第5話 魔法は『最高の遊び道具』
「マシュルさん、本当にありがとうございます。私達をアロッタの街まで馬車に乗せてくださって」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらですよ。貴方方もアロッタの街に行くという事でディアルさんの代わりに護衛を頼んだんですから」
本来なら護衛をするディアルは未だ起きず、目的地が同じという事でマシュルは俺達を新たな護衛役として雇い、馬車に乗せてくれた。街に着いたらギルドに状況を説明した後、報酬金をくれるそうだがいくら程くれるんだろうか?
そんな事を考えつつ、周囲に注意を向けていると横に座るミレットが頬を突っついてきた。
「どうした?」
「これ見てよこれ!どれも懐かしい物ばっかり!」
ミレットが見せてくるのは積み荷の袋から勝手に取り出したと思われる可愛らしい人形や耳の形に合わせたような道具、それから大きなマントであった。背後にはそれ以外にも色々と置かれているが、俺に見せてくれるのはその3つだけである。『懐かしい』と口にしているが、そういえばどれも昔ミレットが作っていた物に似てるな。
「まずはこの人形ね!分かると思うけど、魔力を流すとボクが思った通りに動き出すんだ」
そう言ってミレットが人形に魔力をほんの少し流す。すると人形は突然立ち上がり、俺の周りをトコトコと歩き出した後に倒れてしまった。これはミレットがおままごとで遊ぶ時、人形や料理道具などに掛ける操作魔法だな。『掛ける』のではなく、人形に魔法式が『組み込まれている』という事からやり方は違うが。それから今の様子を見るに魔力はあまり込められず、出来るのは歩行だけみたいだな。
「次はこれだよ。アリファーラ、耳に付けて魔力を流してみて」
「これは……ああ、なるほどな」
ミレットが渡してきたのは耳の形に合わせたような道具である。形からして付けるは右耳だと思い、そちらに付けてみた所ぴったりだった。そして試しに軽く魔力を流してみると道具から何かが聞こえてくる。
『〜♪〜♪♪』
「綺麗な歌声だな。声からして若い女性か」
「だよね〜。記録魔法で歌をこの道具に記録させてるけど、魔法式が欠陥ばかり。だから1曲しか記録できてないんだ」
「ミレットが作ったやつは500曲くらいだったな」
おかげで何もない時にはいい暇潰しになったものだ。確か全部聞き終わってからは〔無限道具袋〕に入れたままだったけか?随分と昔の事だから覚えてないが、あの袋の中は時間が一切経過しない。どれだけ昔の物でも壊れて聞けなくなっている事はないし、今度また聞くか。
「それから最後はこれ!覚えてるでしょ?〔透明マント〕のこと」
「透明になった者同士で遊ぶ時に作ったやつか。まぁ、あの時のと比べると随分とお粗末みたいだけどな」
ミレットが〔透明マント〕を被るとマントと共に姿が消えたが、完全には消えていない。奥に見える風景が乱れているし、本来なら隠れるはずの気配も魔力も全く隠されていない。まぁ、後者は別にミレットなら隠せるから問題ないが。
「ちょっと!?なにマシュルさんの積み荷を漁ってるの!」
前方で馬の手綱を握るマシュルと話していたマロアは馬車の中へと戻ってきたと同時に、俺達の姿を見て声を荒げた。しかし漁っていたのはミレットだけだ。俺は巻き込まれただけである。
「え〜っ、だって暇だったんだもん!」
「はははっ、エルフのお嬢ちゃんは魔法道具が気に入ったみたいだね。どうだい、1つだけならあげるよ?」
すぐに怒ってきたマロアと違い、マシュルは器が広いようだ。店で売る魔法道具を渡すのはどうかと思うが、助けた上に護衛をしているんだからそれ位は問題ないのかもしれない。しかしミレットは別に懐かしがっているだけで、気に入ったわけじゃないんだが……。
「ううん、いらないよ。だってボク、こんなの簡単に作れるし」
「……えっ?」
「それもここにあるどの魔法道具より完璧な物をね。だってここにあるのどれも魔法式のどっかが抜けてたり間違ってたり……欠陥が多いんだもん」
ぷくーっと頬を膨らますミレット。自分で作れるとしても、どれだけ簡単と言ってもその為には自分が動かなければならない。ミレットが満足できる魔法道具がここにあればそんな事をする必要はない。しかし無ければつまりは遊べる物がないということ。
『自分が遊ぶ物をどうして自分で作らないと駄目なの!?』とミレットは前に玩具を買ってもらっている子どもを見てそう叫んでいた。しかしそれに対する答えは簡単だ。ミレットの要求するレベルが高いから、以上。
「い、いやいや……確かにエルフは魔法を得意としているし、知識も凄い。しかしそれでもこれらを全て作るのは無理だよ。ここにある魔法道具は全て王都にいる魔法使い達が古の時代から伝わる魔法を何十年もかけて解読し、その魔法が使われている物だからね?」
「古の時代……」
ミレットがこれらを作る為の魔法を生み出したのは少なくとも3千年前だ。俺達とは違い、今の時代を生きている人々にとってその年代を『古の時代』と呼ぶのは妥当かもしれない。しかしここにある魔法道具全てに何十年もかけて解読された魔法が使われているという事は────やはりどこかの時代で魔法が衰退したか、表舞台から消えたのか?
「マロア、マシュル。魔法使いは炎魔法や水魔法、風魔法とかは使えるか?」
「えっと……何言ってるの?魔法使いなんだから魔法は使えるに決まってるでしょ」
「他にも氷魔法や治癒魔法なども使えるよ」
その5つは使えているのか。しかしこれらは基本となっている魔法の一部でしかない。この基本となる魔法ならば使えていて当然だし、もしもこれらが使われていなかったら魔法は終わったとも言える。
とりあいず最低でも基本は使えると……ならば次は逆に最高でどの位使えるのかだな。
「心理魔法や通信魔法は?」
「し、心理魔法に通信魔法……?マシュルさん、知ってる?」
「確か、どこかで見た気が……ああ、そうです。神話について書かれた本にそのような魔法が載っていたような気がします」
何故そのような本に?心理魔法は難しいから分かるが、通信魔法なら俺みたいな魔法使いじゃなくても使える簡単な魔法だぞ。魔法式も少ないし、魔力の消費もほとんど無いというのに。
(ボクらが普通に使っている魔法が今では伝説になってるんだね……)
(そうみたいだな)
(何で!?通信魔法なんて凄い便利な魔法じゃん!それがどうして使われてないの!?)
(確かに便利だがミレア、お前はその先が見たいだけだろ?)
(もちろん!)
魔法を自分の『最高の遊び道具』にしているミレットにとって、自分の知らない新たな魔法を見つける事は楽しみの1つである。まぁ、見つけた所ですぐに自分も使えるようになってしまうから1つや2つではまったく足りないが。
ミレットが魔法が衰退してしまっている事にここまで怒るのはそういう事だ。『遊び道具』が増えるどころか変わらず、さらには減っているという始末。ミレットの性格が今よりもっと幼かったら、この辺りは癇癪を起こす彼女によって無くなっていただろうな。
「そのような魔法を知っているという事はアリファーラさん、貴方は神話にご興味が?」
「いや、そういうわけじゃない。頭の片隅に残っていただけだ」
というか興味があるどころか、本に載ってすらいない事まで知っているに違いない。いずれは今の世界に俺達が知っている事がどれだけ歴史として残されているのか調べないとな。
馬車の中でそういった話をしている内に、馬が進む先にはそこそこ大きな街が見えてきた。