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異世界モノレール  作者: 花村有希
おはようモノレール
5/6

おはようモノレール 4

られなかった。

改札は開いていて、目の前にはなにもない。なのに俺は改札の外へ一歩も踏み出せない。透明な壁でもあるかのように、その先へ進めないのだ。

俺が何度も何度も進もうとしていると、白森が腕をキュッと掴んで止めた。俺が驚いて振り向くと、白森は美しい顔を伏せて俺の腕を掴んでいた。間場がせわしなく駅員室の計器を動かしている。間場の額には汗が滲んでいる。白森は柔らかな髪の毛を揺らして顔を上げる。

「間場さん。もういいよ。多分そっちじゃ解決できない」

間場が白森を凝視して、それから動きを止めた。白森は間場に手でなにか合図をして、俺を改札から駅構内へ引っ張り戻す。


あんな別れの言葉を告げたのに駅を出られなかった。そんな気恥ずかしさも少しあったのだけれど聞かなければいけないことがある。

「あの、なんで俺は出られなかったんすか?」

せわしなく計器をいじっていた間場。俺の腕を強く掴んでいた白森。なにか変なことが起きているのはなんとなくわかったが、この駅に対して知識が無さすぎる。不安七割、焦燥三割。そんな俺は駅員室の奥にある接客スペースで白森を前に座っていた。フカフカ過ぎるイスが今は居心地悪く感じる。

「君を見つけた車掌を呼んだ。まもなくここへ来るはずだから、話はそれからにしよう」

白森はチラリと俺を見て、顎に手を当てた。軽く一息つく白森。

「…私の生まれについて話をしたいんだ。聞いてくれるかな?」

俺はなぜそんな話をするのか疑問に思いながらも了承した。




この駅はどこか特定の世界にあるわけじゃなくてね、世界と世界の間のスキマにあるんだ。ここのことはみんな『狭間(はざま)』と呼ぶのだけどね。これは駅長室で話したかな。

あのモノレールたちは世界と世界を繋いでいる、って君には説明したっけ?実はそれではちょっと誤りがある。モノレールは狭間を走っていて、狭間と世界の境界を結んでいるんだ。


…難しかったよね、ごめんごめん。世界ってものの説明をした方がよさそうだね。世界は狭間に浮かぶボールなんだ。星は宇宙に浮かんでいるだろう?あんな感じとイメージしてもらえば大丈夫。星が世界で、宇宙は狭間。で、この駅は狭間に作ってある。

世界と狭間の境界っていうのは、薄いけど絶対にそこからは違うところになる重要な壁。あの改札がその壁だね。異世界の存在を感知していない人には存在を知覚することもできない変なものさ。だからこの駅には一般人は来ないんだ。

君はレアケース。とっても珍しい。十年に一人ぐらいは一般人がなんらかの拍子に境界を抜けてしまうことがあるんだ。我々はそれを迷子と呼んでいる。迷子は発見次第速やかに元の世界へ送り届けることになっているんだ。


…そう、この辺から本題。私が生まれたのはここ、狭間なんだ。私は狭間で生まれ、狭間に生きている。狭間で生まれた人々、つまり我々のことを人は『狭間っ子(はざまっこ)』と呼ぶ。可愛いだろう?狭間っ子。狭間っ子には特徴がある。

まず、なにかの特殊能力を持つんだ。私のは高速移動。さっき見ただろう?…そうそう、駅員室に行くとき。他にもいろいろあるけど、いろいろありすぎるから割愛するよ。君はこういうの好きそうだね。目がキラキラしてる。


で、次。狭間っ子は狭間から出られないんだ。…驚いた?だよね。私の言いたいことも分かったかな?そう、私はここから出られない。君もさっき出られなかった。




「おい、待てよ…俺は狭間生まれなんかじゃない…!」

なのに俺は出られなかった。白森は真っ白な顔を曇らせている。

「…うん。君は狭間っ子じゃなかったはずだ」

「じゃあ、どうして」

どうして。どうして俺は出られないんだ。白森が出られないことも、狭間っ子が出られないこともわかった。でも俺は狭間っ子じゃないのに。

「君が改札を通れなかったときのあの不自然な引っかかり方。あれは私たちと同じ引っかかり方なんだ。君はなにかのきっかけがあって、我々と同じ体質になっている可能性がある」

「…んな、そんなこと、あるんですか」

「聞いたこともないね。初の事例だと思っていいぐらいだ。普通はそんなこと有り得ないし、信じがたい」

でも現に俺は通れなかった。俺は己の両手を見つめる。変わりないいつもの手だ。でも、変わってしまったのか。


バタンと大きな音を立てて入り口が開く。

「遅くなりました。特急で戻っては来たんですけど…」

俺が最初に出会った青年車掌が部屋へ入ってきた。帽子でパタパタと自身を扇いでいる。「十分早いよ」と白森が言ってイスを勧める。

「まるちゃんも来たから始めようか」

車掌は制帽を被り直してイスに座る。阿澤君、と白森から話しかけられたので頷く。

「この人が君を見つけたということで、間違いはない?」

「この車掌さんです。合ってます」

白森に視線を向けられて車掌も頷く。白森が紙とペンを出してバインダーに挟み、車掌の方を向く。

「まるちゃ…失礼。丸宮(まるみや)車掌が阿澤君をみつけたときの状況を教えてくれ」

車掌は視線を低くし、顎に手を当てる。

「ええと…まず、東京駅とメラレマ駅の間でいつもとは違う振動を感じました。軽い物だったので特に停車する必要はないと判断し、私は東京駅に着いてから車内を点検していたのです。そこで散乱した荷物と彼をみつけたのです。荷物はすべて彼の物だったので、拾って渡しました」

丸宮がこちらを見たので俺はコクっと頷く。白森は黙って丸宮を見ている。

「そこで彼、阿澤さんが現在地がわからない、このモノレールに乗った覚えが無いと言いましたので迷子を疑い駅長室に連れて来ました」

白森は色素の薄い唇を開く。

「なぜ阿澤君は荷物を拾わなかったんだい?」

丸宮が答えようとしているのが見えたが、俺は勢いのまま言う。

「俺、寝てたんですよ。電車で寝ちゃって気づいたらあのモノレールに居ました」

白森は判然としない表情で小さく頷く。

「丸宮車掌に起こされたんだね」

俺と丸宮が頷くのを見て、紙になにか書き込んで、それから丸宮を見た。

「…聞いているかもしれないけれど、阿澤君が改札を抜けられなかった。ここから出られなかったんだ」

丸宮は苦い顔で頷く。その口から小さなため息が出ていく。


「あの…丸宮さんから見ておかしなところとかありましたか、俺」

丸宮は目を閉じて考え込む。沈黙が長い。丸宮は自信なさげに口を開いた。

「荷物が、散らばりすぎていたような気がします」

「詳しく聞かせてよ」

白森が真剣な眼差しで間髪入れずに割り込む。俺は少し圧倒されて半開きの口を閉じた。

「カバンを落としてしまっただけでは一方向に荷物が散らばるんです。それが、阿澤さんを中心にばらまいたように落ちていて…。でも、振動があってからしばらくして阿澤さんをみつけたので、その間に位置がバラバラになったのだと思いあまり気に留めていませんでした。ですが今思うと…」

「変、だね」

白森の言葉に丸宮は頷く。丸宮は不安げな顔で俺をみる。

「阿澤さんのお荷物、すべてありましたか?見える範囲の物は拾ったのですが…」

「あ、まだ…」

俺は慌ててカバンを開き、荷物を確認する。普段出かける時のカバンなのでなにが入っていたのかよく記憶していない。ガサガサとしばらく探ると、スマートフォンがない。さらに財布もない。あれ、なんて言って何回探っても出てこない物は出てこない。丸宮と白森が俺を見ていることに気がつき報告する。

「スマートフォンと財布か…。窃盗の線が強いね」

「ですね。周囲に不審な人影はありませんでしたが、逃亡した後だったのでしょうか」

俺の貴重品は盗まれたということか。一体誰に。

「とりあえず改札を通った人の記録をさらうように本部に連絡するよ。その中に犯人が居る可能性もある。…まあ狭間での窃盗は大体狭間っ子の仕業だからね。そっちも見てもらうように警察にお願いするさ」

白森が紙になにか書きつける。白い手でペンをバインダーに挟むと俺をまっすぐ見る。

「阿澤君が出られなくなった原因も犯人が知っているかもしれない。今のところの手がかりはそれだけだ」

「そんな…」

泥棒をみつけるまで俺は帰れないってわけか。不安は大きくなり、悔しさが心にぼうっと浮かぶ。


「阿澤君、ここで重大な問題が一つ」

白森が神妙な顔で告げる。俺の悔しさが吹き消され、不安が膨らむ。

「まだなにかあるんですか」

白森は人差し指で真っ白な頬に触れて、首を傾げる。

「無一文の君、今夜の宿をどうしようかね」




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