第3話 冒険者とは何だろうか
「なぁ、ミレット。これ、どうする?」
「〔ゴブリンの角〕とか〔ゴブリンの服〕とかはいらないと思うよ。その中にいっぱい入ってるって」
魔物は倒された時、その場に何かしらの素材を残す。ゴブリンが残すのは擦り潰せば漢方薬になる〔ゴブリンの角〕、防具になるがあまり役に立たない〔ゴブリンの服〕、あとはあのクソまずい〔ゴブリンの肉〕くらいか。
そしてミレットが指差すのは俺の腰にぶら下がっている〔無限道具袋〕だ。名前と違い、無限ではないが武器や素材、道具などを多く入れられる。しかも1種類につき100個まで入れられる他、入れる物によって口の大きさを変える事ができ、重さも変わらないなど普通の道具袋とは比べ物にならない程使いやすい。これの他にも錬金術で色々と作ってくれたフォルンには感謝をしてもし切れない。
「それよりもこっちの武器を持っていこうよ!きっとかなりの額で売れるよ」
「そうだな」
50体の内、20体程のゴブリン達が使っていた武器を俺は〔無限道具袋〕にどんどん入れていく。無茶な使い方をしたのか傷だらけな武器もあるが、どれもゴブリンが使うには強力過ぎる物ばかりだ。何故こんな物を持っていたのかは分からないが、武器屋に売って旅の資金にしよう。
「あ、あの……」
「ん?」
後ろを振り向くとゴブリン達に襲われていた女性が近付いてきていた。フワッとした茶髪に身軽そうな防具を身に着けている彼女だが、さっきから何をしても口を開けたまま反応がなかったから放置していたんだっけか。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「別にいいさ。偶然襲われている事に気付いただけだからな」
「ちょっと、気付いたのはボクだからね?ボクがいなかったらその子を助けられなかったんだからね?」
「ああ、ミレットのお陰だ」
「だよね!じゃあ、頭撫でて!」
帽子を取って頭を出してくるミレット。俺がその頭を右手で優しく撫でてやる。すると「ん〜♪」と幸せそうな表情と共に声を出したミレットを可愛いなーと思いながらさらに撫でた。
「えっと……」
「…………ん?ああ、すまん。ついこっちに夢中になってた」
「え〜、もう終わり?」
「また後で撫でてやるから」
「ん?ん〜……じゃあ、約束だからね!」
すっかり意識の外に飛ばしてしまっていた女性の事を頭の中へと戻す。ミレットが不満そうに声を上げていたが、後で撫でる事を約束した事で機嫌を良くしてくれたようだ。
「自己紹介が遅れたな。俺はアリファーラ・ヴァンク、こっちはミレット・ラーミュアだ」
「よろしくねー」
「え、ええ。私はマロア・エンシアよ。アロッタの街にある冒険者ギルドに所属しているEランク冒険者なの」
「……冒険者?」
聞いた事のない言葉が出てきたな。まぁ、最近……というかここ数百年間くらいは人間界にいなかったからな。その間に新しい物が増えたり、色々と変わっていても不思議じゃない。
「ねぇ、マロア。冒険者ってなに?」
「な、なにって……ええっと、冒険者ギルドに所属して、そこに集められる色んな依頼を解決して報酬金を貰う人達の事よ。冒険者の事を知らないって、貴方達どこから来たの?」
「俺達はここからもっと遠くの田舎から出て来たんだ。だから世間に疎くてな、知らない事も結構あるんだ」
「そ、そうなの……ところで答えたくないならいいんだけど、さっきどうやってゴブリンを倒したの?」
ゴブリンを倒した方法?……ああ、そうか。ここはもう人間界なんだ。なら俺がやっていた事を理解できていなくても仕方ない。
「剣から斬撃を飛ばしたんだよ。こんな風にな」
俺は鞘から抜いた剣の刃に自分の魔力を薄く纏わせる。そして横一直線に軽く凪ぎ払えば、その瞬間に魔力が不可視な斬撃となって放たれ────マロアの目に止まらぬまま、遠くに立つ大木を斬り倒した。
おかしいな、幹に傷をつける程度で放ったつもりだったんだが、加減を間違ったか?……いや、違うな。人間界の木が脆すぎたんだ。
「…………」
「あれ?マロア、大丈夫?おーい」
マロアは首をギギギッと動かし、倒れた大木を見ると目と口を大きく開けたまま固まってしまった。ミレットの掛け声にも反応せず、目の前で手を振っても駄目だ。まぁ、マロアは斬撃が見えていないからな。俺は魔力を感じられるし、ミレットは魔力が見えるからどこをどのように飛んでいるか分かるけど。
「な、何よこれ……あ、貴方、もしかして本当はSランク冒険者なんじゃ……?」
「Sランク?そういえばマロアは自分をEランクって言っていたな。何だ、冒険者は格付けされているのか?」
「ええ、そうよ……私は下から2番目。でもSランクは7つあるランクの中で頂点に立つ僅かな冒険者だけよ。その実力は国1つを相手に出来るとかって……」
へー、国1つを相手に出来るってもう化け物なんじゃないか、そいつら。……いや、そうなるとSランク冒険者だと疑われた俺まで化け物扱いにされてしまう。それだけはごめんだ、俺はまだ『長生きし過ぎている人間』でありたいからな。
「アリファーラ、もうそれは無理なんじゃないかなー」
「俺の心を読むな、心理魔法を使っただろ?」
「うん。まぁ、ボクも言える立場じゃないけどね〜」
ミレットは笑いながらそう言うが、確かにそうだろう。何せミレットは俺よりもさらに年上────
「……アリファーラ?女性に年齢の話は駄目だよ?」
「していないだろ。ていうか心理魔法をやめろ」
「は〜い」
「ね、ねぇ……さっきから何の会話をしているの?話の内容が見えてこないんだけど……」
心理魔法がどのような魔法なのかマロアは知らないらしく、理解が追い付かないらしい。まぁ、心理魔法は俺達が前に人間界にいた時点で使える奴はほとんどいなかったしな。おそらく今では既に存在していないか、使える奴が知られていないかのどちらかだろう。
「すまん、こっちの話だ。それでランクは分かったが、冒険者は依頼を解決すると言ったな。どんな依頼があるんだ?」
「色々よ。ランクごとに受けられる依頼は違うけど、私が今出来るのは簡単な調査や危険度の低い魔獣の駆除とかね。今回は異例だったけど……」
なるほどな、それぞれのランクによって受けられる依頼が違うのか。確かに戦闘の初心者が魔族とかに挑もうとしていたら、絶対に瞬殺されるからな。そういった事を防ぐ為か。
「冒険者って面白そうだね〜」
「ん?」
「……は?」
「だって魔物を倒したりするだけでお金が貰えるんでしょ?それに受けられる依頼がどんどん増えていくのって、ワクワクするじゃん!決めた、ボクも冒険者になる!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ミレットが冒険者になる気満々でいる中、マロアが必死になって止めようとしてきた。何だろうか?あまり下らない理由だとミレットの機嫌が悪くなるから、それだけはやめてほしい。
「冒険者は死と隣り合わせなのよ?さっきの私みたいに大量のゴブリンに囲まれる時だってある。貴方達が来なかったら私は殺されて────」
「いいじゃん!死ぬか死なないかの瀬戸際なんて、すっごく久し振りだよ!!」
「えっ……ええっ!?」
あー、そういえば少し前にミレットが『この世界は暇すぎてつまらない!』なんて言い出して人間界を壊そうと暴れ出した時があったな。どうにか別の事に興味を持たせて止めたが。しかしマロアも言葉を間違えたな、そんな刺激をくれる冒険者という存在は完全にミレットの中で興味を引く対象物になってしまったぞ?
「ちょっ、ちょっとアリファーラ君、貴方からも言ってあげて。このままじゃ彼女、本当に────」
「俺はいいと思うぞ?それとあまり反対しているとミレットの機嫌を悪くさせて酷い目に遭うから注意しな。ああ、それから俺も冒険者をやりたいんだが」
「なっ!?」
「流石アリファーラ!話が分かっていてボクは嬉しいよ!!」
満面の笑みを浮かべて抱きついてくるミレット。しかし残念ながらミレットが思い描いている『ポヨン』や『フニョン』といった感触は一切な──────いや、これ以上考えるのはやめよう。心理魔法で今考えている事を読まれたらまずい。
「あ、貴方達ね……もっと自分の体は大切に……」
「分かってる、自分の身は自分で守れるさ。それに依頼も生死を伴うような物ばかりじゃないんだろ?」
「それはそうだけど……」
「なら決まりだ、俺達は冒険者になる」
俺達の事を心配してくれているマロアの気持ちはありがたいが、その気持ちだけを受け取っておこう。
「はぁ……分かったわよ、そこまで言うならアロッタの街にある冒険者ギルドまで連れていってあげるわ。そこでギルドの受付嬢に貴方達を紹介してあげる」
「いいのか?」
「私は命を救われたのよ?その位当然じゃない」
「いや、そうじゃなくてここには何かの依頼で来ていたんじゃないのか?」
さっき依頼について尋ねた時に『今回は異例だったけど』と口にしていたからな。となるとゴブリン関連だろうか?
「ええ、そうよ。最近、ゴブリンが増え過ぎているからその原因を調査していたんだけど……あれだけの数だともう私のランク外よ。これ以上の調査は危険だから街に戻って報告しないと……あっ、その事を証明する為に落ちてるゴブリンの素材を集めないと」
「あの素材全部集めるのか?」
「いえ、ゴブリンの討伐確認部位は角だからそれだけよ。でもどうしよう?私の〔道具袋〕、もう一杯なのよ。アリファーラ君のもさっき集めていた武器で一杯だろうし……」
さっきからマロアが何やら長々と呟いているが、とっとと〔ゴブリンの角〕を集めて俺の〔無限道具袋〕に入れてしまおう。その方がたぶん効率がいいだろうし。
「ミレット、〔ゴブリンの角〕を集めてくれるか?」
「え〜。やだよ、ボクそんな面倒な事やりたくないもん」
「そうか、アロッタの街で甘い物があったらご馳走してあげようと思ったんだが……」
「【物体転移】!────はいっ、全部集めたよ!」
転移魔法の1つ、【物体転移】によって〔ゴブリンの角〕だけが俺の目の前に山積みとなって現れる。
しかし甘い物に関しては相変わらず現金だな……まぁ、いつもの事だから別にいいけど。
「ありがとな、ミレット」
「うん!だから絶対に、ぜ〜ったいに甘い物食べさせてよ!」
「はいはい」
「えっ?……ええっ!?」
迫ってくるミレットを片手で押さえながら俺は〔ゴブリンの角〕を〔無限道具袋〕の中へとどんどん入れていく。その作業をしていると、マロアが信じられない物を見るような目を俺に向けてきた。
「な、何でまだ入るの!?」
「何でって……そういう袋だからな」
「ア、アロッタの街で売ってる一番高い〔道具袋〕よりも入るってどういう事なのよ……!?」
どうやら〔無限道具袋〕とマロアの知る〔道具袋〕ではかなりの差があるみたいだな。しかし〔無限道具袋〕には既に色々と入っているから、マロアの考えている量とは比べ物にならないんだろうな。
「よし、これで全部だな」
「ほ、本当に全部入るなんて……あっ、そ、それとゴブリン達が使っていた武器もギルドに提出するからね」
「売ったら駄目なのか?」
「駄目よ!?売っちゃったら誰に売り飛ばされてどこに行くのかも分からないじゃない!?大事な証拠品を売るなんて何考えてるのよ!」
ミレットと一緒にしようとしていた事を告げたら怒られてしまった。仕方ない、ここは冒険者として先輩であるマロアの言う通りにしよう。
(ねぇ、アメダス)
(ん?)
ぷんすかと怒りながら先を歩くマロアの後を追いかけていると、頭の中に俺の本名を呼ぶミレットの声が響いた。口頭以外での会話を必要とする時に使う通信魔法の【念話】か。何かマロアに聞かれたくない事でもあるのか?
(気付いてると思うけどこの森、いるよ)
(やっぱりか。奥から気配を感じたからもしかしたらとは思っていたが。どの位か分かるか?)
(弱いよ、魔物の中位種だね。ボクの分身でも飛ばしておく?)
(……いや、いい。久々に勇者として動きたい気分なんだ。しばらく放っておけばあっちから出てくるさ)
最近は勇者らしい事をしていないからな。まぁ、生きている事がバレると説明が面倒だから偽名とか使って隠れてるんだけど。それに動きが制限されてまた自由が無くなるなんて死んでも嫌だからな。
(分かった〜。あっ、それとさっき壊した所はちゃんと分身に直しておいてもらったからね)
(へぇ、いつの間に────)
(やり過ぎてなんか木の魔物が生まれちゃったけど!)
(おいコラ)
ちゃんと元通りにしておけよ、と【念話】でミレットに伝えて俺はマロアの後ろを歩いていった。
ゴブリン:倒すと〔ゴブリンの角〕〔ゴブリンの服〕〔ゴブリンの肉〕を落とす。