おはようモノレール 1
「お客様、お客様」
トントンと肩を叩かれる。
「んぁ…」
目を開けて伸びをする。電車の揺れが心地よく、うっかり眠ってしまったようだ。
「お客様、起きられましたか」
目の前には木の床に片膝をついた優しそうな青年車掌が居た。
「あ、すいません。ついうっかり…」
そう言いながら窓の外を見ると、見慣れないホームだった。広告も読めない文字が多く、見慣れないものだ。相当寝過ごしてしまったのだろう。早く降りて引き返さなくては。
「お客様のお荷物が散らばっておりましたので」
俺のカバンを手渡される。使い慣れた黒い肩掛けカバンだ。
「中身を適当に入れてしまいましたので、お客様自身で直してくださいね」
「すいません…」
カバンの中を覗くと、普段俺がなにも考えずにぶちこむよりきれいに荷物がまとめられている。カバンを閉じて顔を上げると、車掌は会釈して立ち去るところだった。
車掌に会釈しつつ座席を立ち、電車を降りて振り返ったところで目がシャッキリ覚めた。なにかおかしい。待てよ、全部おかしい。
俺が乗っていた電車の床は木ではなかったはずだ。俺が乗っていた電車の内装は外国語だらけではなかったはずだ。
俺はさっきまで乗っていたモノレールを見つめて立ち尽くす。…いや、
なによりも俺が乗っていた電車は、 モノレール ではなかったはずだ。
慌てて車内へ引き返し、車掌を呼び止める。
「あの!」
「なんでしょう?」
キョトンとした顔の車掌に訊ねる。
「あの、ここはどこですか?これは何線ですか?」
車掌は微笑んで答えた。
「ああ、ここは東京ですよ。お客様が今乗ってらしたのは99系統です」
見覚えなんて全くない。普段から東京駅はよく使っているはずなのに。
「東京…?東京駅って、東京駅の何番線…」
「六番線です。もうまもなくこのモノレールは発車いたしますよ」
そうだ。俺が乗ってきたのはモノレール。東京駅にモノレールなんてあったか。99系統なんて名前の線はあったか。
「モノレール…いや、99系統って…これ、どこへ向かうんですか?」
「ヒュワヘハです。花の栽培が盛んな所ですね」
「ひゅ…」
聞いたこともない駅。ヒュワ…なんとか。北海道かどこかだろうか。
俺はいったいどこに迷い込んでしまったのだろう。大学生になってまで迷子になるとは思わなかった。
車掌がふいに俺を覗き込んで訊ねてきた。
「お客様、切符をお持ちでしょうか?行き先がわかればご案内いたしますよ」
人の良さそうな顔で微笑む車掌。俺はシャツのポケットを探り切符を取り出す。
「これなんですけど…俺、東京駅に来たかったんです。でも、こんなモノレール乗った記憶すらなくて…」
切符を見た車掌は急に真顔になって、腰のカバンから無線を取り出した。一言二言、なにか無線に話した車掌は俺を見て言った。
「少々厄介なことになっているみたいですので、ついてきていただけますか?」
ただの迷子で済むかと思ったら、なんだか面倒ごとになってしまったみたいだ。手の切符をひっくり返したりして見ながら眉をひそめる。
「え……いや、約束の時間とかあるから、困るんですけど」
「それは、東京で予定があるんですね?」
「あ…はい」
車掌は息を吐いて、俺を見て呆れたように言った。
「その切符、当モノレールの物ではないので確認したいです。確認がとれるまで当駅から出ることはかなわないですよ。その…ただ乗りも疑われますし」
俺、まさかのただ乗り疑惑だった。