終わりの始まり
天には目を奪う絢爛な壁画、地には硬直を与える大理石。王族、若しくはそれに連なる貴族しか踏み入れる事を許されない舞踏場で二人の男が剣戟を繰り広げている。
一人は白と赤を基調とした騎士正装に身を包み、金色の髪が特徴的な男性。
風貌こそ優しげだが身に纏う雰囲気は歴戦の戦士其のもの。
見ているだけで眼を、身体を、心を奪われ総てを委ねたくなる程の輝きを放ち、対峙する者の戦意を根こそぎ奪い去る。
向かい合う、唯それだけで心の臓が締め付けられ、肉体に鎖を打ち込まれる、そんな錯覚さえ覚える程の覇気を醸し出している。
剣にも其の者の性質が現れ、風貌からは想像も出来ない、総てを切り裂くという意志の基構成された荒々しくも完成された剣技を繰り出していた。
天から授かりし才を遺憾なく発揮した苛烈で一刀一撃が必殺の剛剣かつ型に縛られぬ柔軟性、更に盾までも身に付け鉄壁をも備える攻防一体の万能剣。
ーーー対するもう一人は黒の騎士正装、黒金の防具、墨色の髪、漆黒の瞳、左眼の黒眼帯という黒一色、逆に黒こそが騎士の正装なのではないかと錯覚させる程に黒が似合う妖しい雰囲気を醸し出す男性。
首元から見える火傷跡、眼帯は其れを隠す為に着けていると思われるがそれすら自然に溶け込ませる。
ただ唯一違和感を覚えるのは構えている剣が闇を照らす輝きを持つ白銀だという所だけだ。
黒の男からは対峙している者程の覇気も気迫も感じられ無い、しかし金色と毛色が違う同等の黒き輝きを放っている。
金色が自身の輝きで総ての者を焼き尽くす太陽なら、漆黒は総ての者を蝕み、呑み込み、塗り潰す夜空の様だ。
黒き隻眼は天に現る黒点、見つめられた者は吸い込まれる錯覚に囚われる。否、恐らく錯覚などでは無く、一度でも呑み込まれると二度と這い出る事は出来無いだろう
黒が振るう白銀の剣は正に基本という言葉が相応しい。派手さはない、特徴もなければ癖もない。更に剣に想いも乗ってはいない、およそ人が振るっているとは思えないほど冷たく無機物めいた剣だった。
しかしだからこそ如何なる時も心が乱されず正確に精密に振るう事が出来る。必要があれば、最善と判断したならば、生を受けた者なら躊躇うであろう局面にも刹那の迷いも無く踏み入れる事が出来る。
そんな常人を超えた思考の基、金色が振るう一撃一撃が必殺の剛剣を柔で払い、流していた。
素人目には金色が黒を圧倒している様に見えるが其の実、手数が最小限なだけで黒とて金色と意味合いの違う、確実に急所を狙った必殺の一撃を放っている。
どちらも共に一手でも選択を誤ればそのまま死に繋がる、並みの精神では踏み入れる事すら出来ない嵐の様な剣戟を繰り広げているが、まるでワルツを踊っているかの様な印象を与える美しさも兼ね備えていた。
その姿は極東に伝わる剣舞と言っても過言ではない程。剣と剣が鬩ぎ合う金属音、風を切る音、体裁きの際の床の擦れる音、決闘で生じる音全てが舞踏会の楽器の様にも聞こえて来る。
そしてもう何十合目か数えるのも億劫になる程斬り合っている時に、不意に金色が寂しげに震えた声で口を開いた。
「ヨシュア、お前は何故そうなってしまったんだ、俺たちは共に英雄に成ろうと誓っただろ。親友だと思っていたのは俺だけだったのか?」
金色の問いにヨシュアと呼ばれた黒い男は少し俯いた後ーーー足払いで返した。
直後息つく暇も無く喉、胸、太腿に突きを繰り出す。
幸か不幸か金色の男はそれを読んでいたのか、足払いを躱した後、上半身を盾で守り、太腿の一撃を素早く後ろに下がり躱した後、勢い良く前に飛び出し、袈裟斬りで斬りかかるーーーと見せかけ急に盾で肉薄する。
「ガグウゥ‼︎」
流石にこれは読めなかったのか、ヨシュアは不恰好に反対の掌を剣の峰に押し当て、盾の一撃を防いだ。そしてそのまま盾と剣の鍔迫り合いが続く状況下で、金色は更に語りかける。
「俺たちで決めただろ、皆が笑顔で暮らせる。もう誰も傷つかない、失わない世界を共に作ろうと」
ヨシュアは金色の言葉に対し暫く思案し、そしてようやく口を開いた。
「笑顔、傷付かない、か」
次の瞬間途轍もない零度が金色を襲う
「そんな物ただの綺麗事に過ぎん、お前自身が人の命を、笑顔を奪っておいて何が笑顔だ、ふざけるな」
その声には怒気が孕んでいた
「確かにお前は英雄だ、とても強い。どれだけ人の命を奪っても平然とそんな台詞が吐ける、踏み躙る事が出来る。あぁ俺にはとても無理だよ、今でも奪った奴の顔が忘れられない」
ここにきて初めてヨシュアの剣と瞳に感情が込もった。憤怒怨嗟悔恨総てが負の感情だが
「お前は何も失っていない、失う事の恐さを知らない奴が喪失を語るな」
そう語り、喪失を思い出したのかヨシュアの顔に悲壮感が漂う、そして白銀の剣に眼を向けまるで祈る様に閉じた
その瞬間だけは先程の負から一転、悲しみに明け暮れる子供の様な純粋な悲しみに変わった
隙だらけだがロイは何故か踏み込む事が出来なかった、その代わり変貌してしまった親友に刃ではなく言葉を掛ける。
「お前はまだ戻れる‼︎罪を償うんだ‼︎」
ロイの言葉にヨシュアは噛みしめる様に、呟きにも取れる小さな声で
「『僕』はもう戻る事は許されない、それに歪んでいる事なんてとっくに知っているさ、だからこそロイ、止まれないんだ。本当は『君』と闘いたく無いよ」
「っっ‼︎ヨシュア…お前」
隻眼になってから初めてヨシュアは本当の自分を曝け出した。その事にロイは驚きと同時に、悲しみと後悔に襲われた。何故俺は親友を助ける事が出来なかったのか、何故俺にもっと力が無かったのかと。だが
「でもロイ、『君』を殺してでも…」
もう時すでに遅し、いくら後悔しても所詮過去の話しなのだ、歴史を変える事は神ですら不可能
「『僕』…いや『俺』は修羅を突き進む‼︎」
最後の最後で自分を押し殺し、親友との決別の意を示した。 開眼すると同時に機敏に身体を横にずらし鍔迫り合いを強制的に解いた、もう話す事は無いという無言の合図だ。
そして急な受け流しに完全に死に体となった金色の男ロイフェルトに渾身の一撃を放つーーー
この場面は既に終曲を迎えようとしている
何故こんな事になったのか、それは【ヨシュア・エールハイド】が英雄を目指す切っ掛けから遡って話させてもらおう
これは憧れに近づくため、血に塗れ策謀が渦巻き、自身が抱いた夢の欠けらも無い世界に足を踏み入れる。
だが才能も力も無い凡人がそれでも英雄を目指した結果、次第に自身の正義や憧れ、夢さえも変貌してしまう。
更に大切なモノをも失い、それでも英雄を目指した事で歪んでしまうも、己が歪んでいる事に気付いた時にはもう後戻りも出来ない。
純真だった少年は英雄殺しへと堕ちてゆく悲哀と堕落の物語