表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/210

イルマとイルデブランド

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。

 その報告を聞いたのは、たまたま僕が魔王城にやってきた時だった。


「青の魔王が死んだ?」

「は、カルステン様」


 片膝をつき僕に報告をしているのはスケルトン。その弱さから僕のもとに身を寄せている一匹だ。


「つい先日、何者かとの死闘の末に倒されたようです。今、青の魔王軍は混乱状態、統制を失ったはぐれ魔族たちの対応に注意してください」


 ヨハネスの後を継いだ新しい青の魔王。面識はないし、領地もここからだいぶ離れているけど、死んでしまったのか。


 魔王の死。

 それ自体はたいして珍しいことではない。僕がヨハネスを殺したことや、橙の土竜王ランドルフが死んだことからもそれは分かる。


「またか……」


 僕はそうつぶやいた。

 そう。

 死んだのは青の魔王だけではない。ついこの前、紫の魔王が死んだという報告を受けたばかりだった。

 魔王は一応魔族たちの王だ。その恩恵は計り知れず、たいていは他の魔族たちよりも強く、配下も多い。

 それがこの短期間で、死んでしまった?


「……」


 僕は、正直うぬぼれていたのかもしれない。

 魔具はある。部下もいる。領地も持っている。お姉さんだっている。何もかもうまく行き過ぎて、感覚が麻痺していた。

 忘れてはならない。村を追われ、配下に裏切られた苦渋の歴史を。僕はいつだって、油断してはならないんだ。


「その件、もう少し詳しく調べておいてもらえるかな?」

「はっ、かしこまりました」

 

 スケルトンは立ち上がり、僕に背を向けた。

 やれやれ、こいつもどこまで僕の言うことを聞いてくれる微妙だぞ。またイルデブランドの時みたいに、僕自身が聞きまわってみる必要があるかもしれない。

 そんなことをのんきに考えながら、スケルトンが退出するのを見守っていた……。

 まさにその時。


 スケルトンが、吹き飛ばされた。


 部屋の扉が、まるで大岩を叩きつけられたかのように激しく弾き飛ばされた。彼はその衝撃をもろに食らってしまったのだ。


 僕は、呆気に取られていた。

 なんだ、これ。

 一体、何が起こったんだ?


 ほこりの舞う中現れたのは、一匹の魔族だった。

 黒いマントを身に着けた、赤い髪の魔族。美少年とも美少女ともとれる、そんな容姿をした人型の種族。


「ん、なんだ。お前、あの小僧じゃないか?」

「僕……いや、イルデブランドを知ってるの?」

「……なるほど、面白いことになってるようだな。成りすましたか? それとも体を乗っ取ったか?」


 どうやら、二人は面識があったらしい。

 僕はイルデブランドの肉体を奪った。その時、ある程度の記憶を継承することはできがものの、すべて何もかも覚えているというわけではない。

 そして、自分で経験したわけではないため、どうも感覚が希薄になる。例えるなら、本屋で偶然見つけた見ず知らずの写真集を眺めるようなもの。頭には入ってくるが、臨場感がない。


 ……なるほどね。

 記憶の照合が完了した。イルデブランドはこの魔族に会っていた。

 オリビアお姉さん一緒にいるところを遭遇。こいつは情けない悲鳴をあげながら逃げた。

 出会ったのは偶然かな? それとも……。 


 この魔族の記憶はイルデブランドの中に存在した。相当恐怖心を抱いていたようだ。

 ただ、今回はそれに僕も同意しておこう。僕もまた、眼前の敵に恐怖を覚えているのだから。


「自己紹介するよ、僕の名前はカルステン。かつてはイービルアイで……」

 

 僕は身の上話を始めた。

 人間だと誤解されると厄介だ。話がこじれてしまったら殺されてしまうかもしれない。ここは正直に包み隠さず説明しておこう。


「つまり、貴様はあの小僧の肉体を奪ったというわけか」

「そ、そういう理解で間違えないと思う。ところで、あ、あなた様は一体?」

「私の名前は魔王イルマ。聞いたことぐらいはあるだろう?」 


 ぞくり、と体が震えた。

 魔族で、否、人間でさえもその名を知らぬものはいないだろう。

 魔王イルマ。

 最古にして最強の魔王。この世界の誰もが一目置く、圧倒的強者。

 それが、目の前にいる魔族だというのか?

 遠目でみていたなら、信じられなかっただろう。しかし今、眼前にいるこいつからは、他のどの魔族をも凌駕するプレッシャーを感じた。

 魔具を使えば、善戦はできるだろうか? いや、そんなそぶりを見せた時点ですぐ殺されてしまうかもしれない。 


「今日ここに来たのは、オリビアと呼ばれる存在について説明するためだ」


 僕は、驚きが顔に出ないように細心の注意を払った。

 なぜ、こいつがお姉さんのことを?


「そ、そのオリビアって人がどうしたのかな?」

「ふっ、どうやら知らないらしいな」


 イルマは笑う。


「オリビアは魔王を滅ぼす存在だ。どうしてそんな女が存在するのか、そんなことは誰も知らないがな」

「魔王を滅ぼす存在?」

「そうだ。お前が生まれる前から、魔王とオリビアは戦いあっていた。奴は定期的に人の身で生まれ、ある時期になると覚醒し……魔王を襲う」

「…………」

 

 魔王の天敵、オリビア。そんなものは全く知らなかった。

 これまで、良くも悪くも他の魔族たちと関わり合いを持たなかった……僕の弱点か。


「今代のオリビアは、今までにないほど強力だ。おそらく、覚醒前の時点である程度強かったことが原因なのだろう」


 紫と青の魔王は、オリビアお姉さんが殺した? 僕はそんな話まったく聞いてないぞ?


「楽しみにしているぞ新魔王。その力で、私を楽しませてみろ」


 そう言って、イルマは部屋から立ち去って行った。

 

 僕は盛大にため息をついた。

 恐ろしい魔族だ。

 あいつを敵に回しちゃいけない。どんな魔具を使おうと、どんな知恵を巡らそうと、勝てないぐらいの差が存在する。

 そのことを、心に刻み込んだ。



 家に戻ると、そこにはお姉さんがいた。

 椅子に腰かけ、窓の外をぼんやりと眺めている。生気のなく、目の焦点の合っていないその姿は、いつものお姉さんとは違ってどこか危うさを孕んでいた。


「お、オリビア?」


 お姉さんがゆっくりとこっちを向いた。

 

「イル君、私ね、おかしいの?」

「おかしいって何が?」

「気が付いたら、変なところにいるの」

「ど、どういうこと?」


 変なところにいる? 夢遊病? もしくは、記憶をなくしてるってことか?


「最初はね、魔族に誘拐されたのかなって思ったわ。でも、その割には誰もいないし、目の前には魔族の死体があって、私は血だらけで……それで……」


 血だらけ? 魔族の死体?

 その魔族は、ひょっとすると魔王なのかもしれない。お姉さんは覚醒時の記憶を失い、正気に戻るとしたら?

 駄目だ、情報が少なすぎる。


「わ、私、どうしちゃったのかしら?」


 顔面を蒼白にしたお姉さんは、少しだけ震えている。


「大丈夫」


 僕はそんなお姉さんを、そっと抱きしめた。 


「僕が必ず守って見せるから」


 確信はない。自信はない。でも、お姉さんを助けたい、守りたいって気持ちは本物だった。

 村を追われ、苦しんでいた僕を助けてくれたのはお姉さんだ。そのやさしさに、僕は一体どれだけ心が救われただろうか? あの時の恩に報いるためだったら、この命だって惜しくはない。


「はー、あったかいなぁ、イル君の胸は」


 僕の胸に顔を埋めていたお姉さんは、嬉しそうにそう呟く。次に顔をあげたときには、いつもの様子に戻っていた。


「ごめんね、変なところ見せちゃって。さあ、今日も訓練を始めるわよ」


 お姉さんが元気を出してくれるのは嬉しい。けど、これは根本的な解決にはなっていないんだ。


 どうにかしなきゃ。

 オリビアは魔王を滅ぼす。その言葉は、僕たちの未来に破滅的な意味しかもたらさないのだから。


イルデブランドを知っていたイルマ。

過去の話(虚像の勇者らへん)に対応したお話です。

ただ、あのころ考えていた構想といくらか違う箇所が出てるため、盛大に矛盾していないか若干の不安が残ります。

大丈夫、きっと大丈夫……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ