総ての始まり
幼い頃に感じた感動は、その者の人生にまで影響を与える
例えば騎士、己を懸けて大切な人を護る
例えば剣闘士、己の強さに人生を賭ける
例えば服職人、一本の糸から芸術を創り出す
例えば魔術師、己の理論の証明に生涯を費やす
この様に何に憧れるかは十人十色、共通して言える事は、良くも悪くも人生が変わるという事だ。
憧れたモノに成れたら万々歳だが、人の世はそんな簡単なものでは無い。憧れに人生を狂わされる可能性もある、そもそも其れ自体が想像していたモノと違う可能性もあるのだ。
そしてこの少年は英雄に憧れを持ってしまった、この物語は主人公でも主役でも無い、敗者の堕落の物語。
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周囲を見渡すと出店が並んでいる、いつも賑わいが絶えない街だが、今日はいつにも増して人が嬉々楽々としている。一つの食べ物を分け合うカップル、クジを引きたがる子供にそれを諌める母親、酒を片手に誰々が強い、いや彼こそが最強だと、まるで自分の自慢話の様に自国の戦士達の武勇を語る男衆、それを見て呆れる女衆、木の棒で戦争ごっこをし人気の英雄の役を取り合う子供達。
街一つがお祭り騒ぎになっている、それも当然であった、今日はクィーネルド王国の歴史ある祭典、王前凱旋が此処王都で行われるのだ。王国の英雄達が城に集結し王に諸見をする、3年に1回の国を挙げての祭事。
「急げヨシュア、フィーネ‼︎早く行かないと城に入って見えなくなるぞ‼︎」
金髪の男児が黒髪の男児の手を、黒髪の男児が空色の髪の少女の手を引っ張り、急いで見物客達の前に割って入ろうとする。
「苦しいよ〜」
「待ってよロイ‼︎そんなに急ぐとはぐれちゃうって‼︎」
黒髪の男児ーーヨシュアは人混みに押され苦しむ少女を庇いながら金髪の男児ーーロイを諌めたが
「これを逃したらまた4年も待たなきゃいけないし、それに次も王都に来れるか分からないだろ‼︎」
本人は忠告に耳を貸すつもりはない様だ、元々ロイは自分の意思はしっかり臆する事なく伝える性格だが、決して我儘では無い。
だが今日に限っては周りを顧みず自分の意思を突き通す、そんな風にさえ感じてくる。それもそのはず、ロイ達は生まれて初めて王都に来たのだ、しかも運良く王前凱旋を行う日に。更にロイ自身が将来最強の戦士になる事を夢見ているため、自国の英雄達は正にヒーローの様な存在。
その憧れが手を伸ばせば届きそうな距離に来る、このチャンスを絶対に逃すわけにはいかない、
そんな気持ちが先走りヨシュアやフィーネの事を心配する余裕が無いのだ。ロイの幼馴染である、ヨシュアは家柄が地方貴族という事もあり、将来は家を継ぐ、若しくは王都で文官として働くつもりなので戦争や武人、英雄といった武に関わる事柄について知識として以外ではあまり興味は無い。
空色の髪の少女ーーフィーネも生来温厚な性格で争い事が苦手といった事からヨシュアと同じくあまり関心を示さない、といった価値観の違いから2人はロイほど積極的に見物する意思があまり無い。だが此処までロイが必死になる事は珍しく、2人とも仕方なく付き合った。
そして大人達の壁を掻き分け、なんとか中央通りの最前列まで潜り込む事に成功する。通りの真ん中の道を英雄達が通る事が出来る様に人々は両端に分かれていた、この様子では英雄達はまだ来ていない様であった。
「あ〜、早く来ないかな、もう20分くらい待ってるよな?」
痺れを切らしたのか、興奮からか頬を少し赤らめながら、ロイは2人に問い掛けた。
「まだ5分も経ってないよ、まぁ入り口にも人はたくさんいるしそれに捕まってるかも。あと幾ら英雄だからって顔パスでは流石に王都に入る事は出来ないのかもね」
ヨシュアは冷静に考え、推測を伝える。ロイはふーん、と理解しているのかしていないのか分からない生返事を返した。
「ふふっロイ君は本当に楽しみなんだね」
「楽しみ過ぎて3日前からロクに寝てないからな‼︎」
「だから最近学校で居眠りしてたんだね、駄目だよ夜はちゃんと寝ないと」
フィーネは楽しそうにしているロイを見て、自分も嬉しくなるもちゃっかり注意も忘れない。このメンバーでは意外とフィーネはオカン気質を持っていた、というより女の子は精神的に成長が男子より数倍早い。
ふとヨシュアはフィーネと手を繋いだままだった事に気がついた。そして思春期特有の気恥ずかしさを感じて
「あっごめん、ずっと手を握ってたの忘れてた。痛く無かった?」
慌てる様に直ぐにパッと手を離した。フィーネは手を離された瞬間、「あっ」と小さく声を出し少し残念そうな表情を浮かべ
「全然痛く無かったよ。えっとね、ま、まだ人が沢山いてはぐれちゃうかも知れないから、手を繋いでても、良い?」
と少し恥ずかしそうにヨシュアに尋ねた。
ヨシュアも断る理由もなく、少し目を逸らしながらうん良いよ、と二つ返事で手を浅く握る。
暫く2人の間で妙な間が流れる、どちらも照れているのか無言が続いた。
そこで救世主が何かを思い出したかの様にヨシュアに尋ね、無言の空間をぶち壊した。
「てか何でお前はそんなに英雄、つか戦事に興味が無いんだよ」
ポーカーフェイスを装いつつも内心ホッとしたヨシュアは自分の考えを語る、横でフィーネが笑っている事に気付かずに。
「別に興味が無いわけじゃ無いけど、英雄って1人で戦況を変えられる特異な存在でしょ。僕は個が突出するより群を満遍なく鍛えた方が良いって考えているから英雄の存在は僕の理に合わないんだ。だから興味が無いっていうより少し苦手かな」
「1人で一騎当千の活躍をするのが男の浪漫だろ‼︎」
「確かに浪漫だね、それ以外でも強力な指導者がいた方が指揮系統も円滑に進むし、士気も英雄が1人いるといないじゃ全く違うよ。でもそれは危険なんだ」
ロイは何だか自分の夢を否定されている気分になりどこか必死になっている。
そしてロイの隣にいる真紅の髪の女の子もこちらを見ている、そんな気がした。
「何処が危険なんだ、英雄がいるだけでみんな強くなるなら良いだろ!」
「みんなに影響がある事自体が危険なんだ、もし英雄が死んじゃったらみんなどうなると思う?恐らく何も出来なくなる。その人に縋っていると勝利を与えられるから自ら得ようとしなくなると思うんだ、ある意味麻薬みたいなモノ。それに幾ら強いからって言っても所詮は人だから限界はあるんだ、歳をとれば衰えるし偶然って事もある、何時迄も強い訳じゃ無いよ」
「死なないから英雄なんだろ!それに英雄は1人じゃ無いし、他の人がみんなを引っ張って行くだろ!」
「うん、だけど英雄は矢面に立ち、みんなを引っ張るから必然的に死ぬ確率が高くなる。そんな事をしていたら英雄は居なくなるし、右向け右じゃ駄目なんだ、誰かが左を向かなきゃ正しい選択は出来ない」
ロイはヨシュアの理に反する事が出来る程知識は無かった。その悔しそうな顔を見てヨシュアは慌ててフォローを入れた。
「で、でも!これは僕の考えだから正しい訳では無いよ!僕はみんなより捻くれてるから将来文官とかになろうとしてるし、普通はみんな英雄に憧れてるよ!」
だがそのフォローは少し遅かった様で、それっきりロイは黙ってしまった。
ヨシュアもつい語ってしまう癖に反省をした。
そこでジッと聞いていたフィーネが励ました。
「ロイは英雄になれるよ、だってこんなに英雄達が大好きだし努力もしてる。絶対になれるよ!それにヨシュアとロイが手を組めば文武両道で敵無しだよ!」
どちらも立てる様に2人を仲裁した、その結果、ロイもムキになり過ぎたと少し反省し 「そうだよな、俺たちが組めば最強だな」 と笑顔でヨシュアに言った。
ヨシュアもまた流石はフィーネだなぁっと感心し、丸く収まって良かったと安堵していた。しかし
「さっきから聞いてれば黒髪!何勝手な事言ってんのよ、ムカつくわね!」
思わぬ乱入者が入ってきた。