第2話 雑魚は何体集まっても雑魚
「なぁ、そろそろやめないか?森がどんどん壊れてるぞ?」
「じゃあ、あと3回!」
「さっき『あと2回』って聞いたが」
「それはノーカンで!」
俺がミレットの胸を触った事から始まった喧嘩……というか一方的な攻撃は時間が絶つにつれて段々と遊びへと変わっていった。ミレットが楽しんでいるからとことん付き合っているが、エルフが森を破壊していいんだろうか?ちなみにそれを尋ねたら『あとで戻せばいいよ!』との事であった。
まぁ、確かに治癒魔法は得意としているだけあって、凄まじい回復力だが……しかしだからと言ってこれはやり過ぎじゃないかと思う。俺達が立つ場所どころか周囲にはもう草1本すらなく、そもそも地面が死んだように真っ黒だ。俺が相手しているからこの程度で済んでいるが、別の奴が相手していたらどうなっている事やら。
「よーしっ、いっくよー!!……あれ?」
「どうした?」
「なんかボクの感知魔法に引っ掛かったみたい」
感知魔法────特殊な性質を持った魔力を放出する事で、魔力が存在する範囲内に敵が現れた時には即座に反応し、探している物もすぐに見つかるという便利な魔法だ。ミレットの場合はかなり広いと聞いているが、どれくらいかは本人ですらもはや分からないらしい。どれだけ広げているんだ?
「何だ、魔獣でも引っ掛かったのか?」
「うん、魔獣の……ゴブリンだね、これは」
魔獣とは魔物の中では弱い分類に入る方だ。逆に強い分類に入るのは知恵を持っていたり、人に似た姿をしている魔族だ。この2つの間には明確な差があり、例え魔獣が何百体という数で魔族に挑んでも勝てる確率はほぼ0に等しい。
そしてゴブリンは魔獣の中ではスライムやオークなどと同じく最下位朱に属している。つまり雑魚というわけである。
「数は50体位だね。何か囲んでいるみたいだけど……あっ、人間の少女だよ」
「何?」
「なるほど、ボク達がそこに行ったら絶対ゴブリン達に襲われるからねー。だから感知魔法が反応したんだ。よしっ、じゃあボク達は遊びの続きを……」
「いや、助けに行くに決まってるだろ」
新たな【暗黒火炎弾】を放とうとしているミレットの手首を掴み、止めさせる。俺の行動にミレットはきょとんとした顔は見せてきたが、そういう顔はよしてくれ。可愛すぎて説得しづらい。
「何で?別にボク達が行かなくても人間が1人死ぬだけだよ」
「だからって助けに行かないわけには行かないだろ?俺達は伝説の勇者一行だぞ」
「全員死んでるってみんな思ってるけどねー」
確かに俺達は世界中の人達から死んだと思われながらこの数千年間を生きてきた。そして長い時間を生きてきたからこそ、死んでいく人達をたくさん見てきた。だから感覚が麻痺している事は俺も分かってる。人が1人死んだ所でそれがどうした?と思ってしまうが、俺は伝説の勇者なんだ。困っている人を見捨てるわけにはいかない。
「とにかくミレット、そこに転移させてくれ」
「分かったよ。言っておくけど、ボクはアリファーラの頼みだから聞くんだからね?そこんところはちゃんと理解しておいてよ」
「ああ、分かってる」
俺がミレットの左手を握ると彼女は嬉しそうに右手を地面へと向けた。そして手が光ったと思った瞬間、俺達の足下には魔法陣が展開されていく。
転移魔法は2人以上で転移する時、使用者と触れていなければならない。そうしなければ例え近くにいてもその場に取り残されるからな。
「それじゃあ、いっくよー…………【転移っ!】」
…………あっ、そういや森直してないな。
私の名前はマロア・エンシア。アロッタの街にある冒険者ギルドに所属しているEランク冒険者よ。今日はギルドで『ゴブリンの数が異常に増えてきているからその原因を探ってほしい』という依頼を受けてこの森にまで来たけど……やられたわ。
「ゲボッ、ゲボボッ!」
「ゲボッ!!」
「くぅっ……!」
ゴブリンなんて魔獣の中じゃ最弱だから、パーティなんて作らなくても私1人でもどうにかなるって思っていたけど……現実はそんなに甘くなかった。ゴブリンの数は聞いていた数の倍はあるし、持っている武器はどれも強力な物ばかり。きっとこの森を通ろうとした商隊を襲って奪い取ったのね……。
「ゲボボボッ!」
「かはっ……!」
死角にいたゴブリンが振るった棍棒が脇腹を直撃し、私は吹き飛んで地面を転がっていった。着ている防具は鎧じゃないけど、それでもEランクの私にとってはとても高価だった服。でもその服も既に穴だらけで防具としてはもう使えないのは明らかだった。
あーあ、ようやく一番低Fランクから上がれて調子に乗った結果がこれかぁ……過去の自分に注意したい程に馬鹿な事をしたな、私……。
「ゲボッ!」
「ゲボボッ!」
「……あっ」
ゴブリン達がそれぞれの武器を振り回しながら迫ってきていた。でも私にはもう戦うどころか動く気力すらない。冒険者になりたいからって親と喧嘩して家を飛び出して…………それなのに私の人生、もう終わりなんだ。
「…………短かった人生だったなぁ」
私は殺される覚悟を決めて、目を瞑った────
「何が短いって?」
「……えっ?」
突然前から声が聞こえてきて目を開き、顔を上げればいつの間にか手を繋いだ少年と少女がいた。少女の方はきっとエルフだ。他人に肌を見せる事を嫌うエルフにしては珍しく露出の高い服を着てるけど、特徴的な長く尖った耳である事から間違いない。
「アリファーラ、ゴブリン達がこっちに向かってきてるよ」
「そうだな。さて、それじゃミレットはその子に治癒魔法を掛けておいてくれ」
「うん、分かったよ」
アリファーラという少年が鞘から剣を引き抜いたが、私はその剣がどんな物であるか知っている。あれは〔アイアンソード〕で間違いない。あの剣は剣士や冒険者の初心者が使うような武器だ。つまりアリファーラ君は私よりも弱いということ……!
「駄目よ、貴方じゃあの数のゴブリンは倒せないわ!」
「ん?ああ、忠告どうもありがとな。でもあの程度なら大丈夫だから心配しなくていいぞ」
「何を言って────」
「はい、終わったよー。どう、まだどこか痛む?」
「る、の……えっ?」
アリファーラ君を止めようと必死に声を掛けていると、隣から少女に声を掛けられた。終わった?まだどこか痛む?一体何を言っているのかと思うと、自分の体から痛みが消えている事に気付いた。そういえばアリファーラ君が私に『治癒魔法を掛けておいてくれ』って言っていたけど……えっ?ええっ?
「ね、ねぇ……もしかして私に治癒魔法を掛けてくれたの?」
「うん、そうだよー。だってボク、魔法使えるもん」
「で、でも杖は?詠唱は?それに治癒魔法なら緑色の光が……」
「悪いけど、全部秘密だよ。それよりほら、今から面白い物が見れるよ」
笑みを浮かべる少女の視線の先には剣を振りかぶるアリファーラ君、そしてその先は視界の端から端までゴブリン達で埋め尽くされている。SランクやAランクの冒険者ならともかく、Eランクの私にとってあの数は恐怖でしかない。そして対峙する相手はたった1人、しかも少年なのだから勝ち目などないに決まって──────
「よっ」
「「「ゲボラァァアアッ!!?」」」
「……は?」
アリファーラ君が〔アイアンソード〕を左から右へと振った次の瞬間、ゴブリン達の体が次々に真っ二つにされて吹き飛んでいった。さらには背後にある木々が何本も斬り倒されていくのが見える。
「うわーっ!!やっぱりいつ見てもアリファーラのあれ、鮮やかだなー!ボク、思わず見とれちゃったよ!」
「…………」
え、えっと……一体何が起こったの?
マロア・エンシア:アロッタの街の冒険者ギルドに所属しているEランク冒険者。
ゴブリン:ファンタジー作品には定番のモンスター。