赤と黒 出会う
「さっきから聞いてれば黒髪!何勝手な事言ってんのよ、ムカつくわね!」
いきなり見ず知らずの人に罵倒された事は、ヨシュアの13年間の人生でも未だかつて経験した事が無かった。声のする方に顔を向けた、すると先程こちらを見ていた赤髪の少女が居た。
真紅に染まる髪を持ち、腰まで届く長髪だった。凛とした顔に不機嫌そうな一文字の口、そして明らかに高級そうなドレスに身を包んだ少女だった。
一瞬驚き過ぎて理解が出来なかったヨシュアだが、真紅の髪を持つ少女に言われた台詞を数秒経った後に理解した。
ヨシュアは辺りを見渡す、もしかしたら他の黒髪の人に言ったのかも、気のせいかも知れないと、余りにも自分とは接点が無さ過ぎる、だが
「何キョロキョロしてんのよ、ムカつく。あんたに言ってんの黒髪」
ヨシュアはやはり自分に言われている事に気がついた、否、面と向かってハッキリと言われたため、嫌でも気が付く。何故見ず知らずの人にこんな事を言われないといけないのか、ヨシュアも少し腹が立った。
「えっと、君に何か失礼な事でもしたかな?」
しかしそれでも紳士的に対応をしようと心掛ける、幾ら相手が罵倒してきたからといっても女の子相手にムキになるのは大人気ないとヨシュアは考えたからだ、大人でも無いのに。
「失礼な事?自分で言った事も忘れたなんてボケてんじゃ無いの、鶏でももう少し憶えてるわよ。あと如何にも冷静ですみたいな演技しないで、ムカつくから」
しかしさらなる暴言が飛んできた。
自分を挟んで親友に暴言を吐いている相手にロイも流石に腹が立ったのか、口調を荒げて真紅の髪の少女に一言申す。
「おい、いきなりお前何なんだよ!」
「私はお前じゃ無い、リアナよ!リアナ・ラル・フリードマン!それにあんたに用は無いわ、引っ込んでなさい!」
真紅の少女は自分の名を名乗り、負けじとロイを威圧した。
「ん?フリードマン?」
だがリアナが名乗った家名にロイは何か引っ掛かるそぶりを見せ、何か考え込む。
そんな様子のロイを意に返さず押し退け、ヨシュアに近寄る。というよりは最早詰め寄ると表現した方が正しい。
もう少しで鼻が当たる距離まで近付いてきた、少し顎を前に動かせば唇が触れそうな距離、俗に言うガンを飛ばされている状況である。
リアナの整った顔が急に目と鼻の先まで来た事で、ヨシュアは戸惑いを隠せない。
「あんたがさっき英雄は要らないって言ったことよ、あれを訂正しなさい」
ヨシュアは一瞬、リアナに見惚れたが、直ぐに我に返り誤解を解こうとした。
「僕は要らないなんて言ってな「言い方が違うだけで要約するとそう言う事でしょ」
言葉を被される、どうやら有無を言わさぬ様だ、だが負けじと強引に早口で言い切る。
「あれはそういう意味じゃなくて、英雄一人に執着しない方が良いっていう僕の考えだ。君にも自分の考えがあるだろ?押し付けは良くないよ」
だがリアナも腕を組み、そっちがその気なら、と更に言葉を続ける。
「ふん、ムカつくわね、あんたの理屈は聞き飽きたわ! そもそも最後にモノを言うのは力、武力よ!そのお得意の口八丁で賊や獣から誰かを守れるの? 国を口や計算で守れる?守れる訳無いじゃない! 守る為にも平和の為にも強さが必要よ!要するにあんたは自分に力が無いのを認めたくなくて、強さの象徴の英雄を否定しているだけのムカつくただの雑魚よ」
この嵐の様な反撃を受け流石に紳士な対応が出来なくなったヨシュアは少し言葉に棘を入れる。
「僕の何が気に入らないか分からないけど、兎に角君みたいなとんでもない脳筋が英雄になると、本人は守ってるつもりでもいつか壊されそうだ。君の親の顔が見てみたいよ、きっとゴリラみたいな感じだろうね」
そう言われたリアナは眉間に皺を寄せヨシュアを睨み、素早く慣れた手付きで胸ぐらを掴み上げる。
「お父様の悪口は許さないわよ!ムカつく雑魚屁理屈!」
これにはヨシュアも驚く、まさか女の子に胸ぐらを掴まれるとは思いもせず、若干上に持ち上げられる。しかもただ襟を掴むだけでは無い、指を襟に絡ませる本格的な掴み方にそこらの不良とは桁が違う威圧感。
彼女の迫力に少し気圧されたが、なるべくバレない様に振る舞った。足が少し震えている事に気付かれない様に祈りながら。
流石に周りからも、なんだ、喧嘩か?いや虐められてるんじゃ無いか?などと注目を集め始めた。
そんな不良少女と文学少年の喧嘩の様な構図を繰り広げている時に
「あなたは一体何をしたいの?」
いつの間にかリアナの側にいたフィーネが問い掛けた、ヨシュアがそちらに顔を向けると其処には『笑顔』のフィーネがいた。
そう満面の笑みだったのだ、目以外は。ヨシュアは危険を感じフィーネを落ち着かせる。
「フィ、フィーネごめん!僕は大丈夫だから」
「どうしてヨシュア君が謝るの?謝るのはその人だよ、ねぇ、そうでしょ?」
フィーネから怒りが滲み出てくる、普段優しいだけに三人の中で怒ると一番怖いのは彼女なのだ。
先程まで強気だったリアナもこの形容し難い雰囲気に呑まれたのか、まるで熊に遭遇したかの様にゆっくりと襟から手を放し後退りした。目も少し怯えている。
それを見て少し溜飲が下がったヨシュアだが今はそれどころでは無い、今はまだ大丈夫だがこのままではリアナに強烈なトラウマを植え付けてしまうとヨシュアは考え、何とかフィーネを宥める方法を考える。
流石に女の子が泣いている姿を見て喜ぶほど良い性格はしていない。だが既に遅く、フィーネはゆったりと近づき、ソッとリアナの手を取った。
とても優しく、繊細に撫でる、笑顔で。
「あ、あんた一体何のつもむぃ」
フィーネがリアナの口に指を当て言葉を遮る。
「ヨシュア君の事、馬鹿にするだけなら私も言葉だけで良かったんだよ?でもあなたは暴力を振るった。そんな悪い手は指の一つや二つやらないとね、悪い事をしたって分から「あっ‼︎やっぱりそうだ‼︎」」
ロイがやっと何かを思い出したらしい。
ヨシュアは先程のフィーネが言っていた事の先を想像し悪寒に襲われた。ヨシュアでそうなったなら、彼女の恐怖はもっとだったに違いない。
そして驚きと興奮をごちゃ混ぜにした感じのロイは、鼻をすすり涙目になっているリアナに話し掛ける。
「確かフリードマンって言ったよな⁈お前ってもしかして【煉獄】ディアグラン・レグ・フリードマンの親戚か?」
「グスッ、親戚?違うわよ」
だがロイが期待した答えは帰ってこない、少しガッカリとした感じのロイにリアナは言葉を続けた、それはロイの予想を遥かに上回る一言でだった。
「ディアグランは私の父様よ」
その瞬間ロイは我を失った、まるで時が止まったかの様に微動だにしなかった。
それから我に帰ったロイは興奮を隠し切れない様でリアナに話しかける。
「確かに赤い髪、というより真紅の髪はフリードマン家の特徴だったな!何で気付かなかったんだよ俺、てかあの煉獄の娘か〜」
半泣きになりながらも、腕を組み偉ぶった態度を見せる。
「エグッ、そ、そうよ、いつか私も父様みたいな騎士になるんだから、私と話せた事光栄に思いなさいよ!」
「おお!光栄に思うからディアグランさんと握手させてくれ!」
「あなたのお父さん英雄だったんだ、凄いね! ……でも次は許さないからね」
「ひぅ、あ、ありがとう…」
興奮するロイとさりげなく釘を刺し着実にトラウマを刻み込むフィーネ、見事にトラウマを植え付けられ怯えるリアナ。遠目で見ると三人は最初の険悪な雰囲気は既にない。
周囲の人々も話を聞いていたか、髪の色で気付いたのか分からないが、リアナ達、というよりリアナに注目していた。
そして3人に置いていかれ、会話を聞くしか出来ないヨシュアだったが、全く分からない事が一つある。
それはーーー
「煉獄って誰?」
その瞬間三人は凍り付いた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「クフッ、グヒヒッ」
ーーーその会話を聞き、口角を吊り上げ黒い笑みを浮かべていたモノの存在に誰一人として気付かない、その笑みは笑顔と呼ぶには余りにも深く暗く黒い。
黒笑みをより一層深くしながら人混みに紛れ姿を眩ませる、その笑顔の真意はもう此処には居ない者にしか分からないーーー