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絡み合う二人

このお話は主人公視点、ヨウのお話です。

え、何当たり前のことを言ってるの? と思った方は初めてこの小説を開いてくださった方ですかね?

はじめまして。

 夢、というのは不思議なものだ。

 意識がはっきりしているようで、正気ではない。死んだはずの祖父がいても疑問に思わないし、当たり前のように空を飛んでいることもあるし、10年前の小学校で授業を受けていたこともある。

 夢では、気が付かないんだ。違和感のあるその光景を、そのまま受け入れてしまっている。


 そう、俺は気が付いていなかった。

 さっきまで、ずっと夢の中でカルステンを見ていた。その光景が孕んだ、驚くべき事実を理解していなかった。


 勇者イルデブランドの容姿は、今、この現代で俺が出会い戦ってきたカルステンの姿そのまま。

 そう、奴はイルデブランドそのものだった。


 思い起こせば魔王会議の時、あいつのことを〈賢者の魔眼〉で見たら種族が『人間』になっていた。おかしいとは思っていたが、今にして思えば当然だ。あいつの肉体は、ただの人間であった勇者イルデブランドのものだったのだから。

 つまり、俺が見た夢は紛れもなく過去の光景であり、カルステンはあの姿のまま現代まで生きてきたということだ。


 魔法――橙糸転移は魔王カルステンの願望を満たすために生み出された魔法だ。奴は自らのコンプレックスを満たし、想い人のオリビアを手に入れるために、イルデブランドの肉体を奪ったのだ。その鍵となったのは、イルデブランドがカルステンを殺したこと。

 殺した者の肉体を奪う。それが橙糸転移の本質だろう。


 背筋が凍る、というのは今みたいな時を言うのだろう。

 俺は、理解した。

 

 そう、それはつまり……俺……の。


 焦って起き上がろうとして――気が付いた。


 声がでなかった。

 体が自由に動かなかった。

 なんだ、これ?

 俺は目が覚めている。意識ははっきりしているんだ。それなのに、俺の命令を筋肉が無視している。

 

 むくり、と体が起き上がる。混乱状態の俺はそんなことをしようとは思っていない。

 ……体が、勝手に動いていた。


「やあ。僕だよ、カルステンだよ」


 俺の声で、俺の体で、俺の口が訳の分からないことを言った。

 カルステン?

 恐れていた、最悪の事態が起こってしまった。俺の体は、かつてのイルデブランドと同じように……こいつに乗っ取られてしまったのだ。


 俺の意思などまるで無視して、ベッドから起き上がり着替え始めるカルステン。まるで初めからその体であったかのように、動作に迷いがない。

 いつものように、鎧を身に着け完全武装。悔しいぐらいに、俺そのものだった。

 

「イルデブランドは、魂が弱かった」


 そう、独り言をつぶやくカルステン。俺の向けての言葉だろう。


「それに比べて、君は強い。幾多の試練を乗り越えて、たくましく成長した君の魂を侵食するのは一苦労さ。意識はしばらく残るだろうね。まあ、そこで僕のことゆっくりと見ててよ」


 俺は……消えるのか? こいつに、魂を削られて……殺されてしまうのか?

 

 身支度を整えたカルステンは、俺の体のまま部屋の外に出た。いつもの見慣れた廊下を、まるで俺のように歩いている。

 そう、俺そのものだ。声だって、体だって、何の違和感もない。

 こいつは……間違いなく俺に成り代わるつもりだ。俺の積み上げてきたものを、すべて根こそぎ奪い去ってしまうつもりなんだ。

 かつて、イルデブランドがそうであったように、自らの幸せのために俺の体を奪い……そして……。

 イルデブランドの体でお姉さんと過ごす。それはきっと、幸せな日々だったに違いない。つまりこいつは――


「君は、僕の過去をすべては知らないみたいだね」


 ため息をつきながら、呆れるようにカルステンが言った。


「まあ、このまま融合が進めば、やがて君は僕の過去をすべて知ることになると思うよ。思い出したくもない余計なことまで、ね」


 ……? どういうことだ? 

 確かに、人間であるイルデブランドの体を得たことが、カルステンにとってすべてプラスに働くとは思えない。配下の魔族との軋轢もあるだろう。人間であるが故のもどかしさだって存在する。

 万事うまくいくわけがないか。夢の後で、苦労したってことかな?


「あ……あの、お兄ちゃん。私……」


 俺の思考は唐突に遮られた。

 廊下を歩いていたカルステンが出会った少女。まるで肉食獣に怯える小動物のようにプルプルと震えながら、柱の陰に隠れ顔だけをこちらに向けている。

 水色の髪を持つ少女、オリビア。俺のあげたワンピースを身に着けている。


 怯えている。

 死んだ前後の記憶はなさそうだが、おそらくなんとなくではあるが恐怖心は残っているのだろう。俺は激怒して彼女を数回殺したからな。 


 ――ふふふ。


 俺の口は開かれていないが、カルステンの笑い声が聞こえた。どうやら、俺とアイツとの間には多少の思考共有が行われているらしい。


 ――君、ひどいよね。僕は知ってるんだよ? 駄目じゃないか、弱い者いじめしちゃ。そんなにこの子が憎いのかな?


 黙れっ!

 元はといえば、お前が原因だろ! 俺たちはオリビアを倒したんだ! 生きているのはこいつじゃなくて、クラーラのはずだったんだ! それをお前が……。


 ――やれやれ、仕方ないな。僕がアフターケアをしてあげるよ。


「やあ」


 カルステンは俺の体で、オリビアへと近づいた。彼女の肩に手を回し、優しく抱き寄せた。


「愛している」

「……ふぇ?」

「今まで、冷たく当たって悪かった。恥ずかしかったんだ。自分の気持ちを認めたくなくて。でも、もう正直になるよ。俺は君が好きだ。愛してるんだ」


 な、なんだお前、何をしてるんだ? 何のつもりなんだ?


 カルステンの言葉に驚いたオリビアは、顔を真っ赤にしながら目をぱちくりとしている。

 俺の体を操る奴は、そんな彼女の顎を引き寄せ、そっとキスをした。


「……あっ」


 小さな吐息を漏らすオリビアは、唇を離すと恍惚の笑みを浮かべた。


「えっとね、嬉しい、嬉しいよぉ、お兄ちゃん。もっと、もっとして!」


 ……あ、ああ……あぁ……あ。お前……なんてことを。

 信じられなかった。

 カルステンは、俺やオリビアの心を弄んでいるだけだ。そこに愛はない、慈悲はない、悪意に塗れた……偽りの優しさ。


 カルステンとオリビアは舌を絡ませた。

 ねちょねちょと、唾液の絡み合う音が聞こえた。

 その音が、まるで腐った肉を咀嚼しているかのようで……ひどく気持ち悪かった。


 ――ははははこいつはいい。ヨウ君、感じてるかい? お姉さんの味がするよ! こんな偽物でも、今代のオリビアなんだ。ああぁ、いいね、いいよ最高だよ。お姉さん。


「好き」


 ――あああああああああああああ、お姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さんお姉さん。


 カルステンの手が、そっと彼女のワンピースに触れた。優しく、それでいて大胆に、彼女の服を脱がそうとしている。

 オリビアは全く抵抗しようとしない。晒された素肌から下着が見えた。


「大好きだよ、お兄ちゃん」


 止めてくれ……。


「何でもして、いいよ」


 止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!


 俺はオリビアを突き飛ばす。

 突き飛ばされ、壁に頭をぶつけたオリビアは気絶してしまった。


 今、動いたよな? 体が、思った通りに。


「ふ……ふふ、まだ、支配が完璧ではないのかな?」


 お前はあああああああああああああああああああああっ!

 親の仇とかそんな表現じゃ生ぬるい、怒り。絶対に許さない! お前は、必ず俺が倒してみせる!


「まあ、いいや。今はまだおとなしくしてるよ。君の肉体を完全に奪ったその時が、僕の新しい人生の始まりなんだ」


 ニヤニヤと笑いながら、カルステンは再び廊下を歩き始めた。


 この場はどうにかなった。

 でも、それだけだ。

 どうすればいいのか分からない。どうすればこいつを俺の中から追い出すことができるのか、まったく予想がつかなかった。

 俺は、今までにない絶望を感じていた。


次は再びカルステンの過去話に戻ります。


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