双龍牙
このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。
グルガンド、冒険者ギルドにて。
魔具、〈幻惑の鱗粉〉によって人間の姿に化けた僕は、情報収集のためにこの地にやってきていた。
すでに数回、冒険者としての仕事を行っているため、ここにいることは不自然ではない。椅子に座りながら、腕を組んで受け付けのあたりを見渡している。
実際のところ、僕の本体は椅子にちょこんと乗っかってるだけ。上半身や脚のあたりは完全に幻だ。あまりぺたぺた触れられてしまうとばれてしまうから、注意しないといけない。
待つこと三十分、目的の人物が現れた。
「み、港のクラーケンを討伐してきたっ!」
そう言って扉をくぐり現れたのはイルデブランド。噂では勇者と称えられる男。
初めて会ったときは、まるで浮浪者のように身なりが締まっていなかった。でも今は、不格好な鎧を身に着け、ひげを剃り髪も整えている。ある程度は見栄えがよくなっていた。
でも、その体格はやっぱり筋肉がない。
似合いもしない大剣を腰に掛けている。その重さに耐えられないらしく、時々ふらふらと体を揺らしている。
はっきり言って似合ってない。
イルデブランドは手にクラーケンのものと思われる足を持っていた。それを戦勝の証拠として、受付に提出している。
僕はこっそりと鑑定魔具〈賢者の魔眼〉を取り出した。こいつでイルデブランドの戦闘レベルを見てみよう。
名前:イルデブランド
種族:人間
戦闘レベル:1
戦闘レベル1。スライムや僕と同じぐらいのレベル。要するに測定不能なほど小さいという意味だ。話にならない。
戦闘レベルじゃなくて手持ちの魔具が強い、という僕みたいな例は確かに存在する。でも、鑑定スキル〈叡智の魔眼〉を持つ僕は、彼が何も魔具を所持していないことを知っている。
魔具なし、戦闘レベル低い。人間だから魔法も使えない。要するに正真正銘の雑魚だ。クラーケンどころかかつて僕の配下だったコボルトでも完勝できてしまうだろう。
そして、僕は知っている。
こいつは弱い。僕が目の前に現れるだけでビビッて、失神してしまうぐらい情けないやつだ。
気力もない強くもない魔具もない。やっぱりこの男は、クズのままだった。
「はい、イルデブランドさん、ありがとうございます。ナッサワ港のクラーケン討伐、完了ですね。報酬はこちらに」
イルデブランドは受付嬢から金貨の入った袋を渡された。彼はそんな大金の入った袋を目の前で揺らしながらニヤニヤとしている。
「へへ、へへへ」
気持ち悪い奴だな。そーいう情けない姿は一人になった時にしてくれよ。
さてと、僕の出番だな。
僕は立ち上がり(立ち上がったのは幻の僕で、本体は椅子から飛び降りただけだけど)、イルデブランドに近づいた。
「やあ、イルデブランドさん」
「……君は?」
幻姿の僕と彼は初対面だ。こういった反応は当然だろう。
「最近、ここにやってきた冒険者なんだ。あなたの後輩ってことになると思う」
「そ、そうなんだ」
「最近、すごく活躍してるって話を聞いてね。良ければ、武勇伝を聞かせてもらえないかな? 例えばそのクラーケン、どうやって倒したのかすごく興味があるんだ」
「そ、それは……その……」
イルデブランドはまごまごと口を動かした。
「ぼ、僕がね、剣を一生懸命振るって、あ……足を切り落として、海中に逃げようとした奴を……その、えっと……あの……」
目を泳がせ、脂汗を滲ませるその姿は、誰がどう見ても勇者とは程遠いものだった。
嘘つきめ。
本当は魔物を倒してなんていないんだろ? 装備だけ用意して、それっぽく演出しているだけ。
でも、あの持ってたクラーケンの脚は本物っぽかったよな? だったら、どうして……?
と、イルデブランドと話をしていたから気が付かなかったけど、周囲が騒がしい。
「〈双龍牙〉、オリビアさんだ!」
と、冒険者の一人が入り口を指さして言った。
〈双龍牙〉。
それはお姉さんのあだ名だ。二つのロングソートで敵を切り付けるその姿を、竜の牙に例えているんだと思う。
入口から入ってきたお姉さんは、すぐさま僕と話し込んでいるイルデブランドを見つけた。
「イール君」
お姉さんがイルデブランドに抱き着いた。
「お、オリビア。止めてよこんなところで、恥ずかしい」
「やーだよ。もう、恥ずかしがっちゃって、かわいいんだから」
そう言って、つんつんと彼の頬を指で触るお姉さん。
…………。
…………ちっ。
落ち着け、僕。状況を整理しよう。
冷静に考えれば、答えはすぐに分かった。
お姉さんだ。
二刀流で魔物たちをなぎ倒していたお姉さんなら、強い魔物だって倒すことができる。おそらく、クラーケンを倒したのはお姉さんだ。
「そちらの方は?」
そう言って、僕に目を合わせるお姉さん。この姿で会うのは初めてだな。
うう……緊張する。
「新人の冒険者です。最近噂のイルデブランドさんの活躍を聞きたくて」
「お、オリビア。僕ね、あああ、あの……えっと……」
「大丈夫よ、イル君。全部私に任せて」
そう言って、そっと彼にキスをするお姉さん。
……あぁん?
いけないいけない、冷静になれ僕。
「彼、こう見えてもなかなか強いのよ。今回のクラーケンも、私が水鉄砲を受けて動けない間に大立ち回り。見事、足を全部切ってあいつを倒したのよ。その時の攻撃法は秀逸でね、滑ってうまく切れないなら、風スキルで乾燥させた後に切り刻めばいいって、足を――」
その、お姉さんの解説は、武勇伝としては納得の話だった。たぶん、お姉さん自身がそう考えて討伐を実行したんだと思う。
私の恋人がすごい、イル君は頭がいい。自らのパートナーへの賛辞を忘れないその姿は、僕にとってあまり嬉しいものではなかった。
「……オリビアさん」
受付のお姉さんが苦笑いを浮かべた。
近くにいた冒険者たちが舌打ちしている。
ああ……そうか。
みんな、理解してるんだ。
イルデブランドが討伐を行っていないことを。甲斐甲斐しくも恋人を庇うお姉さんを見て、苛立っているようですらある。
「坊主、お前いい加減にしろよ?」
そう言って、古参らしい冒険者がわざとらしくイルデブランドの肩を叩いた。
「え、あ……あの、僕」
「いつまで女の世話になってるつもりだ? ああん? このほら吹き野郎が! お前のせいで冒険者ギルドの信用が損なわれたどうすんだ? その剣は飾りか? 魔物殺しの妄想が好きなら、部屋に引きこもって小説でも書いて――」
言葉は、それまでだった。
古参冒険者は吹き飛ばされた。
殴ったのは、お姉さんだった。
「私のイル君をいじめないでくれるかしら?」
笑顔が怖い。
「す、すまねぇ、オリビアさん。べ、別にあんたの恋人を馬鹿にしたわけじゃねぇんだ。ただその、なんだ、ちょっと俺が苛立ってて……」
あたふたと文句を言う冒険者。しかし、誰がどう見てもこの男が悪いわけではない。
「オリビアさんもあれさえなけりゃいい人なんだがな」
「まあ、あの人優秀だし、俺らにも優しいから文句言えねぇよな」
「くっそ、あのイルデブランドとか言う奴さえいなければ……」
口々に文句を言う他の冒険者。お姉さんの力や成果は認めているけど、イルデブランドに関しては疎ましくすら思っているらしい。
なるほど、事情は理解した。
魔物を討伐したと嘘をつくイルデブランド。それを馬鹿にしている冒険者。愚かな恋人を守るお姉さん。
そして、魔物たちが言う『勇者イルデブランドの噂』というのは、このほら吹き野郎の話が曲解して伝わったもの。もとより人間とコミュニケーションをとることが不慣れな魔族だ。誰がどう見ても冗談なこの言葉を、真に受けてしまったのかもしれない。
「……お話、大変参考になりました。ありがとうございます」
お礼を言って、僕は建物の外に出た。
気分が悪かった。
なんだよ、これ、なんなんだよ……これ。
「くそっ!」
気が付けば、近くにあったタルを叩きつけていた。
はらわたが煮えくりかえる、というのはこういうことを言うのだろうか?
お姉さんは、どうしてあいつに優しんだ? 周りのやつらに文句を言われてるのに、不満に思われてるのに、それでもあの男を庇うの? 何の意味があるの?
なんなだよ、あの男は! もっと馬鹿にされて、罵られて、見下されるのが当たり前なんじゃないのか! なんで……どうして……お姉さんは優しいんだよ。
ああ、正直に言うよ。僕はうらやましいと思ったんだ。
どんなことがあってもお姉さんに愛されて、暖かい環境でゆっくりと時間を過ごしている奴に……嫉妬していたのかもしれない。
だからこそ、僕はイルデブランドに怒っている。
今までの僕には、正直なところそういう気持ちは薄かった。
ヨハネスに村を焼かれたり、冒険者がせめて来たり、配下に裏切られたりと、嫌なことはいっぱいあった。でもそれは、あくまで『身に迫る恐怖』の比重が高かった。
こんなにも、他人のことで怒りを覚えるのは……初めてだった。
勇者イルデブランド。その情けなさ。
その弱さが、まるで自分を見ているかのようだった……。だからこそ、僕の嫉妬は増していくばかりだった。
その怒りが、醜い嫉妬が。
僕に……気付かせてしまった。
そうだ。
今までずっと、考えてたじゃないか。どうすればこんな生活から脱せられるのか、醜く弱い自分と決別できるのか、その答えを。
これだっ! これで行こうっ!
ふふっ、あはははははははは、そうだそうだ、そいつはいい! 今まで思いつかなったのが不思議なぐらい、最高の好手じゃないか!
僕は、決めたんだ。
イルデブランド、君に決めたよ。
よし、次が終わればカルステン視点は休憩に入れる予定。
休憩ってだけで、まだ続きがあるんですけどね。
※2/19 とうとう修正。
イルデブランドの扱いが悪くなりました。