空を、力いっぱい飛んだ。そのままどこかに行こうかと考えたのだけど、何故かそれではいけない気がした。
何故なら、ボクは千年を生きた朽ち木を食べて、大きくなったんだ。だから少しだけ、色んなことを知っている。蛹になった時に、色んな事を夢をみたから。
よし!できる事はしてみよう!とボクは、決めた。夢に出てきた場所に行こう!とそこに行けば、きっと原始の一本が助けてくれると思う、
この世の全ての木々は、創生の森につながっている。ウロを探せ。そこに潜り込め、願いがあるならば、その森にたどり着ける。
夢の中で聞いた『コエ』がした。ボクはそこを目指した。大きな木を探した。朝捕まってしまった、あの公園の一本に、小さいけれど、それを見つけた。ボクはモゾモゾとそこに潜り込む。
お姉ちゃんにお礼をしたいのです。とお願いしながら。
「ふふふん、そうなのかい、久しぶりに恩返しをしたいというから、誰だと思えば、カブト虫かね。そうかい、律儀なこったねえ」
懐かしい朽木の臭いがしている所を、モゾモゾと歩いて言ってた筈が、何時しか知らない所を歩いていた。そして聴こえて来た『コエ』
「お礼をするのかい、ならばここに有るものでないと、品物は作れない、そして運ぶのはお前、それが決まり。さぁ、何をどうしたい?」
うん!やった!辿り着いた!決まってる。ボクは知ってる。ココはソレが沢山有るって事も。
ちゃんと渡すんだよ。渡さなければ、それは消えてしまうからね。それと、後でここに戻って来るんだよ。わたしもタダでは、困るからねえ、望みを叶えた対価は、払ってもらうから。しばらく私の元で、働いてもらうからね。
「力仕事が出来るコが、欲しかったんだよ」
創生の森の原始の一本に住む魔女と、約束をしたんだ。この仕事が終われば、その森でしばらく働くんだ。ちゃんと渡さないと、消えてしまったら大変。
ボクは角にかけてある、丸い指輪を二つ、確認をする。ボクの体から離れると、ちゃんとした大きさになるように、呪いはかかっている。
金茶の光の輪、琥珀の指輪が二つ。大昔の樹の化石、美しい宝石。お姉ちゃんに届けるのだ。お兄ちゃんが側にいる時に。
きっと、ボクの事を、気がついてくれる。
お姉ちゃんの家に戻った。ベランダからちよっと覗く。お兄ちゃんもいる。
闇夜の空が白々と、開けてきた。
ボクは玄関へと、のそのそと向かった。
ちゃんと気がついてくれるかな?
ドキドキしながら、ボクはそこで待っている。
これは、昨日の今日の、物語。
これは、カブト虫の恩返し。
コレは、そういうお話。
玄関のドアが開きました。
「え?カブト虫?何?昨日助けたの?え?え?」
「助けたってカブト虫を?そういやそんな事言ってたな、お?なに?何か伝えようと………」
やれやれ、どうやらウマク行きそうです。
めでたし、めでたし。